第41話 スターシャイン・プリンセス・ユキナ
「ユキナァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
絶命、誰もが覚悟していた瞬間だろう。その時だった。
「な、なに!?」
驚愕の声を挙げたのは、ギアスジークの方だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
兵士達も驚愕の叫びをあげた。
「ユキナッ!」
ユキナが、ユキナが胸元で。直撃する寸前の、魔王の拳を受け止めていた!
それどころか、掌で掴んだその拳を少しずつ押し返していく。伴って炎が全身から吹き荒れた。
「せぇあぁあああああ!」
ユキナの蒼炎が蘇り! 眼前の魔王を蹴り払った。
「……ほ、本当にあったの。まだ眠ってた力が……」
さらに驚愕に声を震わせていたのが他でもない――クゥナである。
やっぱりデタラメ言ってたんだね。わかってるからね、マジカルステッキは改造されてないし、電池も切れかかってるんだもん。でも応援はやめないから!
「「ユ・キ・ナ! ユ・キ・ナ! ユ・キ・ナ!」」
誰一人、彼女の応援は止めない。いや、今まで以上の大きな歓声とユキナコールが巻き起こっていた。
ユキナはくるんと身体を前回転させ、ハーピィを振りほどき、両拳を握りしめた。
「見よ! ユキナ様の御ぐしの色が!」
兵士達の一角がざわめきだした。
髪の色が変わっていく。黄金色から……青……そして薄桃色に。戻っている……? いや違う、戻ってるんじゃない。薄い桃色が今度はプラチナのように白く輝き始めた。
み、三つ目の変身。
炎が腕、足、胴体を回り、そして彼女を中心に渦巻く炎が翼となった。
暗雲に包まれるクリムトゥシュ上空、星の瞬きのように光り輝く翼を広げたユキナの姿は、そう!
「スターシャイン・プリンセス・ユキナだ!!」
「ス、スターシャイン、プリンセス・ユキナだと!?」
っしゃあっ! 僕の命名に魔王ギアスジークがビビったぞ!
空に浮かぶユキナの、苦悶に満ちていた表情が和らいでいく。いつもの、ほんのり微笑みを湛えた優しくて力強くて、僕の大好きなユキナの顔。
ユキナが僕の方をまっすぐ向いた。
小さく手を振って。
『――ケイカ、ありがとう』
彼女の口がそう動いた。
僕はマジカルステッキを下ろす。電池切れだ。
『ユキナ、頑張って』
『うん!』
手を振り返すと彼女は強く頷いてくれた。そして、ギアスジークの方を振り向く。
これまで平然と余裕かましてやがった野郎が、煌々と光り輝くユキナを目の前にして、明らかに表情を変え、狼狽を見せていた。
蜥蜴やらハーピィやらドラゴンまでが壁を作るが、ユキナは間合いを詰めるや、足を鞭のようにしならせ振り回す風圧の衝撃だけで、ハーピィ達を一掃した。
「せいっ!」
長く、美しく振り上げた右足の踵を叩き落ろし、襲い来る巨大なドラゴンの頭を潰す!
「な、なんという……お強さだ……っ」
兵士達がユキナの姿に、手に持つ剣を震わせた。
邪魔する魔物の壁を文字通り粉々に蹴散らし、炎の翼をはためかせ、ついにギアスジークと1対1のところまで辿り着く!
「エクス・リブ・シャルター!」
ユキナが右手を振りかざした。右手に炎が集まり――籠手が生まれた。
彼女が新たに纏う炎と同じ、白金の籠手だ。
「ちょこざいな!」
ギアスジークも負けじと応戦する。拳がぶつかりあう。蹴りの応酬。
だけど一撃一撃の迫力が違う。ユキナが魔王を押し返していく!
さらに彼と共に空中の魔物も下がっていく。魔物も同じなんだ。魔王が下がればユキナの前では後退するしかないんだ。
――カラン、カラン。背後で乾いた瓶の転がる音がした。
★ ★ ★
「……ゲフッ……私も出る」
そう言って印を結ぶと、彼女は身体を宙へと浮きあがらせた。
「クゥナ、大丈夫なの!?」
空へ出たクゥナは、じとっと逆半月の瞳を向けてきて。
「私にも応援よろしく」
そう呟き、地上側、倒壊寸前の5番城壁に飛んでいってしまった。
すると途端に。
「クゥナ様だ!」
「クゥナ様っ!」
彼女の加勢に兵士達の一変した歓びの声が挙がった。
なんだ、畏れられるどころか、兵士達から大人気じゃないか。変な設定を付けて『私にも』なんて切ないこと言うなよっ! もちろん、クゥナも応援に決まってんだろ!
「クゥナ、頑張れっ!!」
「クゥナ様、凛々しいですよ!」
「クゥナ、クゥナ、クゥナ!」
城壁の上に降り立った彼女にメイド、それから兵士達も歓声を挙げる。
「…………………………」
クゥナは背を向けたまま無言で腕を伸ばし――グッ――親指を立てた。
ロッテが跳びはねる。
「クゥナ様、かっこいいですっ♡」
そして、クゥナは大きく息を吸い込み、背中に残してあった最後のスペシャルロッドを抜き出すと、両手を拡げて天を仰いだ。
「ムゥジュを守護する天空よ! ムウジュを生み出し創成の大地よ! 我が声を聴け、古より続く盟約をもって、その柱たる時空の糸をいま解かんっ!」
頭上で腕と杖を交差し、その交差させた腕と杖を地面に向ける。
交差した両腕を開き、引き戻し、クゥナが――吠えた!
