第3話 森を抜けて

「どう?」

「残念ですが……虫しか仕留められませんでした」

「っ……やっぱり、今晩も豆のスープなのかしら? いえ、昨晩はベルサリーナが散々に口論しておりましたから、さらに機嫌を損ねて、豆さえ入っていないスープかもしれませんわ……ああっ、気が遠くなりそう」

「ご主人様!」


 少女がエスターテを支えた。メイド服を改造した質素で身軽に動ける衣服に身を包んだ彼女はステラ・ミッドナイト。エスターテに仕える侍女である。身軽で暗器を使いこなし、諜報や偵察など様々な工作を行う斥候でもある。

 ステラは、今日こそ主人の夕食に華を……つまり肉を添えるために、食材として利用できる魔物ないし獣を探していたのだが、この森には虫や蛇ばかりいて食べられる魔物はいないらしい。

 今朝、ギャバンが『蛇も蒲焼にすりゃ豪勢に喰えるぜ』と言っていたが、エスターテには気持ち悪い以上の感想が出てこなかった。更に、横からヴィクターが『蒲焼のタレなんて用意できませんから、ただの蛇焼でお願いします』と追い討ちをかけた。それに反駁しようとしたところにアルフォンスが『素材の味を活かすっていいよな』と素っ頓狂なトドメを刺してきたため、エスターテは必死になっているのである。

 吝嗇が服を着て歩いてる……どころかそのうち服は無駄遣いだと言って脱ぎ出しそうなヴィクターも、自分の力で獲ってきた食材を調理することは拒まない。むしろ自給自足を推進している彼は、喜んで食材を受け取る。そんな時の味付けは普段より少しだけ濃い気がして、余裕があるときはこうして狩りをしているのだが……猟場があまりにも適さなかったと諦めるしかあるまい。


「な、ならせめて換金できそうなものを集めましょう。森を抜けて次の街に着いたとき、ゆっくり羽を伸ばせるように」


 この森の木には、結構な頻度でキノコが生えている。

 キノコは食用、薬用、毒として罠の材料にしたり、鋼鉄茸は加工して武器になったりと、様々な用途に用いられる。エスターテにはキノコの種類などとんとわからないが、しこたま乱獲すればそれなりの収入にはなるかもしれない。

 ヴィクターは、自分の力で得た収入を勝手に使うことに関しては何も文句をつけないので、ストレスなく楽しむためには採集が欠かせないのである。

 しかし、時間は有限。今日中には森を抜けるとのことで、各自の自由行動タイムは限られている。

 エスターテのみならず、皆が必死で地面に這いつくばったり、売れそうな木の実を求めて木に登ったり落ちたりしている。

 そんななかヴィクターとアルフォンスは、木陰でぼーっとしていた。


「みんな必死だな」

「自給自足は素晴らしきかな。人に文句言って小遣いたかるより、健全な生き方ってものだよ」

「言いたいことはわかるさ。はぁ……」


 気落ちしたようなため息に、ヴィクターは幼馴染の横顔を見る。

 驚くほどに白い肌が滑らかで、赤い目が淋しさを訴えかけてくるかのようだ。まさに、息を呑むほどの美男子である。


「……はいはい、聞いてあげるよ。ため息ついて、悩み事でもあるんですか」

「おっ、わかるか? わかっちゃうか? さすが幼馴染だ、いいよな、こういう会話」

「ちょっと僕も虫取りに行ってこようかな」

「おおっと逃がさない」

「ちからつよい」


 勇者の腕力に金庫番が敵うわけもなく。


「四天王の行方が全く掴めないだろ? なんか、先行きが心配になってさ。らしくないかな、こういうの……なんだよ、その呆れた目は」

「……誰のせいで行軍が遅れてると? いやまあ、勇者様のせいってだけじゃないけど。早く進みたいなら、あちこちでいちいち足を止めなきゃいいんですよ」

「……でも、人を助けるのが勇者の役目だからな。そこに目標が関わっていようがなかろうが、俺の存在価値はそれにある。巻き込んで悪いとは思ってるけど」

「……はぁ」

「どうしたんだ、ため息なんか」


 ヴィクターは心中、どんよりした気分に浸っていた。


(ため息しかないよ、こんなの。そんな真っ直ぐなこと真っ直ぐに言われて、どう反論しろってのさ)


 やはり、ヴィクターは幼馴染の勇者が心底苦手なのであった。




 森を抜けたのは、日が傾いて空が茜色に染まる夕刻であった。

 エスターテは結局めぼしい収穫を得られなかったのか、憂鬱な顔つきだ。ステラが申し訳なさそうにしゅんとしながら、気配を消して歩いている。ステラの隠密技術は侮りがたく、勇者一行は普段八人で行動していると思われている。宿代も八人分。九人分払うと怪訝な顔をされるので、素知らぬ顔でいることにしている。毎回一人分の宿代が浮くためか、ヴィクターはステラにだけ妙に優しく接していて、それがまた主人のエスターテとしては腹立たしい


(いずれわたくしに対する態度を教えてなければいけませんわね……今ではないですけど。いずれ機嫌が良さそうな折に教育して差し上げましょう)

 

 対するベルサリーナとカロイは満足げだ。地中から、とある丸薬の原料となる幼虫を発見した。これは、腎臓機能に効くため、ギャバンを除き若者だらけの一行には必要ないが、お年寄りには高く売れる。これ一つで、夜間に便所に駆け込む必要がなくなるのだ。


