二十日目 聖夜

 このままじゃ、聖夜クリスマス・イブが始まらない。

 それは重大事件だった。何せ聖夜クリスマス・イブがこないってことは、クリスマスがないってことと同義だ。

 この年の瀬にクリスマスがなければどうなる?

 クリスマスが終わったらくるはずの新年だって来ない。この世は聖夜クリスマス・イブが始まらない日々を延々と繰り返すことになる。

 それはなんとしても避けなければならない。それはわかる。

 けれど、その大事な大事なお役目が俺に回ってきたことには納得いかない。

「俺は年末まで忙しいんだ。そんなの暇してるとら当たりがやったら良いだろ」

 そう言った俺の言葉は聞き入れられなかった。今年は俺の当番なんだから、俺がやるべきだ。みんなそう言いやがる。

「大体、新年が来なくて一番困るのはお前なんだから、お前が一番適任だよ」

「新年が来なくて困るってんならたつのやつだって同じだろ」

 俺が何を言っても無駄だった。とにかく今年の当番は俺だ。何かやるなら当然俺。俺以外の全員が、適任は俺だと言いやがる。

 なんだか面倒事を押し付けられた気がしたけど、こうなっては仕方ない。俺は令和の神様のところに向かうことになった。

 大体、クリスマスなんて西洋の神様のものを自分たちの神様の領分もんにしちゃうなんて、人間てのは昔から考えることがとんでもない。

 おかげでこっちは年越しに向けて忙しいってのに、余計な仕事が増えてやんなっちまう。何事もなく年を越したかったってのにさ。


 まあ、俺が令和の神様のところにやってきたのは、そんなわけだった。

 神様ってのは、全部人間の想像次第だ。人間の世界が変わると神様も変わる。その時々で、神様ってのはそうやって新しく生まれたり、生まれ変わったり、姿を変えたりしながらやってきた。自分たちを生み出した人間を、そうやって見守ってきたのだ。

 なんのためかなんてわからない。とにかく生まれたときからそういうものだったから、そういうふうにやってきたのは俺だって変わらない。

 十二年に一度、自分の当番がくる。昔はそりゃあもてはやされたけど、最近忙しいのは年末年始くらいだ。干支なんて、今日びもう注目されない。知らないやつだっていっぱいいる。

 俺らの役目もそろそろ終わりかねえ、なんて言い合っていたものだけど。

 そんな時にまさかこんなお役目をもらうとはね。

「あ、うさぎさん!」

 令和の神様は女の子の姿をしている。もののわからない幼児のような話し方をする。それは人間たちの想像力が生み出した姿ではあるのだけど、本当に人間の幼子と同じじゃ困る。なんたって一応は神様なんだから。

「今年の干支のです。かしこみ申し上げます」

 床に座って手をついて頭を下げる。それで挨拶すれば、令和の神様はうふふっと笑った。

「かしこみー、かしこみもうすー」

 歌うように言ってから、首を傾ける。あどけない、無垢な少女そのものの顔で。

「それでうさぎさん、なんのご用事?」

 これで影響力は干支なんかよりもあるんだから、全く気が抜けない。俺はぴんと立てた二本の耳を床に伏せて言葉を続ける。

「恐れ入りながら申し上げます。このままでは聖夜クリスマス・イブが到来しないのではないかとこの耳に入りましてございます。そうなってしまっては世の混乱は必至。かくも賢くも優しき令和の神様におかれましては、まさか暦をたがえるなどなさいませんでしょうが、念の為と確認に上がった次第にございます」

 令和の神様は俺の言葉を聞いて、不思議そうな声を出した。

聖夜クリスマス・イブ、来ないと駄目? クリスマスって必要?」

「確かにクリスマスはもとは西洋から渡ってきたもの。この日本で必要かと言われたらそうではない。しかし、日本人はすでにクリスマスを自らの暦に組み入れております。クリスマスが、聖夜クリスマス・イブが来なければ、その後の暦にも影響があるかと存じます」

「えいきょう?」

「早い話が、年が変わらなくなってしまうかと。干支が変わらなければ我ら干支の神は交代できませぬ。それだけでなく、年が越せないなど、とてもではありませんが未曾有の大混乱を引き起こすでしょう」

「そっか。必要なんだね、聖夜クリスマス・イブも」

「恐れながら、そもそもどうして聖夜クリスマス・イブをおやめになりたいのでしょうか」

「お顔をあげて」

「……はい」

 恐る恐る顔をあげると、令和の神様は困ったような顔をしていた。

「あのね、暑い方が良いって人と、寒い方が良いって人がいるの。夏も冬も。どの季節も好きって人と嫌いって人がいるの。雨なんか降らない方が良いって人もいるし、雪なんか邪魔だって人もいる。でも雨も雪も降らないと困る人もいる」

「はあ……」

 突然何を仰っているのかわからなくて、俺は気の抜けた相槌を打ってしまった。令和の神様は俺のことなんか気にしてないみたいに、話し続ける。

「あのね、わたしには人間たちのそういう声が聞こえるの。それで、わたしなりに頑張ってはみたんだけど、わたしはずっと何をやっても怒られるの。それはわたしが神様としてうまくできないからなんだって思ってたんだけどね、最近わかったんだ、どうやら人間は怒りたいみたい。人間がわたしに怒ることで、他への怒りが鎮まるなら、きっとわたしのお役目はそれなんだって思ったの」

「怒られることが、お役目……? そりゃあ、なんていうか、あんまりだ」

 思わず漏らしてしまった言葉に、令和の神様は笑って首を振った。

「それでも、それで平和になるならそれで良いんだよ。わたしはきっと、そうやって世の中を鎮めているの」

「はあ、なるほど」

 俺は神妙な顔で頷いた。令和の神様は生まれてまだほんのわずかだけど、その中でも自分にできることを精一杯やってはいるのだ、と。

 それはそれとして、今日の目的も忘れちゃいけない。

「で、それと聖夜クリスマス・イブになんの関係が?」

「うん、だからね、わたしのお役目は怒られることだって頑張っていたんだけど……なんだか嫌になっちゃって、うっかり祟っちゃった」

 てへ、と首を傾ける令和の神様。


 なんてことだ! 令和の神様が祟り神になりかけてる!


 俺は慌てて干支の仲間たちを呼び集めて、令和の神様を鎮めまつたてまつる。

 何が人間の怒りを鎮めているだ! 自分が鎮められてちゃ世話ないじゃないか!

 でもまあ、無事に聖夜クリスマス・イブにはなりそうだった。であれば、年末年始年越しだってちゃあんとやってくる。

 なんとか無事に一年の当番が終わりそうで、まあ、めでたしめでたしってところだろう。




   * * *


 二十日目お題「聖夜」


 蒼河颯人さんにいただきました!

 https://kakuyomu.jp/users/hayato_sm

 https://twitter.com/hayato_sohga


 ありがとうございます!

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