第66話 恋戦恋勝(1)

 AチームはBチームのように、陽湘に簡単には得点を許さない。


 Aチームにも陽湘の1年生が数人いるが、同じ陽湘でもBチームの選手との違いは実力より負けん気の強さかもしれない。彼女たちは、この練習試合をレギュラー入りのチャンスとして捉え、緊張や圧力を感じていても、先輩相手にそれほど萎縮していない。また、すずたち他の高校からの選抜メンバーも、陽湘を倒して次世代の県代表校になることを目指している。そのため、Aチームは実力は劣るとも勢いは負けていない。むしろ、目にもの見せてやろうかと昂っている。

 そうして、互角に近い展開から始まった。


 後藤をはじめ、FWフォワード陣は我先にとゴールを狙っていく。

 自分こそが点取屋だと示さなければならない。

 MFミッドフィルダー陣もボールを前に上げ、チャンスがあれば自分でシュートに行こうとする。DFディフェンス陣もこの攻撃を防ぐことが自分の力を見せるチャンスだ。

 攻撃型チームと攻撃型チームのぶつかり合いになった。

 どちらもなかなか得点できず、ボールの取り合いでシュートまで持っていくことができない。


 隙を突いて、陽湘のロングパスが通り、黒いユニフォームのFWがシュートを放つ。

 放物線を描いて、ゴールネットの隅に届くかと思われたが、涼がフワッとジャンプして右手でボールを叩き落とすと、跳ねたボールを両手でキャッチして膝を着いて抱え込んだ。

 その高さに敵陣のベンチからは残念そうな声や舌打ちがする。県大会の準決勝で、陽湘ベンチは涼のことを既に知っているので、驚きまではない。 


 次は後藤の出番だった。

 パスでボールを受けるとゴールへ向かって前を向く。ボールを取ろうと追い掛けて来る敵をフェイントを使ってするすると避けながら、ゴールへ向かって行く。

 味方のFWにボールを渡す振りをして、自分で強引にシュートに持っていった。残念ながらキーパーに弾かれたが、コーナーキックを獲得することに成功した。コーナーキックは得点には繋がらなかったものの、後藤がAチームのFWの中から頭一つ抜きん出た。


 涼と後藤が活躍すると、競技場のスタンドにいる雅たちから拍手と歓声が起きる。

 この後の試合相手であるAチームにいる涼と後藤を応援してくれる呑気な仲間たちに、涼はなんだか嬉しくなってしまう。今日は、今だけ違うチームにいて戦わなくてはならないけれど、やっぱり根っ子のところでは同じチームなのだと思う。

 家族に応援されているときのような照れ臭さと頑張りたい気持ちを涼は感じてしまう。


 0–0の均衡が20分以上続いた。

 涼はゴールポストの枠内に飛び込んで来た2本のシュートを防いだ。苦手なバックパスの処理も無難にこなすことができ、無事、正ゴールキーパーの役目をこなしている。

 敵と味方が入り乱れてペナルティエリアになだれ込んで来て、ボールの動きが読めなくなっても、雨の準決勝のときのように慌てることはなかった。焦るし緊張はするが、準決勝のときよりは自信がある。


 ボールだけに集中するな。視野を広げろ。DFの隙間を見付けて飛び込んで来そうなヤツを確認しておけ。膝を緩めろ。呼吸を深く。

 概念が文章になる前に涼の脳内を次々とよぎっては体中の神経を動かしていく。いわゆる自然に体が動くという現象が起き始める。

 下手くそだと罵られながら学習させられたGKゴールキーパーの心構えが、涼の中を流れる血液の中に溶け始めている。


 パン、っという音で涼がボールをグローブの中に収める。


 仲間の顔が綻び、敵の顔が悔しさで歪む。

 涼はキャッチしたボールを軽くドリブルする。

 その隙に仲間たちが上がっていく。


 ゴールキックはまだ下手で、とりあえず少し離れたMFに届くように蹴る。狙ったところより何メートルもずれたが、味方にボールが届いて安心する。そして、ボールは敵陣に向かって跳ねて転がっていく。


 後藤たちFWは全員、自分にパスが来ることを期待して走る。

 シュートに繋がるパスがもらえる位置を、点が獲れる位置を想定してひた走る。


 後藤が敵のDFをかわしながら走り込む。その後藤に向かってパスが来る。

 ゴールネットはまだ後藤の背中にある。涼は、敵に囲まれている後藤が前を向いてシュートできるか心配する。

 ところが、後藤は、胸にトンっとボールを当てて、ふわっとボールを高く浮かせると、ゴールに背を向けたまま、逆上がりをするように右足を高く上げてジャンプし、脛にボールを当てて、ボールを蹴った。


