第一話 2

 なんとも言えない空気が店内を包み込む。

 あたりをそっと見回せば、閑散とした店内のほとんどの客ががラチラと真希たちの様子をうかがっていた。いや、客はまだいい。店の端で暇を弄ばしたホールスタッフまでも、ヒソヒソと耳打ちしながら、こちらを見つめていた。


「……ひとまず、場所をかえましょうか」

 探偵業など店中の注目を浴びながら、やるものではない。断るにしろ、その押し問答を目立ちながらやる勇気などなかった。

「本当ですか! ありがとうございます」

 真希の言葉に、めぐみはパッと顔を輝かせて謝意を繰り返した。まだ依頼を受けるとは言ってない、と言いたかったが、我慢をした。言い返せば、またさっきの二の舞いだ。席を立つ二人に、集まっていた視線が一つ一つと、まばらに消えていった。

 


 会計を終えて店外へ出ると、凍てつくような冷気が真希たちを包みこんだ。太陽はすっかり沈んだようで、薄暮の街にイルミネーションが灯り始めていた。

「ひとまず事務所に連絡を入れますので、少々お待ち下さい」

 真希はめぐみに端的に告げると背を向けて、スマホを取り出した。電話帳の中から「犬丸総合探偵社」を選ぶと、スマホを耳にあてた。無機質な呼び出し音が繰り返される。

「出ない……」

 中々繋がらない電話に、真希は眉をしかめた。犬丸総合探偵社の従業員は上司である犬丸泰河と真希の二人だけ。しかも泰河は今日は丸一日、事務所にいるはずである。……いや、


『ただ今、留守にしております』

 ついに呼び出し音が録音のアナウンスに切り替わった。なんだか酷く嫌な予感がした。真希は一度電話を切ると、今度は「ポチ丸」をタップした。


 プ、プ、プルル――


「ああ、真希ちゃん? どうしたんだい?」

 今度はワンコールでつながった。スマホ越しに聞こえる無駄にいい声は脳天気な響きを伴っている。真希はピクつくこめかみを、そっとおさえた。

「……何故、事務所の電話に出ないんでしょうか?」

「それは簡単。事務所にいないからだ」

 感情を押し殺した真希の問いに、淡々と答えが返ってきた。

 電話の相手は、真希の上司である犬丸泰河だ。

まぶたを閉じれば、駄目な子を諭すような表情で肩を竦める上司泰河の姿が目に浮かんだ。


「……なぜ、事務所にいないんでしょうか? 今日は一日事務所にいるはずですよね?」

 真希はもう一度だけ、丁寧に尋ねた。抑え込んだ怒りと苛立ちで、左手の握り拳は真っ白になっていた。


「いいかい、真希ちゃん。あくまで予定は予定だ。僕を事務所に拘束する法律は存在しない。だから僕が外出することを妨げるものは何も無いんだ」

 真希の努力も虚しく、泰河から返ってきたのは暴論に等しい屁理屈だった。

 真希の中で、プツリと何が音を立てて切れた。

 次の瞬間、真希は低い声で叫んでいた。


「ハウス!」


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