「ゆくぞ、魔物共っ! かつて貴様ら、魔物の祖先を震撼させたパラナ一族に伝わりし究極極限奥義を拝ませてやる!」
瞬間、彼女の身体から紫色の粒子が飛び散った。
彼女の表情に滲んでいたのは……魔物に対する憎悪でも憤怒でもない。決意を秘めた覇気だ!
ガンっと荒々しく杖を城壁の床に突き立てるや、彼女を中心にして三方向に魔法陣が現れた。3つの魔法陣!?
「リーラル・サラレル・パラナ・ビアース クラハルシラハル!」
フンッと杖を空に掲げると、それぞれの魔法陣から【クゥナ】が現れた!
おお、クゥナが3人増えて4人になった! 同時にバリイイイインっと音を立てて新品のロッドが吹き飛ぶ。
合計4人のクゥナ達が右手を砦の外、決壊寸前の正門前、大河と化した魔物の群れに向け、一糸乱れない動きで4人が呪文を唱え始めた!
「月と闇を支配せし慟哭魔境の王よ! 汝、汝、汝、ゼクスパルムに命ずる。燃やし滅するは地獄の業、我らに仇なす罪なる者へ怒りを示せ。出でよ、地の底より来たりて放てよ、門を開けっ!」
彼女達の前に魔法陣が現れ回転する。グルグルグルグル回って円盤と成る。あの魔法はシャオンを一発で破壊したやつだ!
「幻龍ゼクスパルムの四重奏だ! 再生機能を持つ者とて只では済まんぞ!」
中心にいるクゥナAが右手を引き絞ると共に、クゥナBからDも右手を引き絞り。
「「ゼクスパルム・バル・エクス・エルトラーゼッ!!」」
紫色の円盤から黒い炎の竜が飛び出した。螺旋を描く巨大な黒龍は魔物達の頭上で捻り合わさり衝突した瞬間、爆発して膨張し、空間に大穴を空けた。
空間は渦となって地上にいる魔物達を飲み込み始める。
「ッギャァアァァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアァッ」
地上だけではない、付近にいた飛行生物も飲み込んでいく。崩れかけた城壁や、バリスタ、もう何でもかんでも、人間以外が爆風に巻き込まれて飲み込まれていく!
だが、クゥナ達にも異変が現れた。ボシュンっと煙のように一番端にいたクゥナDが消えた。球体ブラックホールが二回りほど小さくなり、残った3人が膝をついてしまう。
「クゥナ!」
思わず僕は叫んだ。だけど、本体の隣にいたクゥナBまでもシュボンと煙となって蒸発してしまう。
ふたたび渦の規模が縮まり、勢いが衰える。
「クゥナ様、頑張ってくださいまし!」
「あとひと息です!」
クゥナAが膝を上げ、身体を震わせ…うぉおお、だけどクゥナCも駄目だ!
――――ボシュン!
消えてしまう。と、その時だった。兵士達が槍を振り上げた。
「ク・ゥ・ナ!」
「ク・ゥ・ナ!」
「ク・ゥ・ナ!」
クゥナコールの嵐が巻き起こる! クゥナにはユキナと違って変身とか秘めた力があるわけじゃない。わかってる。でも、
「いくぞ皆、最後の応援だ! 僕に続け!」
「「はっ! ケイカ様!」」
メイド達も僕も声を張り上げ、光らなくなったマジカルステッキを振り回した。
「がんばれ、クゥナァ!」
「クゥナ様ぁっ!」
「頑張ってくださいましぃ!」
「ク・ゥ・ナ! ク・ゥ・ナッ!!」
「う、おおう……!」
熱い声援に応えるように、彼女は呻き声を苦しそうに漏らしつつも、魔物を吸い込み続ける黒い球体をギリギリのところで維持させ――そして。粗方の魔物を吸い込んだ果て、ゴオンっと重たい音と共に消滅した!
「きゅぅうぅぅ~~」
完全に力尽きたみたいにクゥナはふらっと身体を揺らし、城壁の上で倒れてしまう。
「ク、クゥナ様!」
「せ、戦況は!?」
戸惑う兵士達に答えるように、城内にやや年輩な感じの女性の声がした。
『あーあー、こちら監視塔ー』
場内放送のような、エコーがかった声が、城の一角、ひときわ背の高い塔から響く。
『店長、聞こえてますかぁ。今ので敵さんの半数以上が減りましたよー。あーあー、クゥナ店長、聞こえてますかー』
店長!? クゥナが雇ったという監視塔のおばちゃんか!? まるで女神の声だ!
「ぬおおおおおおおおおっ!」
興奮した兵士の一人、一際目立つ大きなモヒカン兜をかぶった兵士が雄叫びをあげた。
「この機を逃すな! 撃って出るぞ! 全軍、突っ込めえ!」
彼を先頭に崩れた城壁から兵士達が飛び出していく。
敵の総数はおよそ一個師団、まだ千や二千はいるはずだ。しかしユキナの超変身とクゥナの大魔法で戦意を喪失した群れは、兵士の軍団に容易く切り裂かれてゆく。
「な、何ということだ。何という……」
上空から魔物達の惨状を見て、ギアスジークが呆然としていた。無理もない、絶対の必勝から一瞬で盤面がひっくり返ったのである。
「――ね、もう終わりにしない?」
ユキナが魔王に言った。
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