第10話 ファーストタッチ

 私こと西澤まさは子供の頃から、地元のJ3のサッカーチームを応援している。

 なかなか勝てないチームで、J2昇格はそれこそ遠い夢かもしれないけど、それでも、応援することをやめられない。

 だから、そんなに売れてないアイドルが好きとか、アイドルグループで一番人気のない子を推すみたいな気持ちはよく分かる、つもり。

 なのに、そのチームが好きな私のことを分かってくれる友達はほぼいなかった。

 そもそもサッカーが好きな女の子が身近にいなかったのだ。


 最初は、ホームで試合があると、父や弟とホームスタジアムである競技場に通っていた。

 競技場は自転車に乗ればすぐの距離だったので、気が付いたら、一人で応援に行くようになっていた。

 そして、いつも座るのはコーナーになるべく近い場所。

 コーナーキックを見るのが大好きだ。セットプレイからの得点のビッグチャンスか或いは大ピンチが発生する場所。

 それは試合が大きく動く起点になる得るところ。

 だから、コーナーキックを任せてもらえるような選手を私が目指すようになるのは必然だった。


 中3の時に、父親の転勤のために、地元から隣の県庁所在地に引っ越して、ちょうど受験もあったから、応援に行きづらくなった。そして、高校に合格してからは、部活があって、本当に試合の応援に行けなくなった。

 だけど、ちょうど今、私は足を捻挫していて部活に出なくてもいい。

 これは不幸中の幸い、久々に観戦に行くしかない。

 今シーズンの私の初観戦になる。ワクワクしていた。


 一人で行く予定だった。



 

______




 ハセガーを試合観戦に誘ったのは、ただの思い付きで、深い意味はなかった。どうせ断られると思ってたし。


「プロのサッカー見たことないしょ?見に行こうよ、J3。カメラ持って」


「…ジェイス・リーさんって中国人のサッカーの人?」


 私の誘いに対する、そのハセガーの反応には笑い転げた。本当にサッカーを知らない子だというのがよく分かった。

 サッカーのこと全然知らないのに、サッカーしている時の私の写真を撮りたがるし、こうして、観戦の誘いにも乗ってくれるのは不思議だ。


 ハセガーが、サッカーと私と、どちらかに或いは両方に関心を持ってくれている。

 どうせなら私に関心を持ってくれているなら、と考えると、とても胸の中がくすぐったい。



 友達とサッカー観戦するのは初めてで、前の日はワクワクした。

 サッカー観戦じゃなくて、休日にハセガーと会うことにワクワクしていたことに気付いたのは、次の観戦の時だったけど。



 ちょっとバスが遅れて待ち合わせ時間ギリギリになって焦る。

 駅の構内にある待ち合わせ場所に向かってバス停から走って行くと、そこにハセガーが立っているのがすぐに分かった。


 壁に寄り掛かりながらスマホを見ている。

 また、眉を寄せて不機嫌そうな顔をしているけれど、あれは、ハセガーの通常営業だから、もう気にならない。

 私服のハセガーは同い年に見えない。ただのパーカー、ただのジーンズ。そしてバスケットシューズ。それだけのシンプルな服装なのに、身長のせいか、とにかく格好が良くて大人っぽい。一瞬、気後れしそうになった。

 チラチラと通行人がハセガーを見る。ナンパしたそうな男の人たちが、ハセガーの前で気を引くような素振りをしているけれど、ハセガーは全く気が付いていない。

 駄目だよ、あれは、私の友達だよ。と私の中に独占欲が生まれて、それに動揺しながら、私は慌ててハセガーに手を振りながら足音立てて駆け寄ってく。


「おすー」

 口から出てしまったのは自分でも呆れるくらい陳腐な挨拶で、それでもハセガーは私の声で振り返って笑ってくれた。

 その顔を見て、本当にちゃんと一緒に試合を見に行ってくれるんだと思って安心して、嬉しくなった。




______




 机の上には、ハセガーが撮った今日の試合のコーナーキックの写真。今日の試合は、このコーナーキックからの1点で勝ったんだから、とっても貴重なワンショットだ。

 試合後、駅前のコンビニに飛び込んで早速プリントアウトしてもらった。足からボールが飛び出してるみたいで、本当に格好いい。好きな、尊敬している選手だから尚更だ。

 壁のコルクボードにライトグリーンの画鋲で貼り付けて、飽きずに見てしまう。こういうのも生写真っていうのかな。

 初めて試合を見に来て、カメラだってまだ始めたばかりなのに、もうこんなにバッチリな写真撮って、ハセガーって凄い人だと思う。


 それにしても、なんだか心臓が跳ねっぱなしの1日だった。

 こんなん、いっぱいドキドキしたのは、接戦のせいだけじゃない。



 参ったのは、あれだな、レプリカを貸した時だ。上着の上からでも着れるようなXLサイズのを渡したのに、ハセガーは、パーカーの上から着ないで、ばっと着ていたパーカーを脱いでから着た。パーカーの下には、なんかピッタリとしたタンクトップみたいなの着てて、かっこいい形の胸やら鎖骨やら腋やら、色んなものが、どん!ばん!と目に飛び込んできて、わ!わ!ってなった。

 思い出すと、ちょっと顔が熱い。やだ、なんだ、これ。


 あと、手を繋いだのも、ちょっとキた。

 繋いだっていうか、私が勝手にハセガーの手を取って引っ張ったんと言うのが本当のとこ。

 私はよく手が熱いって、人から言われるから、ハセガーも熱かったと思う。



 それでも、いちばん嬉しかったのは、やっぱり色んなことをいっぱいハセガーと喋ったことだ。こんなに誰かと喋ったことってない。

 サッカーの説明をしただけじゃなかった。

 ハセガーの身長が175cmだってこととか。

 バスケをやってたこととか教えてもらえた。

 ハセガーのことをもっと教えてもらいたい。そのために、ちゃんと話してもらえるような友達になりたい、って思う。


 …いつか、ハセガーは私にバスケを辞めた理由を教えてくれるだろうか。

 その時、私はどんな気持ちになるんだろう。



 その時、私たちは







______

『ファーストタッチ』

 その試合で選手が最初にボールに触ること、またはトラップすること。




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