十七日目 粉雪

 その日は夜から粉雪が舞い散っていた。分厚い雲は見上げると濃いブルーグレーと淡いグレーの複雑なグラデーション。そこからちらちらと、儚げな雪が舞い降りてくる。

 粉雪は軽く、ちょっとした風に煽られて行ったり来たりしながら地面まで辿り着き、静かに降り積もった。

 オークレーは師匠と二人、雪の日に外に出るための支度をしていた。

 暖かな毛糸の服を着込んで、その上からしっかりとしたコートを羽織る。マフラーで首や口元をすっかりと覆って、手には手袋、耳には耳当て、足にはブーツ、頭には帽子。

 そうして二人で森に向かった。目的はもちろん、薬草を採るためだ。

 冬の日の、こんな粉雪の日にしか咲かない雪姫花ゆきひめばな。手に入れるのは大変だけれど特別な冬の魔力をたくさん持っている。特にその咲いた花は、魔女にとっては素晴らしい素材なのだと言う。

 だから師匠なんかは、ちょうど良い粉雪の日を待ち望んでいた。

 重い雪ではいけない。みぞれでもいけない。吹雪でもいけない。はらはらと、あくまで軽く漂うような、そんな粉雪の日でないと駄目なのだ。

 そんな待ち望んだ粉雪の日なものだから、オークレーと師匠は二人で雪姫花ゆきひめばなを採りに森へ向かったのだった。

 森までの道も大変だった。降り積もった雪は軽く、一歩踏みだすごとに体が沈む。ゆっくりと固く踏みしめながら歩かないといけない。オークレーが先に地面を踏み固めながら進み、師匠は後ろから続いた。

 一歩進むたびに、軽い粉雪が舞い散る。そのせいで視界は悪く、オークレーと師匠は慎重にゆっくりと進んでいった。

 雪の中は寒く吐く息は白くもやがかっていたが、少し歩くだけで体は暖かくなった。そのくらい、雪の中を歩くのは大変だった。そして雪姫花ゆきひめばなは、それだけの価値があるものだった。

 オークレーと師匠はなんとか森に辿り着く。常緑樹の森は雪に沈んでいた。時折濃い緑の歯を尖らせた枝から、ほとほとと雪が落ちてくる。落雪に気をつけながら、二人は森の中を進む。

 木の根元に咲いているはずの雪姫花ゆきひめばなを見落とさないように気をつけながら、帰る道がわからなくならないようにの木の高い枝に明るい色の布を巻きつけながら。

 そうやって何本目の木か、ようやくのこと、幹と雪の隙間に埋もれるように雪姫花ゆきひめばなが銀色に輝く花を咲かせているのを見つけることができた。

 オークレーは師匠に言われて、雪姫花ゆきひめばなの傍にしゃがみ込んだ。手袋をした手で周囲の粉雪の特に柔らかいところを掬い上げ、その粉雪で銀色に輝く花弁を包み込む。そのままそっと、茎をつまんで摘み取った。

 雪姫花ゆきひめばなの特別な冬の魔力は、粉雪で包み込んだままでないと溶けて消えてしまうのだ。そこから魔力を失わずに取り出すのは、魔女の技だった。

 オークレーは雪姫花ゆきひめばなを粉雪で包んだまま、師匠が差し出した箱にそっとしまった。粉雪がまるで綿のように、雪姫花ゆきひめばなの銀色の輝きを包んでいた。

雪姫花ゆきひめばなは欲張っちゃいけない。一つ見つけたらそれ以上深追いするんじゃないぞ」

 師匠の言葉にオークレーはマフラーの中で頷いた。

「それから、雪姫花ゆきひめばなは取り扱いが難しい。魔力の保存は魔女の技だ。だから、これの魔力が消える前に魔女のところに届けてやってくれ。体力はまだ大丈夫だな?」

「大丈夫です」

 雪姫花ゆきひめばなが入った箱を受け取って抱えて、オークレーはまた頷いた。

 行き先はいつもの魔女の家。あの元気な見習いのリリアは今日はどうしているだろうか。少しでもその姿を見ることができるだろうか。

 リリアの姿を思い出して、オークレーはマフラーの内側で少しだけ微笑んだ。

 クリスマスのプレゼントは半年以上も前から用意してあった。実は最初は、渡すつもりはなかったのだ。ただなんとなく、リリアのことを考えていただけで。それで出来上がってからも、ただそのままになっていただけだった。

 でも、とオークレーは師匠の後に続いて歩きながら考える。

 クリスマスのおかげで渡す決心がついた。それがただの口実だったとしても。あとは、少しでも喜んでもらえたら嬉しい。

 空からは相変わらず粉雪がはらはらと舞い散っていた。輝く雪姫花ゆきひめばなを開かせる粉雪は、ふわふわと風に漂っている。




   * * *


 十七日目お題「粉雪」


 つみきさんからいただきました!

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 ありがとうございます!

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