第49話 Go雨 ーごううー (5)

 PK戦。

 それぞれのチームから一人ずつ交替でペナルティーキックを蹴る。すずたちは後攻だった。

 敵の最初の選手が、ゴールを決めた。

 宮本先輩の表情は変わらない。

 こちらの最初のキッカーは、後藤だった。

 全員が肩を組んで、後藤の後ろに並び、後藤を応援し、祈る。


 後藤が軽くステップを踏むようにボールを蹴る。敵キーパーはタイミングを読むことができず、全く動けないまま、後藤がゴールを決めた。これで、まず1対1。

 あと4回のPKで、点を多く取った方が勝ちだ。




 宮本先輩は敵の5本のPKのうち、1本を止めることができたが、涼たちは、2本止められてしまった。

 すなわち、4ー3。


 5人目のキッカーはまさだった。






 涼は、雅の後ろで背番号21を見詰めていた。


 いつもどおりの背中だった。



 ばんっと音がしてボールが上がった。

 ゴールネットの左上を狙っていく。





 ガンっという音がして


 ボールはポストに当たって

 ゴールネットから離れて転がっていった


 わっと、敵のチームのメンバーがゴールキーパーを囲むように集まった。



 審判のホイッスルが鳴り、試合が終わる。

 涼たちの高校は、決勝トーナメント準決勝で敗退することとなった。






 雅が呆然と立っている。




 3年生の先輩たちがうずくまった。呻き声は泣き声だろう。


「ニシザー!!」

 涼は雅に向かって走り出した。



 雅は、そこに立ったまま動かない。


 雅はいつも一人で居残り練習をして、自分のキックの精度を上げている。

 百発百中とまでは言わなくても、狙ったところに蹴るという技術はチームで1、2を争う。そのため、チームではコーナーキックを任されることも多い。


 それなのに、このPK戦という最も肝心な時に、シュートが決まらなかった。


 それがサッカーだ。


 確実、というものは存在しない。不確定の上に精密さを求めるシビアなスポーツだ。

 どんなに練習を重ねても完全にはなれない。


 ましてや雅はまだ15歳で、雨の中、100分走った直後だ。

 雅がPKを外したことは、ただの一つの出来事であり、それを誰も責めることはない。


 雅以外は。


「ニシザー!」

 すずが雅の肩に手を置くと同時に名前を呼ぶと、びくんっと雅の肩が跳ね上がった。

「…あ、はせが……」

 雅の目が涼の目を振り返り、焦点を合わせる。そして、その目がバッと見開かれると、雅はゴールポストの方に全力で走り出した。

「ニシザー!?」

 慌てて涼は雅を追う。雅はまっすぐにキーパーの宮本先輩のところに向かっていた。

 宮本先輩は地面に座り込んでいて、それを3年生たちが囲んでいた。泣いている3年生もいる。

 ほとんどの3年生にとっては、これが最後の大会なのだ。


 そして、今日が最後の試合になった。



「宮本先輩!」

 雅が座り込んでいる宮本先輩の前に立って、崩れ落ちるように土下座をする。

「っ先輩、ごめんなさい!ごめんなさい、ごめんなさ……」

「謝らないでいいよ」

 宮本先輩が泣き笑いの顔を見せて、雅の謝罪を止めさせた。

「負けたのはニシザーのせいじゃないんだから謝らなくていいよ」

 宮本先輩はゆっくりと立ち上がって、雅の頭を抱く。

 その宮本先輩をキャプテンの原先輩が背中から抱き締める。それを機に3年生たちが雅と宮本先輩を中心に一塊になった。

 その誰もが、雅がPKを外したことには触れず、予選リーグからフル出場で最後まで走り回っていた雅を、1年生なのによくやったと口々に称賛した。


「挨拶だよー!」

 監督の大久保先生の声がすると、3年生たちの塊はゆっくりと解け、雅だけがポツンと残った。すかさず、涼が雅の腕を取り、「挨拶行こ」と声を掛けて駆け出すと、涼の取った手と反対側の雅の腕を後藤が取った。後藤は鼻の頭が真っ赤で、目には涙が一杯溜まっている。

 1年生も2年生もみんな泣きたいくらい、泣けるくらいに悔しい結末だった。



「「「ありがとーございましたっっ」」」


 敵も味方も横1列に並んでメインスタンドに向かって、お辞儀をした後、今度は向かい合う縦1列になり、すれ違いながら全員で握手を交わしていく。


 陽湘の黒いユニフォーム。


 涼はかつては自分も同じ色、同じデザインのバスケ部のユニフォームを着ていたので、握手をするのが不思議な感じだった。

 敵選手の中には、涼の顔を見て、どこかで見たような、という顔をする者もいた。涼も見たことのある気がする顔がいくつかあった。

 最後に、陽湘のキーパーと握手をした時に話し掛けられた。

「見たことがあるような顔だけど、1年生?」

「あ、はい、そうです」

「どこの中学だったの?すごくいいセービングするね」

「ありがとうございます」

 多分、あなたと同じ中学校です、とは涼は言えず、軽く会釈をして答えないまま立ち去った。


 いつか必ず、あの黒いユニフォームに勝つ……


 涼はそう思いながらベンチに向かった。

 少し前をとぼとぼと雅が歩いてたので、その手を引いて一緒に軽く走り出した。

 手を取った時に、雅は軽く顔を上げて涼を見ると、頬を歪めるように笑い顔みたいな表情を作って、それから前に向き直り、涼に歩調を合わせるように走り出した。



 涼たちの高校は、去年の選手権の県代表だった陽湘大付属高校に、準決勝でPK4ー3で負けた。

 県内の試合では、相手によっては5点以上の差を付けて圧勝するような私立のスポーツ強豪校相手に善戦だったと言えるだろう。

 大会ルールでは、準決勝で負けた2チームは、3位決定戦をせず、両方とも3位となる決まりなので、もう試合はない。


 涼は、初めての高校サッカーの大会で早速銅メダルをもらったことになった。

 しかし、苦い銅メダルだった。




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