第41話 初回得点(6)

 決勝トーナメント1回戦。

 まさが上げた1点で1ー0とリードして前半が終わった。


 後半は、この1点を守るだだけではなく、2点目を狙う。

 敵も同点、逆転を狙ってくる。


「ニシザー、ゴトゥー、さっきの得点すごかった!!」

 すずはドリンクとタオルを二人に渡しながら褒める。

「とーぜん♪ 」

「よく決まったなあ、と思うん」

 二人の反応が異なるのが面白くて涼は笑いを堪えたが、気を抜かない、っと原先輩に後藤が軽いゲンコツを喰らわされてるのを見て、吹き出した。


「宮本先輩、タオルとドリンクです」

 涼は、すぐに気を取り直し、二人から離れて、ゴールキーパーの宮本先輩にタオルと水筒を渡す。

「ありがと」

 宮本先輩がにっこりする。すごい汗だ。

 何度かゴールを攻められているが、宮本先輩は無失点を守っている。

 DFディフェンダーの先輩たちの表情も固い。

 雅たちが攻められるのは、この人たちの手堅い守備があるからだ。点を入れる選手が目立つけれど、それだけがサッカーではない。



 ホイッスルが鳴り、後半40分も緊張感をはらんで始まった。

 ベンチの中で、涼も手に汗を握っている。

 前半だけで交替して退いた2年生の先輩がベンチでぐったりと肩を落とす。

「この試合、しんどかった」

 涼がタオルとジャージの上着を渡すと先輩がぼやきながら受け取った。

「ニシザーとゴトゥーって、1年生なのに化け物だよ。二人ともめちゃくちゃ走ってる」

 褒めているとは思えない呆れた口調なので、涼も困った顔になってしまう。

 その先輩の視線の先で、また、後藤がシュートを打って、大きくゴールポストを越えてしまい、おおうと言いながら跪いていた。




 そのアクシデントは、後半20分過ぎに起きた。


 前半から荒っぽい動きをしていた敵の10番が、宮本先輩がジャンプしてボールをキャッチしようとしたところへ、強引にヘディングをしようと突っ込んできたのだった。

 当然、二人は激しく衝突して倒れ込んだ。

 宮本先輩はボールを抱え込んで離さなかったが、敵10番の勢いでゴールポストとぶつかってしまった。


 ゴンっという激しい音がした。


「宮本!!!」

 DFの先輩が倒れたままの宮本先輩に駆け寄る。

 敵10番はその近くで四つん這いになって頭を振っており、その10番にも敵側の選手が駆け寄っていた。


 ゴール前に人が集まってくる。


「動かさないで!頭を打ってる」

 誰かの尖った声が上がった。


 宮本先輩はゴールの前で横向きになってボールを抱えたまま動かない。


 会場が騒然とした。

 応援席では林先輩が両手で口を覆って立ち上がっている。



 担架がゴール前に運ばれた。


 ピンと張られた糸が、切れる寸前まで引っ張られているような、そんな雰囲気だった。




「……ぅ…」


 小さな呻き声がして、宮本先輩が右手をゆっくりと上げた。意識が戻ったらしい。

「宮本!いいから、動かないで!!」

 原先輩の叫び声がした。


 先輩たちが丁寧にゆっくりゆっくりと、宮本先輩を担架に乗せる。

 その担架もゆっくりと立ち上がり、そろりそろりと動く。


 フィールドから出たところで、監督の大久保先生が駆け寄り、担架の動きに合わせるように動きながら宮本先輩に声を掛ける。

 涼を含め、ベンチにいたメンバーも先生の後ろから担架に近寄る。

「宮本?」

 担架の上で、宮本先輩が閉じていた目を薄く開ける。

「…まだ…やれ……」

 そう言いながら宮本先輩の目が、涼を捕らえた。


 薄く薄くその口角が上がった。

 頼むね、と唇が動く。

 涼は頷くしかなかった。




 まさかの事態だった。


 一つのチームで2試合連続で、キーパーが退場するなんて、普通はあり得ない。

 しかし、そんな、あり得ないことが起きてしまったのだ。



「長谷川!」

 大久保先生が涼を振り返る。

「行くよ……!」


「はいっ!!」


 涼が出るしかなかった。


 そのために、この朱色のユニフォームを着たのだ。

 ただの林先輩の代わりのお飾りとして、そこにいるわけではない。



 髪をぎゅっときつくしばり直す。

 スパイクの靴紐を確認してから、グローブを付けた。

