第2話 苺一会(2)

「わたし、長谷川はせがわすず。2組」

西澤にしざわまさ、5組。よろしく」


 すずまさの出会いは、街外れにある涼の家の方から中央駅に向かうバスの中だった。駅に向かう途中に、涼と雅が入学したばかりの高校がある。先にバスに乗っていた涼が、後から乗ってきた雅が右足を負傷していることに気付いて席を譲ったところだ。


 涼は、出会ったばかりの雅が気になって、雅の座る座席の隣に立って吊革を握り、そのまま立って話し掛けた。


「聞いていいかな?足、どうしたの?」

「はは、部活で捻挫しちゃって」

「何部?」

「サッカー部」

 どおりで日焼けしているわけだ、と涼は納得する。


「結構、ひどい捻挫したんだね」

 涼も捻挫の経験が何度かあるが、毎回湿布しただけで終わった。

「怪我しちゃうのも実力不足のうちだから」

 雅の丸い目が少しだけ泳ぐ。


「長谷川さんは部活入った?」

「ハセガーって呼び捨てでいいよ」

「じゃ、私はニシザーで」


 二人とも「わ」じゃなくて「ー」。

 にやっと涼が笑うと、にこっと雅が微笑んだ。


「えーとね、わたし、写真部、入ったんだ」

「へ?」

「……この身長だから、文化部なんて意外だった?」

「はあ。絶対運動部だと思ったんで」


 雅がきょとんとした顔で続ける。

「だって、ハセガーの足、筋肉ついてるから」

「げ!?」


 涼は慌てて首を回し、自分のふくらはぎを見下ろした。

 二人の通う高校の制服は、紺のブレザーに、グレーを基調とした紺のチェック柄のスカートだ。涼は、そんなにスカート丈を短くせずに膝丈くらいにして、紺のハイソックスを履いている。

 雅の言うとおり、足には結構な筋肉が付いてしまっていて、腿の筋肉をスカートで隠し、ふくらはぎの筋肉を靴下でごまかそうとしていたのだが、どうやらごまかし切れていないらしい。

「うわ、わたし、足太いんだよね」

「そんなことないよ、長いし、カッコいい」

 涼は、雅の率直な誉め言葉に、ちょっとだけ恥ずかしくなる。


 それに、雅は大きな目でじっと涼の目を見て話す。

 あまり遠慮のない視線に、涼は少しだけたじろいでしまう。


「えーと、中学では運動部だったんだ」

「じゃ、写真は高校からなんだね」

 雅は涼に何部だったのか尋ねない。涼があえて何部だったのか言わなかったことに気付いていて、それを追求してこないようだ。短いやり取りの中で気を遣ってくれる子だと気付いて、ますます雅の印象は良くなる。

「うん、まだ、写真は始めたばっか。……ニシザーはいつからサッカーやってんの?」

「小学校2年だよ」

「わ、長いね」



「サッカー、大好きなん」



 自分の好きなスポーツをさらっと笑顔で、恥ずかしがらずに言える。

 涼は、それを羨ましいと思った。

 

 今のわたし、好きなものがない。


 涼がちょっと寂しくなったとき、バスが高校前で止まった。

 二人で話しているとバスに乗っている時間は短かくなるんだと涼は気付いた。


 涼は、雅から鞄を受け取った。

「というと、このちょっと重いのは、カメラなんだ」

「そう。カメラが入ってるんだ。あ、足、大丈夫…立てる?」

「ん、平気」

 雅は松葉杖を使わずに、ヒョイっと立って、そのままピョンピョンと片足跳びで下り口に向かっていく。その後ろを涼が付いていく形になった。


 雅は杖を持つと片足でぴょんとバスのステップを飛び降りて着地した。少しもぐらつかなかった。

 やっぱり、体幹強いな、と涼は思った。


「杖なんか、なくたってわたしは平気なんだけどね。大袈裟だよ」

 顔だけ振り返った雅は少し恥ずかしそうだった。確かに松葉杖は目立つ。

「無理すんな、ってことでしょ」

「あああ」

 雅が眉を下げる。

「それ!それ、無理するな、ってもう何回言われたか、分かんないん」

「ニシザーって無理しちゃうタイプなんだ」

 涼がにやっと笑うと、図星を付かれたらしく、雅が照れ笑いをした。


 バス停からすぐ近くの校門を通り抜け、涼と雅は並んで歩いて下駄箱へと向かう。雅がサッカー部の話をぽつぽつ話し、涼はそれを聞いて頷く。実は、サッカーのことは何も分からないけれど、雅の話を聞いているのはなんとなく楽しい。

 下駄箱の前で靴を脱いだ時、朝、誰かと一緒に登校したのは、高校に入って初めてだったことに涼は気付いた。



 1年2組の教室の前で、涼は、雅と別れる。

「バスの席、ありがとね」

「うん、気にしないで」

 大きな目を半円にして、雅は手を振ると教室に入って行った。それをチラッと見送って、涼は顔を上げて自分の教室に向かった。


 また、話すことがあったら、友達になれるかな。

 涼は、少しだけ期待した。






 果たして、翌朝のバスでも、涼はまた雅に席を譲って、また鞄を持ってもらうことになった。




 涼にとっては、雅は高校で初めてできた友達だった。





 この頃は。


 

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