十九日目 宇宙(軌道)エレベーター

「日本神話の高天原って、ズバリそのまま空、つまりは宇宙のことだったと思うんだよね」

 幼馴染がこんなことを言い出すのはいつものことだ。

 彼は小さい頃、宇宙怪獣が出てくる特撮番組が好きだった。中学生になった今も、根っこはその頃のままなんだと思う。

 宇宙人だとか地球外生命体だとか。未確認生物だとか未確認飛行物体だとか。一言で言えば、そういうオカルト的なものにどっぷりハマってしまったというわけだ。

 まあ、本人がそれを楽しんでいる分には、誰の迷惑にもなってないし、止めることもないだろうけど。

 こうやってわたしが時々付き合わされるくらいは、幼馴染のヨシミってやつ。そういうことにしておく。

「つまり?」

 適度に相槌を打ってやれば、彼は嬉々として語り出した。

「つまりさ、スサノオノミコトが高天原から追放されたっていうのは、宇宙で暮らしてたのが地球に降りてきたってことでさ。天孫降臨ていうのもそうだよね、上から降りてくるイメージ。俺はさ、そこに宇宙エレベーターがあったんじゃないかって思ってる」

「宇宙エレベーター?」

「軌道エレベーターって言っても良いけど。んー……」

 聞き慣れない言葉を聞き返すと、彼は少しだけ言い淀んでから言葉を続ける。

「地球には重力があるだろ? けど、人工衛星なんかが地球の周りを回ると、遠心力で外に飛び出そうとする力が働く。その重力と遠心力が釣り合う高さだと、落ちもせず離れもせずにずっと地球の周りを飛ぶことになる」

 彼は自分の拳を地球に見立て、反対の手でその周囲にぐるりと輪を描いた。

「月とおんなじだよね」

「そう。でもって、赤道上高度約三万六千キロメートルの高さで釣り合いをとると、地球の周囲を巡る速度が地球の自転速度と一致する」

「どういうこと?」

「地球から見て、ずっと止まっているように見えるってこと」

 わたしは月がそうなることを想像する。空のずっと同じ場所に月があったら……ってことかな。よくわからないまま、そうなのかと頷いた。

「だから静止軌道って呼ばれるんだけどね。そこに人工衛星を置いて、そこと地球を丈夫な素材で繋ぐんだ。その繋がれたところを行き来することで、地球と宇宙との行き来がロケットなんかよりも簡単にできるようになるんだよ!」

 興奮気味に語る彼の言葉を想像してみる。とんでもなく高くまでのぼるエレベーター。どんな気持ちになるんだろう。

「で、それがずっと昔からあったってこと?」

「そう考えると、納得できるっていうか」

「でも、その静止軌道っていうのは赤道上にあるんだよね? 日本じゃなくない? なんで日本神話?」

 わたしの言葉に、彼は口をつぐんでしまった。難しい顔をして考え込む。

「そうか……いや、でも、世界の神話って共通点があるから、必ずしも日本だけのことじゃないかもしれない。世界規模で宇宙から来た人たちとの交流があったってことも考えられるし」

 それでも彼はめげなかった。その横顔をぼんやりと眺める。

 賢そうに見えるのに、出てくるのはオカルトのことばかり。無駄な雑学知識はいっぱい詰まってるのに、学校の勉強には一向に役立たない。

 体を使うことも苦手で、全然パッとしない。

 でも、彼は言ったのだ、幼い頃に。


 ──怪獣が来たら、俺が守ってあげるね。


 そんな一言。子供の頃の他愛もない、きっと本人も忘れてる、そんな言葉に、わたしはもう十年も惑わされ続けている。

 守ってくれるんじゃなかったの?

 言ってしまったら、きっと何言ってるんだって顔をされるだろうから、言わないまま。わたしは彼のオカルトオタクトークに今日も付き合っているのだ。

「うーん、やっぱりまだ知識が全然足りないや。もっと頑張らないと」

 難しい顔をした彼は、そう言って小さく息を吐いた。

「そんなに好きなんだ、その、そういう話が」

 わたしの言葉に、彼はわたしを振り返って微笑んだ。

「まあ、好きなのもあるけど。俺には戦うのは難しそうだから、せめていろんな知識を集めておこうって思って。いざという時に守るために、ね」

 それは全くの不意打ちだったから、わたしは瞬きを返す。

 その「守る」っていうのは、わたしのこと? あの約束のこと?

 そんなこと、聞けるはずもなく。

 結局今日もただ、彼の饒舌さに頷くしかできなかった。




   * * *


 十九日目お題「宇宙(軌道)エレベーター」


 夕日ゆうやさんからいただきました!

 https://kakuyomu.jp/users/PT03wing

 https://twitter.com/K4OoDv9AgYArkSM


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