第3話 メイド姿のオオタカは今日も不機嫌
「これで、全部だ……」
メモ紙に書かれたおつかいをすべて済ませると、トキは前が見えないほどの荷物を両腕に抱えていた。腕がプルプルと震えている。
手ぶらのオオタカは心配する素振りも見せず、来た道を引き返し、歩き出す。
夕暮れに近づいてきた商店街には、少しずつ
「優しいヒトたちだったな」
しばらく無言で歩いていた二羽だったが、トキがぽつりと言葉を零した。
抱えている物に目を移す。八百屋でリンゴをもらったのに始まり、どの店でもおまけをしてくれたり、安くしてくれたりされた。無愛想なオオタカに対しても、親しく話し掛けるヒトたちに、感服さえ覚えてしまう。
「なにか、恩返しがしたくなる」
優しさには、優しさで返したくなる。
オオタカはなにも言わず見向きもせず、トキの独り言になってしまう。
その時、前方にある路地から、一人の幼い男の子が出てきた。
「あれは……」
「おい」
呼び止めるオオタカの声も聞かず、反射的にトキはその子に駆け寄った。
男の子は不安げにうつむいて、目の周りを両手で拭っている。
「どうしたんだ?」
トキは荷物を抱えたまま片膝をつき、男の子に視線を合わせて尋ねる。
男の子は肩をひくつかせながら、涙のたまった目を持ち上げた。
「お母さんと……はなれちゃって……」
「迷子なのか。どんなヒトだ?」
落ち着いて尋ねるが、男の子のほうは不安で頭がいっぱいなのだろう。上手く言葉が出てこなくて、どんどん顔が歪んでいく。目から涙が零れ、喉の奥から泣き声をあげ始める。
「チッ!」
慌てるトキの背後から、舌打ちが鳴った。
泣き出す男の子の前に、目を吊り上げたオオタカが仁王立ちになる。
「ま、待てオオタカ!? 相手は子どもだ!」
男の子を見て、オオタカを見て、あわあわと首を振るトキ。
伸ばされた手は、トキの抱える荷物に突っ込んだ。手に、赤いリンゴをひとつ握ると、それを男の子に押しつける。
「わめくな」
それだけ言って、手を離した。
男の子は突然渡されたリンゴを両手で持ち、きょとんと目をまばたかせていた。涙はもう流れていない。立ったままのオオタカを仰ぎ見て、照れたように頬を染める。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん」
オオタカはふいと髪を揺らして、そっぽを向く。
そんな様子を見て、トキはほっと胸を撫で下ろした。
「だが、母親はどこにいるんだろうな……」
辺りを見回すが、それらしいヒトはいない。男の子が落ち着いたものの、まだ問題は解決していない。
面倒くさそうに息を吐く声が聞こえた。オオタカが、不意に男の子の腕を握る。
目を丸くする男の子とトキに構わず、オオタカは空を見上げた。
「上から探す」
背中から、白い翼が広がった。
「あっ!? オオタカ、待て! ヒトに見られたら……!?」
止める声も聞かずに、オオタカは男の子を連れて飛び立つ。
辺りにヒトがいなかったのは、幸いだ。
あっという間に高度を上げるオオタカ。男の子は片腕をつかまれた状態で宙ぶらりんになっている。
上空を見ながら右往左往するトキを、不審げな眼差しで通行人が見ていく。
男の子が下を指差すのが見えた。オオタカが翼を羽ばたかせ、高度を下げる。
トキは慌てて、オオタカの降りていく場所へと駆けていった。
少し離れた家の屋根に降り立ったオオタカは、男の子を小脇に抱えながら、屋根から屋根へ飛び移っていく。大きく跳躍し、地面に着地した。
「お母さん!」
トキがオオタカのもとへたどり着くと、商店街から少し離れた道端で、男の子が母親に抱きついているところだった。母親のほうも心配していたのだろう。目に涙を浮かべながら、何度もオオタカに頭をさげている。
一方の男の子は、怯える様子もなく、興奮ぎみに母親の腕を揺らしていた。
「あのね! お姉ちゃん、すごいんだよ! きれいな翼で、ぶわーって飛んで、すっごく速くて、カッコ良かった!」
舌足らずな言葉は、母親に伝わっているのか、いないのか。
オオタカは深く頭をさげる母親と手を振る男の子を尻目に、なにも言わず歩き出した。トキの横を通り過ぎ、スタスタと帰路につく。
トキはあとを追いかけて、隣に並んでしばらく歩いた。
「オオタカ」
ふと、声を掛ける。
橙色の瞳が、睨むように向けられた。無愛想な表情は変わらない。
けれども、その顔を見ているとなんだか嬉しくなって、トキは笑みを零した。
「ありがとう。カッコいいお姉さん」
つい、男の子の真似をして、はにかんでしまう。
「チッ!」
穏やかな心持ちを踏みにじるように、今日何度目かの舌打ちが響いた。
「オオタカ? ま、待て! 早まるな! 俺は荷物を持っているんだが!?」
「うるさい黙れ、おれはオスだ」
「そこは気にしていたんだな!?」
容赦なく繰り出される足蹴りを受け、トキの悲鳴が空に響く。
大通りから離れた場所では、助けてくれる者はだれもいない。
罵詈雑言を浴びせられ、いたぶられ、それでも抱える荷物をひとつも落とさなかったのは、褒めてほしいと思うトキなのだった。
おまけ
ミサゴの家にて。
ミサゴ「なんや知らんヒトが来て、お礼にて菓子箱もろうたけど、オオタカなんかしたんか?」
オオタカ「……」
ななの家にて。
なな「バードウォッチングから帰ってきたら、なんでトキがボロボロになって倒れてるの?」
トキ「世の中は理不尽だ……」
《おしまい》
メイド姿のオオタカは今日も不機嫌 宮草はつか @miyakusa
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