第1章 好きが始まる
第1話 苺一会(1)
半年と少し前に、失恋した。子供の頃から大好きだった人だった。
しかも、そのために色々と大切なモノを失ってしまった。涼にとってはあまりに過酷な出来事だった。
もう、動けない。何もしたくない。
……と思ったけれど、お腹が空いたらご飯を食べてしまうように、涼は、大人しく止まってはいられない
ただ、恋愛だけはもう御免だった。
本気でそう思っていた。
______
4月
新しい制服に身を包んでバスに乗って高校に向かうことに、まだ慣れていない。
乗り口近くの一人掛けの座席に腰掛けて、涼はバスの窓から見る風景をぼんやりと見ていた。桜はそろそろ散ってしまうようで、葉っぱの緑の方が多い。
市の外れにある涼の家の最寄りバス停から6つめのバス停にバスが止まる。
高校までは、まだ10箇所くらいバス停がある。
その一つの停留所で、松葉杖を片手に抱えた少女がバスに乗り込んだ。涼と同じ制服だ。ただし、履いてるローファーは左足だけで、右足はショートブーツのような形状に白い包帯が巻かれている。
「ぃよっ」
彼女は、小さく声を上げ、片足跳びでぴょんっとバスに乗り、それから思い出したように松葉杖を付いた。なんのための松葉杖なのか、彼女は忘れていたようだ。そして、片足でもバランスを崩していない。
固定されている右足首以外は元気が溢れ出てしまっている。
へぇ、体幹強そう。
こっそり涼は彼女を頭から爪先まで眺めてみる。取り立てて大きいわけではない。全体的に細めなものの、ひ弱さはまるでなく、スカートからはみ出た素足の部分の足は引き締まってる。顔と足は日焼けしているようだ。
負傷中の運動部員か。何部かな?
バスの中は、さして混んでいるわけではないが、ぱっと見、座席は空いていない。
ふと彼女が顔を上げたので、涼と目が合った。
目、大きい。
前髪で隠しきれない広めの額の下に、小学生みたいに日焼けした顔に穴が空いたような、やんちゃそうな大きな丸い黒目がきょろんと涼を一瞬見た。
涼のことを自分の知り合いかどうかを確認したらしいが、もちろん、初対面なので涼を見ても彼女の表情は変わらない。そして、目を逸らそうとしたので、涼は反射的に雅に声を掛けた。
「……ここ!、ここ座って下さい」
うわ、声掛けちゃったよ。
恥ずかしくて、じわじわと体が熱くなってくる。涼は、あまり人付き合いが得意ではないため、入ったばかりの高校では、まだ友達らしい友達がいない。
余計なお世話だっただろうかと、戸惑う。
「え、あ、ありがとう……ございます」
彼女は涼を見て、小さく頭を下げた。
申し出を拒否されなくて、涼は心の中で胸を撫で下ろした。そして、言った通り、彼女に席を譲ろうと立ち上がった。
涼が立ち上がると、彼女が目を丸くした。目の前にあった涼の顔が見る見る視界の上の方に動いていくからだ。
涼は、かなり背が高くて足が長い。だから、いきなり立ち上がると急に背が伸びたように見える。
彼女の口が小さくポカンと開いた。涼はそんな顔をされることにもう慣れている。驚かれた後には、大抵「大きい」とか「でかっ」とか呟かれる。不躾な者になると、いきなり「身長何cmあるの?」と尋ねてくることもある。
しかし、彼女は、特に身長にコメントせず、「ども」と小声で会釈して、そのまま涼の譲った座席にちょこんと腰掛けた。
涼は心の中で彼女を見直した。涼の身長に驚いたのだろうけど、何も言わなかったからだ。
しかも、
「荷物、持たせて下さい」
彼女は、涼の顔を見上げながら、手を伸ばしてきたのだ。
「え、いや、いいですよ」
「遠慮しないで下さい。バッグ、重そうですよ」
確かに、涼の鞄には、教科書とノート以外に、少しだけ重い荷物が入っているのだ。
「学校に着くまでの間だけ、私の膝の上に荷物を置かせて下さい」
彼女は、そのやんちゃ坊主のような見た目に反して、丁寧で落ち着いたしゃべり口調だった。話すと外見よりも大人っぽい。
ちょっと悩んで涼は、鞄を彼女に預けることにした。
「じゃ、お言葉に甘えて」
「どうぞ」
にこっと彼女が笑うと、大きな目が半円のラインのようになった。
かわいい
涼の胸がとくんと鳴る。
制服のネクタイは基本紺色だが、学年色で緑と赤と黄色の斜めのラインが入っていて、涼と雅は黄色、すなわち二人とも入学したばかりの1年生だった。
「えーと、同じ1年ですよね。敬語、やめませんか?ぃや、やめよう」
涼は、少しだけ勇気を出す。これは涼にしてみればかなり珍しいことだ。なので、口調は少しぎこちなくて、不自然とか不審とか思われないか、不安になる。しかし、彼女のきょろんとした目は、そんな涼の不安を跳ね返すかのようで、薄く笑顔を浮かべたままだ。
「あ、はい、じゃなくって、うん」
涼の申し出に彼女が頷いた。
「わたし、
「
それが出会いだった。
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