第9話 試合感染(4)

「サッカー、初めて見たけど、面白い」

「でしょ」


 すずがピッチを見ながら呟くと、まさがそれに応じる。


「バスケとは全然違うなあ」


 広くて陽の当たるフィールド。

 コートと違って、空が見えて風が吹いている。

 この解放感が一番大きな違いかもしれないと、涼は思った。


「そおか、やっぱりハセガーはバスケやってたんだね」

「うん」

 雅に言われて涼は頷いた。そういえば、まだ雅に言ってなかったことを涼は思い出した。

「やってたのはバレーかバスケかなぁと思ってたんだけど、今日のハセガー、バッシュみたいなハイカットのスニーカー履いてるから、そうかと思って」

 ああ、と言いながら涼は自分の足元を見た。普段使いのために、実用性よりファッション性重視で買ってもらったバスケットシューズだった。

「でも、バッシュでバレーやる人もいるらしいよ」

「えええ、そうなん? 混乱させるなあ」


 春の風は少し強い。


「ニシザーってさ、わたしに何にも聞かないんだね。わたしの身長のこともバスケのことも」

「…そうだね」


「わたしに興味ない?」

 苦笑いをしながら涼が雅に尋ねる。

 雅が首に掛かっているタオルマフラーを弄りながら答える。

「実は、ハセガーには凄く興味ある。ハセガーのこと色々、一杯、知りたい。教えてほしいよ」

 涼は軽く驚く。

「でも、ハセガーが何も言わないから、聞かないん」


 また風が巻き上がる。涼はライトグリーンの帽子を押さえる。帽子が飛ぶほどの風ではないけれど。


「わたしが何も言わないから?」

「ハセガーに限らないけど、言いたいことがある人や聞いてほしいことがある人は私が何も言わなくても勝手に話し出すしょ。でも、あえて言いたくない人は何も言わないから、興味があっても自分からは聞かないようにしてる」

「そか」

「でもね、聞いてほしいと思ってて、私が尋ねるのを待たれる場合は困る。私、そこまで勘が良くないからさ」


 雅が大きな目をきょろんと動かして涼を見た。

「ハセガーは言いたくないの?それか、私に何か聞いてほしいの?」

 雅に逆に訪ねられると、涼も戸惑う。

「ああー。んんと、今は、言いたくない、かなあ。……でも、ニシザーに聞いてほしくなったら言う。バスケ辞めた話」

「うん、待ってる」


「で、身長は175cm」

 涼は身長だけは一気に告白した。

 雅が目を丸くする。

「170は越えてるとは思ってたけど」

「…大きい、って言っていいよ」

 バスケを辞めてしまった今、身長はコンプレックスだ。


「いや、カッコいい!!」

 雅は、ばっと涼の方を振り向いた。

「椅子から、すくって立ったときのハセガーってすっごいカッコいい!にょきにょきって感じがするんだよ」

 雅の頬が上気しているのを見て、涼は照れてしまう。


 そこにフィイ-ッという高いホイッスルの音がして、後半戦が始まったことが分かり、二人は再びピッチのボールを目で追い始めた。


 後半は、二人の前で、何度も選手同士がぶつかり合った。激しくボールを奪い合い、ラインの側、雅が言う右サイドは厳しい状況だった。

 もう、雅は興奮しっぱなしで、完全に涼の存在を忘れてヒートアップして、大声を出しまくってる。

 雅はこれを見たくて、ここに座ったに違いないと涼は悟った。


 前半と後半で陣地が入れ替わるので、今度はライトグリーンのユニフォームの地元チームのコーナーキックになれば涼たちは間近で見ることができる。

「…ニシザー、コーナーキックまだ?」

 涼が尋ねると、雅が顔をしかめた。

「いや、そうは言われましても」


 果敢に攻めている雅の応援する地元チームは、点を入れられないまでもコーナーキックのチャンスは3度あって、うち2回は二人がいるスタンドとは反対側から蹴られ、その2回とも敵は得点を許さなかった。

 そして、ようやく3度目のコーナーキックが二人の目の前で行われようとしていた。


 17番の背番号を付けた少し小柄な選手がボールを置いて、位置を決める。大きく蹴るのか、近くに蹴るのか、浮かすのか、転がすのか、観客がじっと見守る。

 涼は、焦りながらも、17番の選手の全身がカメラのフレームに入るように、大体の構図を当てはめ、オートモードでピントをボールの辺りに合わせる。

 春の午後の日差しは明るいから、シャッタースピードは上げられるだけ上げる。


 涼のカメラが連写モードでシャシャシャと音立てる中、ぱんっと音を立ててボールがゴールの方向に上がった。次の瞬間、カメラのファインダーから涼の目が離れて、ボールを追った。今ので手振れしたかもしれない、頭の中をそんなことがよぎったが、それよりボールの行方の方が心配だった。

 ゴール前に集まっていた選手たちが一斉に背伸びをするようにボールを追う。

 ふわっと上がったボールを敵キーパーの指が弾くと、そのボールをライトグリーンのユニフォームの選手が頭に当てて、キーパーの足元に打ち付け、ボールは跳ね上がってネットに吸い込まれた。


「ったああ!」

 雅が立ち上がって両腕を天に上げて吠える。


 涼もそのゴールの瞬間をなんとか目で追えた。

 初めて見るサッカーのゴールだった。

「かっこ、いい」

 涼も口に出さずにはいられなかった。



 結局、その点が決勝点になり、1対0で、雅の応援する地元チームが勝った。

 駅に向かう帰りのシャトルバスの中でも雅はまだ興奮していた。

「すごいね、ハセガー、初観戦で勝利を見れたよ!」

 その発言は、このチームが余り勝てないという意味でもあったが、ご機嫌な雅は気付いていない。


 涼は涼で、バスの座席でカメラを確認し、そのコーナーキックの瞬間が思った以上に格好良く撮影できたことに気付いて、嬉しさが込み上げてきた。

 スポーツ写真を撮り慣れている人から見たら、まだまだ素人だろうとは思う。

 でも、ボールが左足にから飛び出す瞬間が切り取れている。


 雅がそれに気付いた。

「わああ、これ、プリントアウトできるん!!??」

 雅の推しは、コーナーキックをした背番号17番の選手だ。

 雅と涼は駅の近くのコンビニに飛び込み、早速、その写真をプリントアウトする。


 その写真を見てニコニコしている雅を見ながら、涼は、今度は雅を撮るんだと決意をした。



 ボールを蹴るライトグリーンのユニフォームの17番

 その姿が、涼のまぶたの下で、雅の姿に変わった。

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