第63話 日深月惚(3)

「似合う?」

 県代表のユニフォームは濃いグリーンに白いラインが入っているが、ゴールキーパーのすずのユニフォームはイエローに黒いラインだ。そして、背中には、背番号1が黒々と入っている。

 涼は、更衣室で後藤ゴトゥーの前で、いつもの後藤を真似するように、くるっとターンして見せた。

「思うんだけど、ハセガーは、足長くてスタイルがいいから、何着ても似合うからいいじゃん♪ 」

「お世辞言っても何も出ないよ」

 後藤は、脛当ての位置が定まらないらしく、ソックスを上げたり下げたりしている。

「お世辞じゃないよ。ハセガーはよく写真撮ってるけど、本当は撮られる側の人だと思うもん、よし!決まった♪ 」

 後藤は脛当てがちょうど良い位置に来たようだった。「撮られる側」という後藤の言葉は涼には残らず、聞き流される。涼は、あくまで自分は撮る側だと思っている。

 靴紐を縛り終えた瞬間の後藤をスマホのカメラで撮る。

「ゴツー、可愛く撮れたよー」

 スマホの画面には、しゃがみ込んで自分の足を見て、にっこり笑っている後藤がいた。部活のときの後藤はクルクル動いていて落ち着きがなく、涼が写真を撮ろうとするときや、後藤自ら撮ってくれと言ってくるときは、変なグラドルみたいなポーズや表情を決めてくるので、サッカーをしているとき以外の後藤の写真はわざとらしい変なものしかなかった。しかし、この合宿で、涼と後藤はかなり親しくなった。涼は、トゥーの発音が面倒臭くなって、後藤のことをゴツーと呼ぶようになり、後藤は後藤で涼に気を許し、自然体を見せるようになってきた。涼は、合宿所にはカメラを持ち込んでいないので、スマホでしか写真を撮ることができないが、涼のスマホには奇人ではない顔の後藤の写真が何枚か保存されることになった。


 まさは涼の「恋人すきなひと」だ。

 そして、後藤は、涼にとって初めての「親友ナニカ」になりつつあるが、涼はまだ気付いていない。


「あ、これあたしのスマホに送って♫ 」

「りょーかーい」

「ついでに、二人でユニフォーム姿を撮っておこ♪ 」

 後藤に誘われて、二人で並んで立つと、涼が長いリーチを伸ばして自撮りする。

「ニシザーに送って見せびらかすねー。今日の試合、見に来るって言ってたから」

「ね、ハセガー、思うんだけど、ニシザーが見に来るなら、写真送って見せびらかす必要なくない?」


 ……


「思うんだけどー、ハセガーって、時々バカだよねー」

「時々じゃなくて、割といつもなんだけど、どうしたらいいと思う?」

 後藤は居た堪れない顔の涼の背中を優しくぽんぽんと叩いた。

「ハセガーは、それでいいよ♪ 」



 練習試合の相手は、まず陽湘大付属高等部だった。

 夏のインターハイの代表校である。Uアンダー 17の選手は陽湘から選抜された選手が最も数が多いが、その大半は1年生でレギュラーではないため、陽湘イレブンは、ほぼレギュラー全員が揃っている。

 県の競技場に、黒いユニフォームを着た陽湘の選手たちが現れた。U17の選手たちは、陽湘の後輩たちか、県大会でその強さに圧倒された者たちばかりでもあり、選手たちを見て試合前の緊張感が一気に高まった。特に、陽湘から選抜されている1年生たちは、かなりのプレッシャーを受けている。全国大会クラスの先輩たちに挑戦しなければならないのだから。


「うわあ、また陽湘とかー。延長線とPK戦までやったのにねー。もーお腹いっぱいって感じー」

 一方で、ほとんど緊張していない後藤が、伸びをしながらぼやくと、同じく緊張していない涼も頷く。

「あはは、わたし、陽湘としか試合してないようなもんだけどねー。それに、こんなの大会でも何でもない、ただの練習試合だから気楽にやればいいんじゃないの」

 二人とも、U 17の県代表になったことに特にこだわりがない。これで負けて県代表から外されることになったとしても、それで自分たちにとって大切な何かを失うというわけではないからだ。二人にとって、勝負のかかっている大会の試合と比べたら、この練習試合は遥かにどうでもいいものだ。

