第65話 クロス

 キャプテンの原先輩とツートップを組んだ。久し振りに一番敵に近い位置。ゴトゥーが県のアンダー17の選抜合宿に行ってしまったので、代理で久しぶりのFWフォワードに就かせてもらった形だ。

 いつもなら、左利きのゴトゥーが左で、原先輩が右だ。私もゴトゥーも左足でボールを蹴れるから左サイドでも大丈夫だけど、右利きの私は本当はやっぱり右側の方が得意だ。ただ、今の自分では原先輩ほど柔軟かつ的確には動けないから右サイドは譲るしかない。

 そんなことを思いながら、ドリブルから原先輩にクロスを上げると、先輩はきっちりとそれをワントラップしてからシュートした。ポジション別の練習で、原先輩とのコンビネーションを試してるところだ。


「ニシザーは、真面目だねえ」

 原先輩が私の頭をぽんぽんしながら言った。

「すごく、いいところにボールが飛んでくる。ゴトゥーなんて、適当にこっちの方に蹴ってくるだけだから、合わせるのが大変だよ」

「はあ…」

 どうしよう、私の上げたクロスを褒めてるんだか、そうじゃないんだか分かんないよ。

「ニシザーは、計算しすぎ、先読みしようとしすぎ。そんなに私に気を使わないで、自分でシュートしたくなったら、クロスなんて上げてないで、自分でゴールに突っ込んでっていいよー。だからさ、今度のU17との練習試合は、好きにやりなよ。監督には私がから言っとくからさ、FWとしてやりたいように点を取りなー」

「…いいんですか?」

「どっちが、たくさん点取れるか競争しようかー」

「私、勝ちますよ」

「ニシザー、今度はゴトゥー並みに生意気すぎ!」

 ごんっと原先輩の肘が私の頭に当たる。痛いけど、嫌じゃない。楽しくなって笑いが止まらなくなる。


 すず、涼と試合しに行くよ。

 たくさんシュートしていいんだってさ。




_____


 新しい背番号の入った試合用の水色のユニフォームに袖を通した。

 背番号は7。

 前の21から数字は3分の1になったけど、その分、重くなった。引退した3年生の背番号を、2年生の先輩たちを差し置いて自分がもらったことになるからだ。

 お腹辺りにも小さな7が縫い付けてある。私がそれを軽く握ると、原先輩がぽんぽんと背中の7を叩いた。


 はい、頑張ります。



 キーパーの朱色のユニフォームを着た林先輩が視界に入って、その色を見て涼を思い出した。

 昨日の夜、涼は背番号1をもらったとメッセージを送ってきた。つまり、U17の正キーパーの座を射止めたということだ。

 サッカーを始めて、まだ3か月だというのに、相変わらず、色々すっ飛ばしてる。選抜チームでも、周りを驚かせるようなプレイをしたに違いない。


 試合会場になる県営競技場に入ると、黒いユニフォームの陽湘と緑のユニフォームのU17のチームが練習をしているのが見えた。

 それから、練習しているU17の選手の中に涼とゴトゥーを見付けた。二人もこっちを見ていたので、右手を大きく振ると、二人が手を振り返してくれた。見慣れないユニフォームを着てるけど、やっぱり涼とゴトゥーだ。懐かしいような変な気持ちがお腹から持ち上がる。


 でも、今日は負けられない。


 二人に向けて振っていた右手の親指を立てる。

 それから、ゆっくりと手首を回して、親指を下にして、ちょっとだけ下に落とす。


 サムズダウンに二人が目を丸くした。そのキョトンとした顔を見て私はおかしくなった。




 U17のチームはAとBに分かれていて、涼たち背番号の数字が若い選手がAチームだから、Aの方が実力は上なんだろうと想像がつく。

 練習試合は、県立南高校と県代表の陽湘大付属 対 U17のAとB。陽湘対B、南高対B、陽湘対A、南高校対Aと変則的にハーフ4回の試合をする。私が涼やゴトゥーのAチームと試合できるのは4回目のハーフってことだ。

