第50話 危険なスコア
雨の日の試合は小学生の時は楽しかった。
傘をささなくていいし、びしょ濡れになってもいいし、ボールがいつもと違って転がらないし、水たまりで滑るし。試合が試合にならなくて、何が起きるか分からなくてワクワクした。
とにかく面白かったん。
今となっては、何が面白かったのか、さっぱり分かんないわ!
最悪に近いピッチコンディションで、強豪校の攻撃をしのぐのはきつい。雨が目に入ってくるのが鬱陶しい。もっとも雨じゃなかったら相手の攻撃をこんなにはしのげなかったかもしれないけど。
それに、防戦一方で、なかなかボールがこっちに回ってこない。
「ハセガー!!」
水溜りなど何も気にせず、横っ飛びでハセガーが敵のファーストシュートをキャッチする。カッコいい!
それからもハセガーは何本もシュートを止めた。
自分が連れてきたにもかかわらず、本当にとんでもない新人だと思う。
先輩たちも、ハセガーにはゾッとさせられているに違いない。
遠目からベンチを見ると、監督の大久保先生も目を丸くしている。
前の試合の時も思ったけれど、やっぱり。
ハセガーは練習よりも試合に強いタイプだ。
そんな周りの驚きを知らず、ハセガーは集中している。
クッと顎を引いて、前方を上目遣いで見据えている顔は、やっぱりカッコいいと思ってしまう。
でも。
やっぱり天才にだって限界はある。
前半で、ハセガーは2回、ゴールを許した。
2点で抑えていることが十分にすごいことだというのに、2点目を奪われたハセガーは地面を叩いて悔しがっている。
悔しいのはこっちだ。
あんなにハセガーが頑張ってるのに、敵の攻撃を防ぎ切れないし、攻撃に転じられない自分が自分で情けないと思うん。
ハセガーは悔しがらないで、私に怒りをぶつけるべきだ。
スコアボードを振り返ると
2ー0
嫌なスコアが見えた。
せめて1点だけでも返してから前半を終わらせたい。
そう思ったとき、キャプテンからサインが出る。
守備に徹していた私にボールを回す気だ。
キャプテンが私を見て、そしてゴトゥーをチラッと見た。
そのサインと視線のとおり、キャプテンは私にボールを回してくれた。
今日、ようやくもらえた攻撃のチャンス。
キャプテンからボールを受け取ると、私はそのままドリブルで上がっていく。敵は、私をほぼ
雨
この雨が予測を邪魔するけれど
行け!ゴトゥー!!
ゴトゥーは見事に相手の隙をついてネットにボールを叩き込んで見せた。
ゴトゥーと私は合っている。
こんなにパスが通りやすい選手が同じチームにいてくれるなんて信じられない。
…変なヤツだけど。
2−1だ。1点差になった。
まだ全然負けてない!
_____
ハーフタイムの間に雨が上がった。
空はまだ白とグレーのモノトーンで、だんだん白の領分が広がってきている。これならもう、これ以上ピッチ上の水溜まりが大きくなることはなさそう。
後半に入って、私たちの動きは良くなった。
前半で強豪相手に2−1。
追い付ける、手が届く、そんな気持ちが後押ししているから。
ハセガーも、前半に点を取られて、逆に、落ち着いた感じだ。
さっきのコーナーキックでは、度肝を抜く高さのハイジャンプでボールをキャッチして見せた。ヘディングしようとジャンプしていた敵の
なんだろう。
私は、ハセガーを守りたいって思って守備主体で試合を始めたけど、だんだん、そんな必要がないような気がしてきた。
もちろん、敵は攻撃的だから、この試合自体は、どうしても守りに力を入れなくてはいけない。
でも、もう敢えてハセガーを守んなくていいんじゃないか。ゴールを守るべきでも、ハセガーは守られる存在じゃない。
だって、ハセガーは、もうちゃんとキーパーとして、ゴールを、チームを守ってる。
私に、上がれと背中から押してくる。
だから、私は私で、走らないと。
そう思った時に、敵の隙を突いて先輩がボールを奪い、私にパスを回してくれた。私は、ワンタッチですぐにゴトゥーにボールを送り出す。ゴトゥーは先輩が私にボールを回そうとした瞬間に走り出していたから、その足に向けて蹴り出した。
そして、ゴトゥーはやってくれた。
ボールを胸でトラップして地面に落とすと、そのままドリブルで駆け出す、ような
ゴトゥーがひゃああと声を上げて跳ねると、キャプテンが後藤に横から抱きついて、二人がピッチの上に転がって、水飛沫が上がる。
同点だ!
_____
2ー2の同点のまま、試合は延長戦に突入した。
しんどい
体が重い。濡れたユニフォームのせいだけじゃない。
こんなに長く試合をするのは初めてだ。
防戦一方で消耗した前半、なんとか攻撃にも転じられた後半、そして延長戦は、守備をしているのか攻撃をしているのか、もうよく分からない。ただ、ピッチを行ったり来たりしてるような気がする。
なんとか、ワンチャンス。逆転したい。
走れ!!
_____
結局、延長戦でも試合は動かなかった。
試合は2−2の同点のまま、ホイッスルが吹かれた。
「ニシザ」
ゴトゥーに声を掛けられ、お互い、やるだけやったよね、と目で合図して、肩を組んでベンチに戻った。
この後は、PK戦だ。私、蹴るのかなあ。
「後藤が1番最初、西澤は5番目ね」
大久保先生の指示が早速ベンチから飛んできた。うわ、なんで1年生に重たい順序を回してくれるかな、わざわざ。
ゴトゥーを見ると、ゴトゥーは肩をすくめて見せた。そんなゴトゥーの頭をキャプテンがぐしゃぐしゃにしていた。
「キーパーは宮本が出る」
先生のそのひとことでハセガーの今日の大仕事が終わったことが分かった。初めてのスタメンで、延長戦まで出て、ハセガーはもう十分にプレイしたと判断されたのかな。大活躍だったのは確かだ。
ちょうどその時、ハセガーが宮本先輩に手を引かれてゴールからベンチに戻ってきた。
宮本先輩よりハセガーの方が背が高いのに、小さな子のように手を引かれ、空いてる方の手の袖で目を拭いながらとぼとぼと歩いてきた。
ああ、どおしたん? もう泣いちゃって。
ベンチの前でハセガーを待っている私に気が付いたハセガーが宮本先輩から、私に飛び付いた。
こんなに背が高いのに、ちっちゃい子に戻ったように、わあわあと声を上げて泣きながら私に首にしがみついてくる。
さっきまで、あんなにカッコ良くゴールを守ってたのに。
凛々しい顔をして、空を飛ぶみたいに高くジャンプして。
格好良いところだけを見せてくれていれば、私はアスリートとしてのハセガーに憧れと尊敬を持つことができる。
でも、ハセガーは私に、可愛さや脆さを見せてくるので、リスペクトするより、ただ傍にいたくて堪らなくなる。
プレイヤーとしても、ただの人としても、
一緒にいたい、そう願ってしまう。
ハセガーの背中に回していた指に力が入り、背番号12という文字が歪んだのを感じ取った。
_____
私の蹴ったボールがゴールポストに弾かれた。
私たちは敗退した
『危険なスコア』
2ー0になると、リードしていても、相手が点を取って、同点、さらには逆転になる試合が多い、という俗説。うびぞおは2ー0になったらもう勝てないという意味だと勘違いしていた。
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