第3話 苺一会(3)
オートモードにすればシャッターを押すだけで自動にそれなりの写真を撮ることはできるけれど、涼は難しいマニュアルという撮影に挑戦している。自分がどんな写真を撮りたいのか考えて、そのために適切な明るさとシャッタースピードを決めて、自分でピントを合わせるということだ。初心者の涼にはとてもハイレベルな話で、なかなか思ったような写真が撮れない。
残念なことに、大抵は、いわゆるピンボケ写真で、何が写ってるのかよく分からないものが撮れることが多い。
涼の父親がよく言うのは、デジタルになる前のカメラはフィルムに焼き付けるものだったから、1枚の写真が貴重で、失敗は許されなかった、とかいう話。
今の写真はデジタルデータとして保存されるから、SDカードがあれば何枚でも撮れるし、そのデータはパソコンで色々と加工できる。だから失敗を恐れなくても大丈夫だ。
事実、高価な画像加工ソフトが、写真部のパソコンにはインストールされていて、涼が撮った素人丸出しの写真でも、パソコンでいじればある程度見れたものになるのはありがたい。しかし、それに頼っていたら、写真が巧く撮れるようにはなれない。
巧くなれない、というのは負けず嫌いの涼にとって悔しいことだ。
写真を始めたばかりの涼は、今のところ、主に風景ばかりを撮っている。
葉桜と空
電線の雀
水溜まりに映った空の切れ端
放課後の涼は、高校前のバス停からバスに乗らず、一人であちこち歩き回って写真を撮ってから帰る。
たまに部室に顔を出して、先輩に加工ソフトの使い方を教わりながらパソコンをいじる。
始まったばかりの涼の高校生活は、そんなふうにちょっと地味で一人ぼっちだったけれど、それはそれで心地良い静けさがあった。
物足りなくない?
涼は自問自答する。
まだ分かんないけど、つまらなくはないよ。
中学校時代の涼は、部活で走り回ってガンガン頑張ってはいたけれど、最後には心が擦り潰された。
上達しなくてはならないことはまだいい、さして仲の良くない仲間たちとのチームワークに囚われること、その積み重ねに涼は気付かず疲弊していた。
しかも、最後は思いもよらないことが起きて、勝てる筈の試合に負けた。
だから、涼は、高校に入った今は、運動部に入る気になれず、なんとなく写真部に入って、カメラのファインダー越しのきれいな世界を覗きながら、何かを探し始めていた。
サッカー、大好きなん。
そんな
涼は、雅のように、自分の好きなことに打ち込んでいたと自信を持って言えない。
_____
よし、今日は、撮影の日。
そう決めた涼は、カメラをもって校舎を出て、高校の敷地に接している川に向かう。
高校は街の郊外にあり、その近くには1級河川が流れている。
川のある風景で、鳥か花か虫か、何か面白いものが撮れないかと考えたのだ。
土手を上がり、川を見下ろすと、河川敷のグラウンドがあった。
グラウンドの方で、イチニッサーンというカウントを取る女子たちの声がする。
それは、女子サッカー部が練習しているところだった。
雅が河川敷のグラウンドが練習場だと言っていたことを涼は思い出した。そして、グラウンドを見渡して、多分、見学してるであろう雅を探した。
すると、グラウンドのベンチではなく、土手からグラウンドに降りていくセメントの階段の途中で、グラウンドを見下ろすように座っている雅が見えた。
つまんなさそう
雅の横顔を見て、涼は思った。
雅は、朝のバス通学の間だけの友達だ。
涼は、雅がバスに乗ると、雅に席を譲り、後はそれぞれの高校の教室の前まで、とりとめのない話を二人で交わすようになった。
最初に出会ってから1週間ほど過ぎると、雅は、松葉杖を持たなくなり、ぴょこぴょこと捻挫した方の足になるべく体重を掛けないようにして歩くようになった。まだ部活の朝練には参加できず、涼と同じバスで登校している。
足が治ったら雅は朝練に参加するようになって、涼と同じバスには乗らなくなる。涼は、雅と話す機会がなくなることを寂しく思っているけれど、その一方で、元気にサッカーをしている雅も見てみたかった。
「……ニシザー」
涼は雅に声を掛けた。
その声に、雅は振り向いて、少しだけ目を大きくして、涼であることを確認してから、笑って手を振った。
「ハセガー、何?撮影しに来たん?」
涼は、頷く代わりにカメラを雅に見せた。
「バス以外で会うの初めてだね、隣座っていい?」
盗撮女とか、馴れ馴れしいとか、思われてたら嫌だなあ、という不安がちょっぴり頭の中をよぎる。
「どーぞー」
そんな涼の不安をよそに、雅は隣に座れと言うように腰を横にずらして、涼の座るスペースを空けてくれた。
「ハセガーは、どんな写真を撮るん?」
「んんー、まだ始めたばかりだから、どんなって言われてもね」
スマホを出して、加工した写真を見せる。
「こんな感じの」
「…へえ、きれい」
雅がスマホを除く。耳に掛かっていた髪がさらっと落ちると、それをまた耳に掛ける。
「時間を切り抜くみたい」
雅が呟いた。
日に焼けた肌。大きな目。制服のスカートからはみ出た筋肉質の足。
雅はひと目で分かる体育会系の外見なのに、少しそぐわないような口調と言葉遣いをする。
そんなことを思う涼は、中学校までは運動部で、そのせいだけではないが、どうにも言動が粗野になりやすく、女らしさというか繊細さを欠いているという自覚がある。
運動部だから、なんていうのは偏見だっていうことは涼も分かっているけれど、それにしても雅は、外見と中身に少しギャップがある。
少なくとも、涼が遣う言葉より、雅の遣う言葉の方がきれいだし、独特の言い回しがなんだか可愛い。
この1週間、バスで話していてて、涼はそう思うようになった。
「ねえ、ニシザー」
涼が声を掛けると、雅は、スマホの写真から顔を上げて涼を見た。
「…ニシザーを撮らせてよ」
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