第64話 日深月惚(4)
主にBチームからなる県の
個人個人の技術が高く、攻撃的なサッカーが特徴。
インターハイの全国大会では、攻撃がうまくはまらず、1−0で2回戦で敗退したが、優勝候補の一角だった。
「あつ…」
誰かが呟く。8月の日差しの下で試合を続けるのは相当に消耗する。見ているだけでも暑いが、涼にとって暑さはそれほど不快ではない。
涼は、去年の夏までインドアスポーツのプレイヤーで、大雨でもカンカン照りでも試合をすることにまだ慣れていない。ただ、農家に生まれたこともあって、暑かろうが寒かろうが、家の外で、空の下で遊ぶことが小さい頃から大好きだった。今も暑くて仕方がないが、それでもやっぱり外の空気が好きだ。そう思うと、空の下を走るスポーツに転向したのは、あながち間違いではない気がして、涼は微かに口元に笑いを浮かべた。そして、改めて気を引き締め、目の前の試合に意識を集中させた。
試合の出だしは、お互いの出方を試し合うように、ボールがそれぞれの陣を行ったり来たりしていた。
しかし、10分が経過すると、じわじわとBチームが押され始めた。
そして、パスミスでBチームがボールを失った次の瞬間、陽湘の黒いユニフォームがどっとゴール前に押し寄せて来たかと思うと、ボールがネットの中に転がり込んでいた。
そのまま、2点目、3点目と連続して奪われてしまう。
監督は、体が動かなくなった
新しいGKは、陽湘の1年生。初日に涼を馬鹿にした選手に替わった。涼を馬鹿にするくらいだから、それなりに自信はあっただろうが、上級生を前にして明らかに萎縮してしまい、早々と4点目を献上する。
「U17って、結局は1年生なんだよね」
後藤がぼそっと言った。
「なぁんで、1年生っていうだけで、ただの2年生や3年生より小さくなってなきゃいけないんだか。何年生だろうとリスペクトできる相手には全力で向かい合えばいーのに」
「そんなん言えるの、あんたくらいだよ、ゴツー」
涼が後藤の頭を撫でると、後藤は猫のように頭を涼の手に押し付ける。後藤はすっかり涼に懐いたようだ。
「ハセガーだって、先輩に遠慮なんかしないくせに」
確かに、と涼は笑い、ピッチに目を向けた。
5ー0とBチームは陽湘との最初のハーフに惨敗した。
次は、Bチームと、涼の在籍する県立南高校とのハーフだ。
Aチームのもう一人のキーパーが呼ばれた。
Bチームのキーパー二人が完全に戦意喪失したため、Aからキーパーを補填するらしい。
「えー、わたしが行きたいです!」
涼が声を上げると、キーパーを呼びに来たコーチがにやっと笑う。
「長谷川は、次のハーフからだ。首洗って待っとけ。あと、これ腕に巻いとけって監督が言ってたぞ」
コーチから何かをポイッと渡された。
「はい!…ってこれ、キャプテンマークじゃん!!」
「監督によると、Aチームは、お前以外の全員、キャプテンくらいできるから、できない長谷川がやればいいそうだ」
なにそれ!?いや、わたしだって中学校時代はキャプテンやってたんだけどな、と涼は口を尖らせる。
「へー、ハセガーがキャプテンなんだー」
後藤が涼の脇腹を肘で突いた。
「ええ?長谷川が」「うわ、冗談きつ」「大丈夫なの?」「いや、うちら頑張らなきゃならないじゃん」
Aチームが集まってきて、口々に涼を揶揄う。しかし、誰も涼がキャプテンをすることに本気で文句を言わない。
それだけの存在感があることを涼本人以外は認めている。
Bチームにとっては後半、南高にとっては1回目の前半が始まる。
陽湘にボロボロにされた後のBチームは、次の南高に勝って自信を取り戻す。つまり、涼たちの高校は咬ませ犬。Aチームのほとんどがそう思っていた。この夏の大会では県3位だったとはいえ、ずっと万年ベスト8だった高校だ。涼と後藤以外のメンバーは、今度はBチームが勝つだろうと思っていた。
「あ、ニシザーがあたしのポジションとった!!」