「でも、この間の準決勝より巧くなったか試せるかも!」

 涼は、いいことを思い付いたかのように言う。

「あたしは、ダメだわ。ニシザーのアシストがないから、準決勝より巧く動ける気がしなーい 」

 後藤は口をへの字に曲げて肩をすくめる。



 監督がベンチ前に集合を掛けた。

「今日の練習試合は変則的に4回ハーフでやらせてもらうことになっている」

 監督が全員を見渡す。

「予定どおり、2校と練習試合を連続でするが、相手の高校は、1試合目の前半と2試合目の前半、もう1校は1試合目の後半と2試合目の後半に出てもらう」

 代表選手たちは少しざわつく。こっちは2試合連続なのに、相手側はハーフタイムが長くなり、後半は疲れが取れた状態となっているだろう。

「騒ぐな。こっちもAとBで分けて出るから、普通の1試合分と変わらないぞ」

「監督、もう一つの相手はどこですか?まだ、来てないみたいですけど」

 誰かが手を挙げて質問する。

「もう片方の高校は、サブの練習場で今アップをしているところだ。

 相手は県立南高校だ」

「えッ!?」「えぇー?」

 雅と後藤が驚く番だった。

 自分たちの高校と練習試合をするとは二人とも思ってもいなかった。


 まさが来るって、試合を見に来るんじゃなくて……


「うわあ、やりにくー」

 後藤がのけぞって思い切り顔を顰めた。原先輩が後藤にしつこくチャージを仕掛けてくるところが想像できた。肩をぶつけられて、ぎゃんと泣きながら吹っ飛ばされる後藤が目に浮かぶ。


 そして、雅。


 部の練習では、いつも雅の蹴るシュートを防ぐ練習をしていて、紅白戦もやっているから、お互い慣れていると言えば慣れている。

 練習中の雅は涼に対して訓練モードで接してくれている。しかし、大会での雅は、練習とは全く違う本気モードだった。

 涼は、ベンチからかゴールからしか雅を見ていないが、ボールをどんどん上げて来る雅を、敵ゴールキーパーはどのように見ていたのだろうか。速くて、隙を見逃さない、あの動きを正面から見たら、どんな風に見えるのだろうか。


 練習試合だけど、雅は大会のときみたいに本気でわたしに向かってきてくれるのかな。


 どうせ雅と試合をするなら、本気の雅のシュートを防いでみたい。

 そう思うと、ブルっと涼の体が武者震いした。

 そして、歯を剥き出しようにして顔が笑う。



 もしかして、本気の雅と戦えちゃったりする?



 涼の体がカーっと熱くなる。

 涼が知っている選手の中で、一番、巧いのは西澤雅だ。

 一番強い選手と試合ができることに、涼の血がたぎる。



 それって、凄い、楽しそうじゃん。



「ねーハセガー。思うんだけどさー、最初に陽湘で、次にうちのガッコってさ、先に強いチームとやらせて自信を失くさせて、その後、弱いチームとやらせて自信を取り戻させるため、って考えだったりする?」

 後藤が拗ねたような顔で涼を見上げて言う。

「それは、考えすぎじゃない?」

「そうならいいけどさあ、あんまりうちのガッコ舐めてると、原センパイとニシザーにやられちゃうと思うんだけどなー」

 後藤は雅と原先輩の力を驚くくらい尊敬していることを、涼は最近になって知った。

「ゴツー、わたしはどっちのチームにも、ニシザーにも1点も入れさせないつもりだよ」

「強気ですねー、ハセガーさん♪ 」

「なんか今日は強気なんだよね、わたし」

 そう言って涼が振り返ると、ちょうど、雅たちが競技場のメイングラウンドに入ってくるところだった。

 1週間振りに涼が見た雅は、背番号7の付いた濃い水色のユニフォームを着ていた。



 雅だ…!



 雅が涼に気づいて、ニコッと笑う。いつもの半円の目だ。右手を大きく振ってきたので涼と後藤も手を振り返す。

 雅は、振っていた手の親指を立て、二人にサムズアップをした。


 そして、その手首を内側に回して、親指を地面に向け、地面に向けて親指を落とした。


 サムズダウン


 それは、雅から二人への挑発だった。

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