 先に、2回目のハーフで、FWの私を涼たちに見せられるだろう。

 今日は、原先輩とゴール数を競うことにもなってる。

 …誰にも負けたくないん。涼にもゴトゥーにも原先輩にも。



 1回目のハーフは、陽湘が5ー0と圧勝した。次のハーフは自分たちとBチームの試合だ。

 さぁ行ってきなさい、と監督の大久保先生に背中を押されて、私たちがピッチに立つ。


 先制点はもらうよ、と原先輩に言われて私も親指を立てて応える。キックオフのホイッスルが鳴る前に少しだけ競技場のスタンドにいる涼を見上げた。涼は、スタンドにすくっと立っていた。涼も私を見ていたと思う。

 見慣れない黄色いユニフォーム。

 そして、胸の背番号1。

 1週間振りに見た涼はいつもより更に背が高く見える。いつもの朱色も似合うけど、今の黄色もだ。派手な色に負けない。


 カッコいい


 その姿を目の奥にしまって、ホイッスルと共に私は走り出した。




_____


 Bチームと戦った最初のハーフは、結局、私は2アシストで、原先輩が2ゴール。

 敵に塩を譲るというか、ゴール数を賭けた相手にシュートできるボールを供給してしまった。二度も!!ゴールできなかった分を入れたらもっとだ。逆は、…ない。原先輩は私にクロスを上げてくれない。

「アシストありがとね、ニシザー」

 ぽんぽんと頭を叩かれて、余計に悔しい。

「言ったじゃない。遠慮するなって。うちは、守る時間が長いチームなんだから攻撃のチャンス少ないんだよ」

 ちくしょー。次は、もう全部自分でシュートするかんね。


 3回目のハーフ。陽湘にとっては後半で、Aチームには前半だ。陽湘と涼たちAチームの試合が始まる。スタンドに上がって円陣を組んでる涼たちを見ていたら、何を言ったかまでは分からないけど、檄を飛ばしたのは涼だ。

 あれ、いつの間にか腕にキャプテンマークを巻いてる。

 サッカー始めて3か月で、試合に出て、県選抜に入って、背番号1をもらって、キャプテン!!どこのサッカー漫画の主人公なん??

 なんか、私、とんでもない人をサッカーに引き込んだみたいだ。 



 背番号1は伊達じゃなく、しっかりとゴールを守る涼。

 そして、オーバーヘッドでゴールを決めるゴトゥー。

 私も、試合を見ていた先輩や仲間たちも歓声を上げる。

「初めて、生でバイシクルシュートが決まるとこ見た」

「すっごいな、ゴトゥー」

「…ていうかハセガーも陽湘を0点に抑えてるの、すごくない?」

「背番号1が様になっちゃってるし」

 一緒に見ていた先輩たちの会話が耳に入って、不意に悔しさが持ち上がって、体に力が入る。

 涼もゴトゥーも、合宿で一気に上達したのが分かった。

 自分だけ置いて行かれたっていう焦りも強まる。

 必要以上に緊張して体がこわばったことに気付いて、深い呼吸をゆっくり繰り返し、カーッと頭に上りかかった血を下げる。こんなテンションじゃ、いいプレイはできない。

「ニシザー、行くよー」

 先輩に呼ばれて、スタンドからフィールドに降りる。

 階段を降りながらピッチを見ると、ちょうどホイッスルが鳴った。ハーフの練習試合だが、インターハイの県代表の高校に1ー0で勝ったことになる。ピッチで、ゴトゥーが涼に抱き着いて、涼もそんなゴトゥーを抱き上げるようにしてくるくるっと回っていた。

 

 何あれ?!めちゃくちゃ仲良くなってるじゃん!!


 そんな二人を見て、せっかく下げた血がまた頭に上る。

 そのタイミングで涼が私に気付いて手を振ってきた。

 無意識に手を振り返そうとして右手を上げかけて、下ろした。

 それから、思い切りあかんベーをした。

 こんな顔するの小学校以来かもしれない。


 さあ、次は私が二人と、そして原先輩と勝負だ!!


 涼のように手を広げて、パンっと打ち合わせた。











______

『クロス』 センタリングとも言う。ピッチのサイドからゴール前を狙ってパスを出すこと。

 



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