メイド姿のオオタカは今日も不機嫌

宮草はつか

第1話 無防備なトキは今日も巻き込まれる

 陽気に包まれた昼下がり。青空の下を、淡い朱色の翼が羽ばたいていく。背から翼を生やした青年――トキは、海沿いの上空を飛び、眼下を見回していた。


「なな、昼には帰ってくると言ったが、どこに行ったんだ……?」


 鳥は強い想いによって、姿を変えることができる。トキは以前、ななという少女に助けられ、恩返しのために人の姿になった一羽だ。

 バードウォッチング好きな少女は、休みの日になるとよく双眼鏡を持って一人で出掛けてしまう。おそらく、珍しい鳥を見つけて、観察に没頭しているのだろうが、心配性のトキは探しに出掛けたのだった。


「ん? あれは……」


 民家の並ぶ街中の上空に差し掛かって、駅前の道を歩く一人の姿を見つけた。

 残念ながら、ななではない。けれども、白黒の服を身にまとい、長い裾丈のスカートを揺らしながら歩くのは、見覚えのある姿。


「オオタカ!」


 幸い、辺りにヒトの気配はない。

 トキはそのまま、見つけた人物の目の前に降り立った。翼を閉じると、それはすぅっと消えて、見えなくなってしまう。

 オオタカと呼ばれた人物は、一瞬肩を跳ね上げて立ち止まった。


「貴様か」


 吊りがちな目が、相手を鋭く睨みつける。

 青灰色の長髪は左右の側頭部に結ばれていて、頭には白いブリムがのっている。白と黒の服は、フリルのあしらわれたエプロンドレス。胸もとには大きなリボンがひとつ結ばれている。それは間違うことなく、メイド衣装だ。


「こんなところにいるなんて、どうしたんだ?」


 トキは慣れた様子で、問いかける。

 オオタカは、トキと同じくヒトの姿になった鳥の一羽だ。神経質な性格で、普段なら街中へ出ないはずだ。こんなところに一羽でいるのは珍しい。


「それは、なんだ?」


 オオタカが大事そうに手にしている紙切れへ目が行く。そばへ寄って、のぞき込むと、なにかが箇条書きで書かれていた。


「大根、人参、白菜、椎茸……?」


 至近距離で読み上げる呑気な顔を、橙色の双眼が不快そうに睨みつける。

 そんな相手に気づくことなく、トキは合点がいったように顔を上げ、オオタカに朗らかな笑みを見せた。


「おつかいに行くなんて、えらいな」


 幼い子どもを褒めるような言動に、「チッ」と、ウグイスの地鳴きのような舌打ちが鳴る。

 トキの巻いているストールが伸びてきた手に捕まれたと思った瞬間、身体が地面に押し倒された。


「オ、オオタカ!? 待て、早まるな!?」

「うるさい黙れ存在ごと消えろ」


 馬乗りになり、ストールを強く握って、首を絞めてくる。

 悲鳴が街中に響くが、田舎の道には人っ子ひとりおらず、目を向ける者もいない。

 息ができなくなり、あわや窒息死する寸前で、オオタカの手が離れる。立ち上がり、手にしている紙を見て、倒れているトキを見て、考えるように目をそらす。


「そ……そういえば、オオタカ? ななを見なかったか?」

「知らん」


 息を整えたトキは立ち上がり、背中についた埃を払う。

 オオタカは素っ気ない返事をしたあと、踵を返して歩き出した。

 揺れるフリルの後ろ姿をぼんやり見ていると、突如、振り返った瞳に睨まれる。


「来い」

「ん?」

「早く来い」

「は、はい!」


 脅し口調に負け、オオタカについて歩いていく。ななを探していただけなのだが、なぜこうなったのか。自分ではわからず、深く首を傾げながら、トキは歩を進めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る