第2話 田舎の商店街は今日も親切

 やってきたのは、駅前の商店街。

 シャッターの閉まった店が目について、田舎のすたれた大通りらしい。一方で、開いている店もある。ヒトの姿も、たくさんというわけではないが、ちらほらと見える。


「ここに来るのは初めてだな」


 トキはキョロキョロと見回しながら、オオタカの横を歩く。

 オオタカはよそ見をせずに、真っ直ぐ道を歩いていく。

 ときおり、すれ違うヒトが、驚いたようにオオタカを二度見していく。シルバーカーを押す老婦人が「お人形さんみたいねぇ」と目を細め、立ち話をする主婦が「モデルかしら」と頬を赤らめ、肉屋の店主が「美人さん、安くするよ!」と声を掛ける。


「大人気だな……」


 オオタカは掛けられる声をすべて無視して、なにも言わずに歩いていく。

 トキは改めて、隣のオオタカを見た。いつもは長髪を襟足でひとつに結んでいるが、今日は側頭部でツインテールにしている。顔も派手すぎない化粧がほどこされている。紅をさした唇が、色っぽさを際立たせる。


「見るな」


 不意に橙色の瞳が、トキへ向けられた。目尻には細いアイラインが引かれ、まぶたにラメが輝いている。

 見れば見るほど普段とは違う姿に、思わずドキッとしてしまい、口もとが緩む。


「オオタカ、今日は一段ときれいだな」


 素直な感想を口にしたつもりなのだが、「チッ!」と舌打ちが鳴る。

 トキの腹部に、オオタカの肘が食い込んだ。


「タァッ!?」


 激痛に耐えかね、腹を抱えてその場にうずくまる。


「早く来い」

「り、理不尽だ……」


 オオタカは無慈悲な言葉を吐いて、さっさと行ってしまう。

 トキはよろよろと立ち上がり、あとを追いかけた。


「しずくにやられただけだ」


 しばらく歩いていると、オオタカがぼそりと呟いた。


「これを買ってこいと言ったのも、しずくだ」


 しずくとは、オオタカがヒトの姿になるきっかけを作った人物だ。オオタカは、他人に対して、絶対に言うことを聞かない。けれども、しずくという人物とは、特別な関係を持っている。


「そうか」


 トキは、しずくという人物をよく知らない。けれども、オオタカが慕っているのは、その言動から伝わっていた。

 話をしているうちに、ふたりは八百屋の前まで来た。


「オオタカ、ここが野菜を売っている場所だ」


 通り過ぎようとしているオオタカを呼び止め、トキは立ち止まる。

 店の中から、快活そうなおばさんが出てきた。


「やぁ、見慣れない子たちだねぇ! 観光かい?」


 元気な声をあげ、親しげに話し掛けてくる。

 オオタカは店のおばさんを無視して、トキにメモ紙を押しつけた。


「言え」

「ん? 俺が言うのか?」

「さっさと言え」

「もしかして、文字が読めないのか?」


 ようやく、なぜトキがここまで連れてこられたのか理由がわかった。

 声を潜めて尋ねるトキに向かって、オオタカは不満げに目をすがめる。口を開きかけた時、おばさんが話に割って入った。


「あぁっ! あんたさんはもしかして、ミサちゃんところの子かい? なんだい、不良の危ない子が来たって聞いてたけど、可愛らしい嬢ちゃんじゃないか!」


 まるで我が子のように、笑いながら、オオタカの頭をわしわしと撫で始める。


「……チッ!」


 舌打ちが鳴ったと思えば、トキの足に激痛が走った。


「タァッ!?」


 トキの足を、オオタカの履くローファーが踏みつけている。


「おや? そっちは彼氏さんかい?」


 再び舌打ちが鳴り、立てられた踵が、トキの足を踏みにじる。


「い、いや……。俺は……、ただの友だちで……」


 さらに舌打ちが鳴り、踵が、トキの足に食い込んだ。


「なにを言っても怒るのか!?」


 泣きそうな声になりながら、つい、ツッコんでしまう。

 頭を撫でられながら、オオタカは早くしろと言うように、あごで合図する。


「あ、あの、これを買いたいんだが」


 トキはおばさんにメモ紙を見せながら、買いたい物を説明していった。

 おばさんは「あいよ!」と威勢の良い声を出して、店頭の野菜を手に取っていく。


「袋はいるかい?」

「いらん」


 問いかけに無愛想な返事をして、オオタカはトキを前に引っ張った。


「持て」


 どうやら、荷物持ちとしても使うつもりだったらしい。

 有無を言わせない眼光に、トキは拒否できずに、野菜を受け取った。

 オオタカはお金を札一枚で支払い、おつりをもらって、眉をひそめながらエプロンドレスのポケットに入れる。お金はおそらく、しずくという人物に借りたのだろう。


「ほい。これは嬢ちゃんへのおまけだよ」


 おばさんが店頭に並んでいた赤いリンゴをひとつ、オオタカに渡した。

 オオタカは興味なさげに手渡されたリンゴを一瞥し、トキへ押しつける。

 礼も言わずに八百屋をあとにするオオタカに代わって、トキは頭をさげてからあとを追いかけた。


「お、重いんだが……」


 大根に、白菜に、人参など、両手に抱えながらトキは呟く。少しでもバランスを崩せば、上にのったリンゴが落ちてしまいそうだ。


「落としたら片腕を食いちぎる」


 隣を歩くオオタカが、殺気立った目で睨んできた。


「理不尽だ……」


 トキは挫けそうになる心を堪えながら、両腕に力を込める。

 メイドと荷物持ちの二羽は、次の店へ向かうのだった。

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