「ベル様、発見したのはオイラですからね。ちゃんと分け前、くださいね。ねっ、ねっ」

「うるさいなぁ。わかってるわよ。町での買い物が済んだら余ったお釣り全部あげるわよ」

「ベル様のお買い物でお金が余ったためしがないじゃないですか」

「ちっ、グチグチうるさいんだって……あぁん勇者様ぁ、肩に虫が。えいっ」

「……オイラも、えいっ」


 ささやかな仕返しとばかりに、道端に生えている衣服にくっつくとなかなか取れない雑草をちくちくと背中に投げつけるのであった。

 日が沈まないうちに、町が見えてきた。森に近いだけあって、林業で栄えているようだ。見たところ、活気があって、魔物や病気に苦しめられている様子はない。

 クレイダンテというのが、この町の名前だそうだ。ヴィクターが宿を探してくる間、ギャバンとリチャードは酒場へ、エスターテとステラ、アネッサは魔物素材の換金所へ、ベルサリーナは宵闇が侵食しはじめている空を見上げて佇んでいるアルフォンスにちょっかいをかけていた。カロイは漠然と、将来は美人と結婚したいなあと考えていた。

 一時間後、空が闇に染まった頃に、九人は集合して今晩の宿へ向かう。


「……まあまあじゃない」

「まあまあってとこか」

「貧乏人の物差しで考えればまあまあなのでしょう」

「まあまあでございます」

「ふうん、いいとこじゃねえの」

「……」

「美人さんとは言わずとも、まあまあキレイな人がいいなあ」

「良さそうなところじゃないか」


 と、おおむねまあまあな評価を得た。

 ヴィクターとしては、自分の矜持が許す限りで贅沢な宿をとったつもりであるため、まあまあという評価はまあまあ心外なのだが。彼は彼なりに、森の中を歩きどおしで疲弊した仲間を労ろうと考えていたのである。つまり、特に労る気のない普段の宿は、雨漏り上等、隙間風歓迎のぼろ小屋であるということなのだが……。


「とりあえず、部屋ふたつ空けておくよう頼んでおきましたよ」

「ってことは、また四人で相部屋なの⁉ 今日くらいゆっくり手足を伸ばして眠りたいんだけど! あんた、その侍女外で寝かせなさいよ」

「何をおっしゃるかと思えば……ステラは大切な付き人です。貴女こそ、薪を寝台に星空を仰いで風流に眠ってみてはいかがですか」

「ざけんじゃないわよ! 起きたら首も背中もガッチガチになっちゃうでしょうが!」

「軟膏でも調合すればよろしいのではなくて?」

「なんでこの歳で軟膏のお世話にならなくちゃなんないの⁉ そういうのはガタガタのジジババに売りつけるだけでいいの! むーかーつーく!」


 最早化けの皮は星の彼方へ飛んでいった。

 目を吊り上げて怒りの矛先をヴィクターに向ける。指をビシッと眉間に突きつけた。


「部屋の追加を要望するわ!」

「謹んで拒否します」

「もう四日も野宿だったのよ⁉︎ たまには一人一部屋でゆっくりしたっていいじゃない! そんな狭い了見だからいつまで経っても背が伸びないのよ」

「まぁ、背が高いと狭い部屋はきつそうですしね。低身長が羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」

「だーれがチビを羨むかっ」

「お、元気いいですね。それだけ元気が有り余ってるなら五日目も野宿で良さそうだ。すいませーん、さっき予約したんですけど、人数を七人に変更できますか」


 宿の主人が宿帳と羽ペンを携えて現れた。頬が豊満な福々しい面構えだ。

 

「七名様ですね」

「待てぇ!」

「良かったですわ。ステラ、今日は一人分スペースが空きましてよ」

「あんたはアタシの味方しなさいよ!」

「もし眠れないのでしたら、わたくしが睡眠魔法を掛けて差し上げますわ」

「くっそコイツらまじで永眠させてやりたい……!」


 と、宿の入り口でわあわあやっていたが、いい加減他の客の迷惑になってきた。

 散々喚いて息も絶え絶えなベルサリーナに、ヴィクターが折衷案を出す。


「……さっき、最低級の部屋が空いてるのをちらっとみかけたんで、そこなら一人で泊まっても構いませんよ」

「はぁ、はぁ……この際それでいいわよ。案内しなさい」

「こっち」


 案内されたのは、入り口を出て右手にある庭。その端に、古びた小屋があった。


「これ犬小屋じゃん!」

「貸し切りだって。良かったですね」

「良くない! てか、それだと犬と相部屋になるじゃないのよ」

「そこはご安心ください」


 後ろからついてきた宿の主人が恭しく言った。他のメンツは、すでに部屋に案内された様子だ。


「愛犬のサラミは、伸びやかに育てすぎたせいか図体が大きくなりすぎまして。あちらに新築した犬小屋で暮らしております」


 手で示した先に、ベルサリーナの小屋よりも二回りほど大きい犬小屋があった。しかも、犬サイズながら二階建てのようだ。


「何が悲しくて犬のおさがりを頂戴しなくちゃいけないのよ……アタシが何したっていうの」

「昨日の夜を思い出してみよう」

「うぐぐ……あんたやっぱり根に持って」

「サラミの古巣に泊まりたいとは、風変わりなお客様ですね。それならば、部屋代は免じさせていただき、食事代だけこのように提供しようかと思いますが」

「ありがとうございます。いいね、これでみんな幸せだ。じゃあベルサリーナ、いい夜を」


 ヴィクターは意地悪く笑って手を振り、主人に案内されて男部屋に行ってしまった。

 

「え、ちょっと、本気? き、昨日のは謝るから! ねえ! ちょっと、承知しないわよ! あんた怪我しても絶対薬わけてやんないんだからね!」


 泣き声まじりの懇願と恫喝に、答えるのはわんわんという鳴き声だけだっ

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