第4話 苺一会(4)

 女子サッカー部が練習している学校の隣にある河川敷グラウンドを見下ろす土手の階段で、すずまさと肩を並べていた。写真部に入った涼が撮った写真を雅に見せていると、雅は存外に真面目に写真を見てくれた。


「ねえ、ニシザー」

 涼が声を掛けると、スマホの写真から、雅が、ん?と顔を上げて涼を見た。



「…ニシザーを撮らせてよ」



 涼の唇から、自分でも考えていなかったような言葉が飛び出た。

 

 え?わたし何を言ってんだ?

 

 涼は内心ではちょと焦ったが、そのまま続けた。


「あああっと………ニシザーの怪我が治ったら、サッカーやってるとこ、撮らせてもらえないかな?」


 雅が大きな目をぎょろんとさせる。


「なんで?」


「…撮りたくなったから」


「なんで?」


「分かんない」


「なんで?」


「だから、分かんない」


「……なんで?」


 …………


「ハセガーが自撮りした方がよっぽどきれいな写真が撮れると思うん」

 今度は涼が逆に理由を尋ねる。自撮りなんかしたくない。

「なんで?!」


 これでは、涼と雅の間で会話が成立しない。



「じゃ、ニシザーが嫌なら諦める」

 涼がため息をつくと、雅がぐるっと目玉を回す。

「……絶対に嫌っていうわけじゃないけど。ねえ、撮るのはサッカーやってるとこだよね?」

「うん。可愛い服着てなくても裸にならなくてもいいよ」

 涼がにやっと笑って言うと、ばーか、と雅が歯を見せた。

「ハセガーってカメラ始めたばっかじゃん。実際問題、動いてる人って、初心者のハセガーに撮れるん?」


 !!


 動いている人、それもサッカー。

 涼は、グラウンドでキャッチボールみたいにボールを蹴ってパスし合っている人たちに軽くカメラを向けてみた。


「ううぅ」

 涼は思わず唸り声をあげた。

 遠い。小さい。速い。ボールも人も動いていて止まってくれない。ピントを合わせようにも、カメラのファインダーの小さな視界からは、すぐにいなくなる。


「……難しそう」


 しょげた涼を見て、雅がくすっと笑う。


「そうだ、ハセガー、今度の日曜日の午後って暇?」

「え?ああっと暇だけど」


「プロのサッカー見たことないしょ?見に行こうよ、J3。カメラ持って」


 じぇいすりー?



「…ジェイス・リーさんって中国人のサッカーの人?」



 涼のその質問に、雅が一瞬沈黙してから、ぶーっと吹き出し、涼がむっとするくらい腹を抱えて大笑いをした。 あんまりにも雅が笑うので、涼も恥ずかしいようなむかつくようなで困ってしまった。


「それくらい、わたしサッカーのこと分かんないんだけど、それでもいいならいいよ。行こう、次の日曜ね」

 ふーっと1回息を吐いて、改めて雅の誘いに乗った。すると、雅の大きな目がくりんと一回り大きくなる。ちょっと驚いたらしかった。


「嬉しいなあ」

 雅がにっこりする。何が?と言うように涼が首を傾げる。

「友達とサッカー見に行くの、初めてなん。サッカー好きな友達、中学校ん時には誰もいなくて」

「そうなんだ」

 『友達』『初めて』というワードが混ざっていたのが、涼は、なんだか嬉しくて、お腹がもじもじするような気がしながらも、表情は平然を装った。


「捻挫なんかしていいことないって思ってたんだけど、ハセガーと友達になれたのだけは良かったって思う」


 ニシザー、君は、わたしを喜ばせすぎ。


 さすがに平然を装えなくて、顔が真っ赤に染まるのを涼は感じた。

「こうゆうの、『一期一会』って言うんかなあ」

 雅が腕を組んでしみじみと言う。


「ねえ、その言葉、たまに聞くけど、なんで苺が関係あるの?」



 涼のその質問に、再び雅が笑いすぎて、今度は、階段からズルっと滑り落ちた。



 流石に、涼はふてくされ、階段下でも笑ってる雅を放っておいた。




______




 涼は、サッカーしている人を撮ってみたいのだと父親に相談してみた。涼の父親は、突然サッカーに興味を持った娘に驚きながらも、望遠レンズを貸してくれて、簡単に使い方を教えてくれた。


「かっこいー」

 いつものカメラに望遠レンズを取り付けると、なんだか凄く本格的な感じに見えて、少し嬉しくなった。しかし、その分扱いが難しくなった。視野が狭くて、対象を追い掛けるのが大変だし、ピントも思うように合わせられないのだ。

 しかも、重い。

 思っている以上に難しいことにチャレンジしようとしていることに改めて気付かされた。

 でも、動き出さなければ何にも変わらない。

 涼は、やると決めたら新しいことでも物怖じしない。


 そして、土曜日の夜、涼は、カメラバッグを兼ねているディバッグにカメラとレンズをしまい、レンズのほこり取りとか必要な物をバッグのポケットに入れた。ちょっと本格的な撮影の感じに涼はわくわくする。

 

 それから、スマホの画像データを開いて見た。

 実は、河川敷のグラウンドで涼はまさの写真を1枚だけ、こっそり撮っていた。いわゆる隠し撮りだ。

 それは、グラウンドをじっと見る横顔。

 伏せた目が悔しそうに見える。早く走りたいとその瞳が語っている。

 その写真データをカメラのSDカードから、自分のスマホに転送して、いつでも見れるようにしたのだった。


「ニシザー、肖像権ごめんなさい」

 人の写真を勝手に撮るのはNGだと、写真部の顧問や先輩、そして父親からも口酸っぱく言われていた。

「個人的な楽しみですから」

 涼は心の中で言い訳をして、雅に手を合わせて謝った。

 それから、楽しみってなんだよ、って一人ごちる。



「…ニシザーを撮らせてよ」


 河川敷の階段で、思わず雅にそんなことを頼んでしまった。

 涼自身、なぜ自分が雅にそんなことを言ったのか、自分でもよく分からない。

 高校に入学して、ようやく同じクラスに話し相手もでき始めた。

 でも、誰に対しても写真を撮りたいとは思わない。



 とすれば、わたしはニシザーのこと……


 涼は、頭を振って、そのことを思考から追い出し、さっさと寝ることにした。




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