ベンチからピッチに散った南高のメンバーを見て後藤が大声を出す。
4−4–2がこの夏からの南高のフォーメーションで、ツートップの右が原先輩、左が後藤の筈だった。
後藤がいない今、そのポジションにいるのは
濃い水色のユニフォーム。背番号は7。
髪が伸びたので、チョンマゲが少し長くなっている。
準決勝であのユニフォームを最後に着た時の雅は、びしょ濡れで項垂れて、目が澱んでいた。
今の雅は、背番号が21から7に替わって、いつもの試合の時の爛々とした目に戻り、背筋もシュッと伸びている。
雅が原先輩と何かを話して、親指を立てた。それから、競技場のスタンドにいる涼を見た。
涼にしか分からなかったが、しっかりと目が合った。
ホイッスルが鳴って、Bチームのキックオフから始まる。
すぐさま、雅がパスをカットして、それを原先輩が取り、ドリブルで駆け上がっていく。最初の陽湘とのハーフを見て、南高はBチームの攻撃パターンをある程度読んでいたようだ。
原先輩からパスを受けた2年生の
試合を見ていたAチームがざわつく。
そして、雅の精密なコーナーキックに原先輩が頭を合わせ、早速1点をBチームから奪い取った。
ざわついていたAチームは静かになったが、涼と後藤だけが、きゃーっと叫び声を上げてハイタッチをする。
お前ら、どっちを応援してるんだよ、という雰囲気が流れるが、涼も後藤も気にしていない。
「原
涼が声援を送ると、ピッチから原先輩が涼に手を振ってくれた。
「うっわー、原センパイもニシザーも調子良さそー」
後藤がニコニコしながら言う。
「あれと試合できるかと思うと楽しみ♪ 」
後藤も涼と同じくらいワクワクしているようだった。
先取点こそ取ったが、後藤のいない南高は、それほど攻撃的なチームではない。しかも、最近は堅守からのカウンターに作戦を絞っている。
Bチームが果敢に攻め込むものの、シュートできるまで守備をこじ開けていくことができず、攻めあぐねる。少しでもパスがもたつけば、カットされて雅か原先輩がスーッとボールを持って上がって行ってしまう。慌ててBチームは守備に戻らざるを得ない。
「あそこにあたしがいれば、もっと点取ってるのに」
後藤が親指を噛む。
「はははっ、どっち?ゴツーはどっちのチームで点取りたいの?」
そんな後藤を見て、おかしくて仕方なく、涼は笑い出す。
「ね、ゴツー、わたしたち、あのピッチに行って、ニシザーたちと戦いたいのかな、一緒に走りたいのかな、どっちかな?」
並びたい、ぶつかりたい
矛盾する二つの願望。
「どっちでもいーから、早く試合させてー!」
遂に、おとなしく試合を見ていられなくなった後藤は一人でストレッチを始めている。
この分じゃ久しぶりに踊り出すかな、と涼は後藤を眺めながら思う。そして、自分もストレッチを始めた。
行くよ、雅…!
ホイッスルが鳴った。
Bチームはまた点を取ることができず、結果として、原先輩に2点を奪われて2ー0でハーフを終了した。
3回目のハーフは、涼たちU17県代表Aチームと陽湘だ。
Aチームが円陣を組む。
「ねえ、相手が陽湘だろうと南高だろうと関係ないよね♪ 」
後藤が円陣で口火を切る。涼が続く。
「さぁ、どれだけ、わたしらが強くなったのかみんなに見せ付けてやろうよ」
涼の自信満々の声がAチームの円陣に溶ける。
「1年生だからって…」
涼が言う。そして叫ぶ。
「舐めんなよっ!!」
おおーっとAチームが涼に応え、円陣が散っていく。
陽湘と代わるように、競技場のスタンドで休憩に入った雅が、円陣からゴールに向かって走っていく涼をじっと見ていた。
「さあ、行こっか!」
涼は、グローブを付けた両手をパンっと打ち合わせ、長い腕を大きな羽をはばたかせるように広げた。
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