第39話 初回得点(4)
予選リーグ4戦目。
決勝トーナメントに進むことが決まっていることもあり、この試合のゴールキーパーは2年生の林先輩が出場し、宮本先輩は決勝トーナメントに備えて控えに回った。
その林先輩が、試合の前半で負傷してしまった。
林先輩は高く上がったシュートボールをキャッチして、地面に降り立った際に、運悪く、滑り込んでいた敵選手の足を踏んでしまい、バランスを崩して地面に転がった。
その時、敵選手の足を踏んだ方の足を捻り、しかも、予想外の転倒で受け身も取れなかった。動けなくなった林先輩に選手たちが駆け寄る。キャプテンの原先輩が、監督である大久保先生に向かって腕を交差させ、「×」だと伝えた。
林先輩は担架でピッチから出され、代わりに3年生の宮本先輩が試合に出て、原先輩と後藤が得点を決めて、2ー0で予選リーグを終え、次は決勝トーナメントになるが、チームの雰囲気はさすがに暗くなってしまった。
林先輩は応援に来ていた誰かの父兄の自動車に乗せられて病院に連れて行かれ、
病院で林先輩は無言で痛みや悔しさに耐えていた。涼には掛ける言葉がない。
林先輩から見れば、涼は後輩かつ宮本先輩の後の正キーパーを狙うライバルでもある。涼は、中学校時代に1年生で3年生からレギュラー、スタメンを奪い取り、ひどく嫌われた。中学生と高校生では違うのかもしれないが、ポジションを争うことになる涼に林先輩は冷たく当たることは全くなく、宮本先輩と二人で涼を鍛えてくれていた。
待ち合い室で林先輩が突然、涼の左の手首を握る。
「頼むからね、ハセガー」
「先輩」
「たぶん、この足じゃ、決勝トーナメントもう出れないから、宮本先輩のリザーブはハセガーしかいない」
「……はい」
「宮本先輩がいるから大丈夫なんて思っちゃダメだよ。代わりを任せられる後輩がいるから、先輩が頑張れるんだよ。…私の分も宮本先輩を支えて」
涼はしっかりと頷いた。
大久保監督と林先輩のお母さんが病院に迎えに来てくれて、林先輩は松葉杖を付いて帰り、涼は監督に連れられて、一旦学校に戻った。試合会場に置きっぱなしになっていた涼の荷物は、
「長谷川」
「はい!」
大久保先生に呼ばれ、涼がいつものように、ぴしっと「気を付け」の姿勢を取る。
「来週からの決勝トーナメントから、林に代えて長谷川を選手登録するから。長谷川はいつでも試合に出れるという覚悟をしておきなさい」
「……」
「長谷川?」
涼には返事ができなかった。自分が林先輩の代わりになれるわけがないとの思いがある。サッカー部に入って1ヶ月。まだルールの理解すらおぼつかない。
いつもなら、直立不動で先生の頭の上を見て大きな声でバカみたいな返事をする涼が、はい、と返事ができなくて、がくんと頭を落とすように頷いた。
そんな涼の肩を大久保先生がぽんぽんと叩いて、職員室の方に向かって去っていった。
そんな先生に代わるように、雅が涼の荷物を持って涼に近寄ってきた。
「ハセガー、帰ろう」
涼は頷いたが、足が踏み出せない。そんな涼の背中に雅が手を回す。その手に押されるように涼が足を一歩前に出し、二人は並んでバス停に向かって歩き出した。
レギュラーってこんなに重かったっけ
涼は、知らず、下唇を噛んでいた。
そんな涼の背中を雅が擦る。
「私が付いてるよ。ハセガー」
______
朱色に近い赤。
ゴールキーパーは他のプレイヤーと違う色のユニフォームを着なくてはならない。
みんなは上が濃い水色で下が紺色なのに、涼だけは赤い。袖と体側面には薄いオレンジ色のラインが入っているところと、『Minami』というロゴだけは同じというデザインになっている。
背番号は12で、林先輩が付けていたもの、というより林先輩の着ていたユニフォームをそのまま涼が譲り受けていた。
同じキーパーの赤いユニフォームを着た宮本先輩が、涼にハイタッチを求めてきたので、涼はそれに応える。
「ハセガーがこんなに早くベンチ入りするとは思ってなかったよ」
宮本先輩は涼に向かって苦笑いする。それから応援席にいる制服の林先輩を振り返って手を振った。林先輩はぺこっと頭を下げて、それから宮本先輩と涼に手を振ってくれた。
「次の地区トーナメントまで行ければ、林もまた戻って来れるんだけど」
宮本先輩はため息をついた。
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