十八日目 油圧ショベル

 紙とクレヨンをテーブルに並べて、わたしは息子の顔を覗き込んだ。何が始まるのだろうと期待に満ちた表情で、早速クレヨンに手を伸ばそうとしている。思わず笑みが溢れてしまう。

「欲しいものをサンタさんにお願いする手紙を書こうね」

 幼稚園に通うようになった息子は「自分で書く」と譲らなかった。だから隣の紙に息子が言う通りにひらがなを書いてみせた。

 息子は真剣にそのひらがなを真似して文字を書いた。


 ──さんたさんへ ゆあつしよべるが ほしい です


 幼稚園の子供達を見ていると、乗り物好きの子は大きく二つに分類できそうな気がする。一つは新幹線や蒸気機関車などの電車や汽車が好きなタイプ。もう一つは工事車両や特殊車両などの働く車好きなタイプ。

 わたしの息子は後者だった。

 工事現場を通りかかると、大きなダンプカーやショベルカー、クレーン車、そんなものを眺めてしばらく動かなくなる。

 家にも働く車、乗り物図鑑がたくさん揃ってしまっている。

 今年のプレゼントはショベルカーのおもちゃかな、と思いながら、息子に「お手紙書けたね」と喜びあった。

 ところが、息子の希望が本物のショベルカーだとわかったのは、その少し後のこと。

 さすがのサンタさんでもショベルカーは無理だろう。夫と相談して、なんとか息子を説得することになった。どう切り出すか悩んで、息子を大きな工事現場を見下ろせる歩道橋に連れて行った。

 いつものように、息子は歩道橋の柵にしがみついて、工事現場を行き来する車両に見入っている。何気ない感じを装って、わたしは息子に話しかける。

「ショベルカー、サンタさんにお願いするくらい好きなの?」

「違うよ」

 息子は顔をあげないまま言った。

「違うの?」

 瞬きをすると、息子が顔をあげてわたしを見上げる。

「ショベルカーじゃなくて油圧ショベル」

「油圧ショベルって、ショベルカーじゃないの?」

「そうだよ。おんなじ」

「じゃあ、ショベルカーじゃないの?」

「でも油圧ショベル。油圧ショベルの方がかっこいいもん」

 息子の謎のこだわりは、わたしには理解できなかった。けれど、そんなふうにこだわるくらいには、息子にとっては好きなものなんだろう。

「じゃあ、どうして油圧ショベルが欲しいの?」

「乗って操縦したいんだ」

 そう言う息子の視線の先には、地面を掻いて掘っているショベルカー──油圧ショベルがある。黄色い車体、長い腕。土で汚れて、仕事をしている。

「あの」

 子供の夢を壊してしまうんじゃないかと、恐る恐る口にする。

「あのね、サンタさんが子供達に配るのはおもちゃだけなんだって。だから、本物の油圧ショベルは、贈れないって言われちゃったの」

 息子はまた、振り返ってわたしを見上げた。わたしも息子の隣にしゃがみ込む。真っ直ぐな視線に困ってしまって、工事現場の油圧ショベルを見た。

「油圧ショベル、もらえない?」

「うん。それに油圧ショベルが届いても、うちには置き場所がないし、それに大人になって免許っていうのを手に入れないと、運転できないんだよ」

「操縦、できない?」

「そうだね」

 息子の顔を覗き込む。泣いてしまうかもしれないと心配していたけど、そんなことはなく──がっかりはしているみたいだったけど、何か考えている様子だった。

 代わりのプレゼントの話をしかけて、やめる。今はきっと息子の中でいろんな気持ちが渦巻いている。それが落ち着いて、自分で話し出すまで待った方が良い。そう思って、わたしは息子を見つめたまま、ただ黙っていた。

 やがて、息子は何度か瞬きをして、それから口を開いた。

「あの、じゃあ、サンタさん、おもちゃならくれるの?」

「そうだね、おもちゃなら」

「じゃあ大きい油圧ショベルのおもちゃがほしい。できるだけ大きいの」

 わたしはほっと息を吐いて、立ち上がった。

「じゃあ、どういうのが良いか、おもちゃ屋さんに行って探してみようか。これが良いっていうのがあった方が、サンタさんも間違えずに済むよね」

 息子は、またちょっとだけ工事現場を見下ろして、それから頷いて立ち上がった。

 二人で手を繋いで歩く。その手の小ささ、頼りなさ。けれどその中にたくさんの感情が詰まっていることを、わたしは知っている。




   * * *


 十八日目お題「油圧ショベル」


 肥前ロンズさんからいただきました!

 https://kakuyomu.jp/users/misora2222

 https://twitter.com/6yZ2P4oYYGw33EK


 ありがとうございます!

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