第一話 地図の読めない探偵、地図の依頼を受ける

第一話 1

「大変申し訳ございませんが、弊社ではこちらのご依頼はお受けいたしかねます」

 夕暮れどきのファミリーレストラン。冷めた珈琲が2つ並んだ角席で、白石真希は粛々と頭を下げた。


「そんな……」

 悲嘆にくれた声が鼓膜を揺らした。顔を上げると、今回の依頼人、杉浦めぐみが呆然としていた。

「どうにか、なりませんか……?」

 真希は俯き、軽く唇を噛みしめた。だが次の瞬間には凛とした表情に切り替えて、顔を上げた。血の気の失せためぐみと視線が交わる。


「今回はご期待に沿えず恐縮ですが、またよろしければ次の機会にご利用ください」

 真希はもう一度軽く頭を下げると立ち上がり、机の上の書類を片付けようと手を伸ばした。


「待ってください!」

 突然、右手首が強く掴まれた。

「引き受けてもらえないと、困るんです!」

 めぐみは椅子から腰を浮かせ、両手で真希の手にすがりついた。真希を仰ぎ見る瞳は真っ赤に充血していて、ハラハラと涙が零れ落ちる。カサカサに乾いた唇からは、呪詛のように「助けて」という言葉が繰り返される。

 真希はめぐみからすっと目を逸らし、手元の手帳を開いた。

「一度然るべき機関に、ご相談をされてはいかがでしょうか? 必要でしたら、付き添いもしますし……」

 真希は曖昧に微笑みながら、手帳のメモ書きに目を走らせる。羅列する「12歳男児」「3日前から行方不明」「警察未届」「地図らしきものあり」という文字。思わずこぼれそうになったため息を飲み込む。


 杉浦めぐみの息子、春樹が三日前から行方不明なのだという。だがまだ行方不明届は提出しておらず、内密に見つけ出してほしいとのことだった。なぜ小学生の息子の行方不明を警察ではなく、探偵に相談するのか。正直、後ろ暗いものがあるとしか思えない。


「お金なら出来るだけ、用意しますので。」

 真希を引き留めようとする手に、さらに力が込められる。

「そういう問題ではないのですが……」

 もう真希は頬が引きつるのを誤魔化すので精一杯だった。ここで金の話を出すのは、きな臭い予感しかしない。


「お願いです、助けてください!」

 めぐみは真希の手を離すと、この細い体からは連想出来ないほどの声量で叫んだ。それから床に頭をつけんばかりに、勢いよく頭を下げた。


 ——そのときだった。


「アカリ、知ってるよ! あれ、シュラバって言うだよ!」

 唐突に三時の方向から、幼い声が響いた。

 顔をあげると、5歳くらいの女の子がソファ席をよじ登り、こちらを指差していた。

「こら、何を言ってるの!」

 すかさず母親が叱りながら、慌てて女の子を引っ込めた。だが女の子は母親の腕の中を抜けて、もう一度顔を覗かせた。そして鼻歌を歌い出しそうな得意顔で口を開いた。

「お姉さん、パパと喧嘩したときのママみたいに泣いちゃうよ! ボロボロになっちゃうよ!」

「アカリ!」

 悲鳴に近い叫び声と同時に、女の子は再びソファの向こうへ消えた。サラッと家庭内事情を暴露された母親は、そのまま女の子の口をふさいでお手洗いへ消えていった。



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