第8話 試合感染(3)

「え?前半後半45分ずつ?」

「とれやあ、ぼけえ!…うん。でも高校は40分ハーフだから。それでも1試合出るとしんどいと思うん」


「ファール2回で退場?ええ?そしたら10人のまま?厳しすぎない」

「レッドカードが出ると1回で退場っ……ああああああ、なんで今の入んないん!!」


「一回交代したら、もう出れないの???」

「だあああ、え?何?」


「なに今の?なんでダメなの?オフサイドって何??」

「今のどこがオフサイド!審判、目えどうなってんだ!?……えーっとオフサイドっていうのはね、うん、口で説明するのが難しいんだけど、ああ!今の何?」


 まさは、すずの質問に答えるのと、喚くのとで忙しい。

 涼は落ち着いて試合を見せられなくて、申し訳ないと思いながらも、つい質問してしまう。すると、雅は、涼の質問には、頑張って答えようとしてくれる。どっちにも一生懸命だ。



 審判のホイッスルが競技場に響いた。前半終了の合図だ。



 ハーフタイムという前半と後半の間の15分の休憩時間だ。

 雅は、徐にトートバッグから水筒と紙コップを出して、紙コップに水筒の中身を移し替えた。

「ただの麦茶でごめん」

 ペットボトルはマナー違反になるからと付け加えながら、涼に紙コップを渡してくれた。さっきまでのハイテンションで吠えていた雅は消えて、いつもの落ち着いた声が戻ってきている。

 観戦慣れしてるな、と涼は思う。


 雅が麦茶をぐいっと飲み干して、何か言いたげに涼の顔を上目遣いで見た。雅にしては珍しい顔だと涼は思う。

何か、わたし、変なことしたかな、と涼は内心、焦る。


「ハセガー」

 雅は少しだけ、涼から目を逸らした。

「……私の応援してるとこ見て引いた?」


 恥ずかしそうな声で尋ねてくるその顔が、なんだか可愛らしくて、涼から笑いが漏れた。


「引いた引いた」

 涼のその言葉に、一瞬、雅の顔にたて線が入ったように歪んだ。

「もう、引いて引いて、どん引いて」

 涼はニヤッと笑う。

「一周して戻ってきた。ニシザー面白すぎ」

「……ハセガーを観戦に誘ったのはいいけど、サッカーになると自分が人格変わるの忘れてたん」

 雅は、胸を押さえて、ため息を吐く。

「でもま、こっちの大声出してる私の方が、素の私だから」

「え、マジ?」

「そうそう、ふだんは意識して大人しくしてる。本当は、ただのサッカー子猿」

 あはは、と雅が人懐こく笑った。目が三日月になる。



「ニシザー、笑うと可愛い」



 また、涼の口が勝手に喋る。言った涼も言われた雅も顔を赤くして一瞬黙った。

 ハーフタイムの休憩の間、観客席は落ち着きなくざわめいている。

 二人とも黙りこんでしまうと、ざわめきが言葉になって聞こえてくる。試合のこと、選手のこと、J2昇格が難しいこと、試合の後の予定のこと…。観客はそれぞれに好きなことを話している。



「……そんなん、初めて言われた」

 雅が照れ笑いで、その沈黙を破った。


 

わたしが一番、最初に気付いたんだ。



 涼には雅の笑顔が自分のものであるかのように思えた。

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