 この1ヶ月で、ボールのキャッチ或いはパンチングを繰り返して、グローブは柔らかくなって涼の手に慣れた。それは、宮本先輩と林先輩のお陰だ。


 雅と後藤が準備を終えた涼に駆け寄る。

「ハセガー」

 雅が大きな目を見開いて涼を見詰める。

 後藤も、さすがに何も言えず、涼を見ていた。


 涼は、ふーーっと長い息を吐いた。


 それから、グローブで一回り二回り大きくなった右の拳を雅に向けてゆっくりパンチをするように差し出す。

 その涼の拳に雅が、左の拳の小指側を当てた。

 雅に続いて、後藤が自分の左拳をぶつけた。

 それに気付いた、近くにいた先輩たちも涼に拳をぶつける。


「みんな、ハセガーを守る。だからハセガー、できるだけでいい。ゴールを」

「守る!」


 雅の言葉を遮って、涼は大きな声で守ると言って、ゴールの前に立った。

 ぴょんぴょんと軽く両足でジャンプし、それから膝を高く上げて、胸に当てるように数回ジャンプした。緊張して固くなった体をほぐす。


 敵の10番は、レッドカードが出されて退場になっていた。

 そのため、敵チームは一人減って10人になり、人数的には自分達の方が有利になった。

 だからと言って必ず勝てるわけではない。

 実力が拮抗しているチーム同士の試合では、一人少なくても接戦になるし、下手をすれば10人の方が11人の方を圧倒することすらある。



 ゴールキック、すなわち涼がボールを蹴って試合が再開される。


 DFの先輩が、軽く涼に向かって手を挙げる。

「ハセガー、無理しなくていい、私に回して」


「はい!」


 涼は、ようやくできるようになった足の内側にボールを当てるという蹴り方で、ボールをその先輩にパスする。


「おっけ」

 先輩が走り出した。

 みんなが敵ゴールを見て、その方向に向かっていく。

 涼は、そのみんなの背中を見る。


 フィールドが広い。


 一瞬、背中が冷たくなって、ぶるっと震えた。

 武者震いだった。


 涼たちのチームは、1点と、新米GKとを守る作戦を取る。残り時間は15分弱。

 無理に攻め上がらず、ゆっくりとボールを回すようにしながら、敵の隙をうかがう。

 とにかく、敵にボールを渡さないのが第一。

 敵は焦らされながらも、ボールを追ってくる。


 ボールがピッチから転がり出てしまい、サイドから敵がボールを投げ入れる。

 それが、巧くつながってしまい、敵が一斉に涼の立つゴールに迫ってきた。


 来る


 雅は足の指の付け根に体重を掛けるように立つ。


 飛び出すか

 このままゴール近くに立って守るか


 ボールを持っている選手

 右から来る選手

 左から来る選手

 横にパスを出すのか

 自分で突っ込んでくるのか

 DFの先輩たちは、どう動いて防いでくれるのか


 多くの情報が、視覚を通して、涼の脳に絡まりながら飛び込んでくる。

 その情報から、ボールががどう転がってくるのか、予測を立てる。

 予測する

 予測する

 予測する


 ボールが動く度に予測が変更される。

 涼の脳がフル稼働する。


 刹那

 敵のFWが蹴ったボールが涼の真正面に飛んできた。


 がっちりと腕で抱え込み、ボールが腕から転がり落ちないように、そのまま前傾して膝を着いて倒れ込む。ボールは腕の中だ。

 DFの先輩が背中を叩く。

「ナイスキャッチ、ハセガー。ごめん、防げなかった」

「大丈夫です」

 涼はボールを置いて、ゆっくりと立ち上がった。



「シュート打たせんなっ!!」


 ペナルティーエリア近くまで戻ってきていた雅が吠えた。


 その声に涼も先輩たちも雅を見る。

 雅は、それをDFの先輩たちに言ったわけではなかった。

 拳を握って、下を向いていた。


 雅は自分自身を叱咤していた。

 涼のために。


 きっと睨むように雅は涼を見た。

 唇が、ご め ん と動く。


 謝らないでいい。

 ちゃんと守る

 守るから


 そう言う代わりに涼は、ボールを一回二回と地面に打ち付ける。


「行くよー!!!」

 涼は腹から声を出した。


 ボールを置いた。



 ゴールキックの蹴り方。

 宮本先輩と林先輩がちゃんと教えてくれた。


 だから、蹴れる。



 涼の蹴ったボールが青空に突き刺さった。

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