 ワントラップからのバイシクル


 不意を突かれて、敵のキーパーは一歩も動けず、キーパーの後ろにボールが飛び込んだ。


「ぎゃんっ」

 当の後藤は、背中からピッチに落ちて鳴く。

 とんでもないことをやってのけた次の瞬間の間抜けな声が涼のところにまで届いた。

 褒めていいのか、笑えばいいのか、涼はちょっとだけ迷う。

 涼が迷っている間に、Aチームのみんなが、地面に転がっている後藤に飛びついて、きゃああと声を上げながら一緒になって地面を転がっていた。


 スタンドで見ているまさたちも後藤のシュートを見て唖然としていた。


 敵の最後のシュートはゴールポストのバーの上を超えていく。

 涼がゴールキックをしようとボールを持ってくる。

 すると、ホイッスルが鳴った。



 練習試合のハーフとはいえ、U17県代表が夏の県代表校を下した。

 選抜選手全員がわっと盛り上がる。

 涼と後藤がお互いに駆け寄り、ハイタッチをすると、ピョンと後藤が小さな子供のように涼に抱き着いた。

「ゴツー、凄い、何、あのシュート、信じらんない!!」

「あははっ、やったね♪ ハセガー」

 後藤も嬉しくて仕方のない様子だ。

 そんな後藤を抱っこするように涼は後藤を太ももから持ち上げて、くるくるっと回ってから地面に下ろした。

「でも、ゴツー、わたしたち二人の本番はこっからだから」

「だね」

 二人でスタンドを見上げる。

 仲間たちはピッチの方へ降りてくるところだった。


 雅が涼たちに気付いた。

 涼が雅に手を振った。

 雅は、涼に手を振り返そうとして、右手を上げかけたが、途中で降ろした。それから、二人を睨むように見据えて、顔を歪めてベーッと舌を見せると、プイッと顔を背けて駆け出した。


「あー、雅が」

「ニシザーが?」

「なんか、多分、火が点いてる」

 涼も人のことは言えないが、雅もかなりの負けず嫌いだ。

 付き合い始めて、まだ1ヶ月かそこらだが、サッカーだけでなく、ランニングでもゲームでも二人とも勝負がかかるとムキになりやすいことがお互い分かってきた。


「ふーん、ハセガーとニシザーって、ホントは二人で名前、呼び捨てしてるんだ 」

「え、それ、今、突っ込むとこ?」

「まあ、あんたたち仲いいもんねー」

「…ソウダネ」

 涼はさりげない風を装いながら後藤から目を逸らす。

「まあ、どうでもいいけど、ニシザーにも原先輩にもゴール許さないでくれる? 」

「それは当然!」

「ならいい♪ 」



 雅たちがピッチに降りてきて、軽くアップを始める。

 Bチームと試合をした疲れはなさそうだ。むしろ、Bチームと試合をしたハーフより体がほぐれているだろう。

 涼は、GKの林先輩を見た。林先輩は、引退した宮本先輩から背番号1を譲り受けて正キーパーになっている。きれいなゴールキックが目に入る。涼はU17の背番号1はもらえたけれど、うちの学校チームの背番号1はそう簡単にはもらえないだろう、と悔しく思う。

 そして、堂々としている原先輩を見る。涼と違って、本物のキャプテンだ。

 最後に、雅を見た。

 転がってきたボールをひょいっとワンタッチでシュートする。

 どこに転がってきても、ゴールネットのおおむね同じ場所にボールは刺さる。今日も抜群のボールコントロールに惚れ惚れする。こんなにいいプレイヤーなのに、雅がU17に選ばれていないことが驚きだと涼は改めて思う。



「南高は夏の県大会で3位だったが、代表になった陽湘を苦しめたチームの一つだ」

 U17県選抜の監督は、陽湘の監督でもある。

「攻撃型の陽湘と違って、守備が固い。さっきと全く違うタイプの敵になる。簡単に点を取らせちゃくれんから、まぐれのバイシクルで点が取れると思うなよ。お前らの持ち味は攻撃だ。攻めて攻めて攻めまくれ」

 監督から、雅たちが噛ませ犬なんかではないことが示される。県内の高校で最も攻撃型と最も守備型のチームとの練習試合を組んだということらしい。監督に言われなくとも南高とBチームとの試合を見て、涼たちAチームが南高に簡単に勝てるとは思っていない。



「バイシクル、まぐれじゃないもん…」

 ぼやく後藤に涼は苦笑いした。


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