終章:わたしの大好きな家族達

「それで!? ステラおばあちゃんとジェイクおじいちゃんはどうなっちゃったの!?」


 病院のベッドの側で私をキラキラとした眼差しで見つめているのは、孫のガルシアだった。金色の丸い目の色はクロアシ族出身の私に似たようで、丸い耳や長い尻尾はアムール族出身のジェイクに似たようである。


 まだ六歳と幼いガルシアはこういう話には疎いと思いきや、私とジェイクが出会った頃の話に興味津々な様子。こういうワクワクしている時の眼差しは、若い頃のジェイクに似ているような気がした。


「学校を卒業してシャム国立大学に入学したわ。けど、在学中もいろんなハプニングに見舞われて大変だったのよ。ガルシアのひいおじいちゃんが前触れもなく帰ってくるし、ジェイクの婚約者と言い張るご令嬢さんがやってくるわ、くだらない法律の事も含めて全てが大変だったわ」


 私は当時の事を思い出す。泣いて、笑って、初めて喧嘩して、仲直りして、また笑い合って。その当時は一緒にいるのも辛くて、別れを切り出した事もあったけど、今となっては良い思い出となっている。


「でも、それを全部乗り越えてきたんだよね!? だから、パパやエマおばさんが生まれてきたんでしょ!?」


 鼻息荒く聞いてくるガルシアを見て、私はフフッと微笑む。


「えぇ、そうよ。神様は乗り越えられる試練しか与えないとは良く言うけど、それは本当だと思ったわ。まぁ、神様を恨む事もあったけど、いろんな事を二人で乗り越えてきた。だから、ガルシアもすぐに諦めちゃ駄目。全ては巡り巡って自分に返ってくるの。良い事も悪い事もね」


 人生経験を元に話していると、「僕にも好きな人ができたら、おばあちゃんとおじいちゃんみたいに、ワクワクな出来事が待ってるかなぁ!?」と少年らしい返答があったので、私はクスクスと笑う。


「えぇ、勿論。貴方にピッタリの素敵な女性がいると思うわ。けど、おばあちゃんの時代みたいに変な法律はないし、差別や家柄の苦労はしないと思うから安心してね」


 安心させるつもりで言ったのだが、ガルシアは少しつまらなさそうに「え〜、毎日ワクワクとドキドキがないとやだぁ〜」といじけて、ベッドの上に寝転がってきた。


「ガルシアは今年から小学校に通うんでしょ? なら、ワクワクとドキドキがいっぱい待ってるわよ」

「どれくらい待ってる?」

「そうねぇ。これくらいかな……コホッ、コホッ」


 私は両手を上げて再現しようとしたが、少し咳き込んでしまった。丁度、そのタイミングで病室の扉から三回ノックが鳴る。真っ先に顔を出したのは、夫のジェイクだった。


「ステラ、身体の具合はどうだ?」


 病室の低い扉を少し屈み、ジェイクに続いて息子のウィルと娘のエマが入ってきた。私達の子供の容姿は主にジェイクに似たのか、背が高くて手足がスラリと長かった。しかし、毛色が私に似たせいで社交界では純血種ではないと後ろ指を指されてきたが、今では陰口を叩く者は一人もいない。


 息子のウィルは病室に入った途端、私の膝の上で寝転がっているガルシアを見て、「コラッ! おばあちゃんの具合が悪いのに、ベッドの上に乗っちゃ駄目だろう!」と叱り付け、慌てて抱き上げていた。


「フフッ、ウィル兄さんもすっかりお父さんねぇ〜」


 娘のエマは父と子のやり取りを微笑ましく眺めていた。エマの薬指には、かつてジェイクが学生時代の私に贈ってくれたアンティークリングが嵌められている。指輪が壊れてから修理に数年かかってしまったが、ジエンは真っ当に働いて弁償し、今では婚約中のエマに指輪が渡っているというわけだ。


「いいかい? おばあちゃんは具合が悪いんだから、椅子の上でお話しなさい。分かったね?」

「うん。ごめんなさい、おばあちゃん……」


 自分のせいで咳き込んでしまったのかと思い込んでいるのか、ガルシアの表情が少し暗くなっていた。なので、ウィルに「大丈夫。これくらい平気よ」と気丈に振る舞ってみせた。


「ただの酷い猫風邪で入院させるんだもの。暇で暇で仕方ないわ。だから、ガルシアは私の良い話し相手になってくれてるのよね?」

「うん。僕、おばあちゃんとおじいちゃんの話好きだもん」


 父親であるウィルの言いつけ通りに椅子に座ったので、私は「良い子ね」と優しく頭を撫でてあげた。そこで、病室の扉が少し開いているのが見えたので、少し首を傾げて見つめてみる。


 真っ白のふわふわとした長い髪が特徴の女の子が病室を覗き込んでいた。手に持っている人形はガルシアが幼い頃に持っていたクマのぬいぐるみ。恐らく、ガルシアがこの病院でよく遊んでいる子だろう。


「ガルシア。お友達が遊びに来たわよ」


 私が扉の方に指をさすと、ガルシアの表情が明るくなった。


「あ、本当だ! ねぇ、ユキちゃんと遊んできても良い!?」

「勿論よ。心配性なお父さんと優しい叔母ちゃんと一緒に行ってきなさい」


 ジェイクと二人きりにして欲しいという意味を込めて言ったのだが、二人は慣れているのか小さく頷いて、ガルシアの後について病室を出て行ってしまった。


「二人きりになるのは久しぶりね」

「あぁ、そうだな……」


 何故かジェイクは少し心配そうな顔になっていたので、「そんな泣きそうな顔しないでよ! ただの風邪で死ぬわけないでしょ!」と肩を叩き、椅子に座るように促してあげると、ジェイクはようやく荷物を床に置いて腰を下ろした。


「身体は大丈夫なのか?」

「えぇ、お陰様でだいぶ良くなったわ。そうそう、ガルシアが私達の馴れ初めの話を聞くのが凄く好きみたいなの。この続きは貴方がしてあげてね。話の途中で喉がカラカラになっちゃって、咳き込んじゃった。それに、貴方しか知らない話もあるでしょう?」


 本当は少し息苦しくて咳き込んでしまったけれど、ジェイクは敢えて心配はせずに、当時の事を思い出しているようだった。


「その話は恥ずかしいから、ステラがしてやってくれよ。今でも若かったなぁって思う時があるのに」

「うーん、そうね……。じゃか、私の猫風邪が治ったら、チュールトンホテルのマタタビケーキを家族で食べながら、話してあげましょうよ。私達の波瀾万丈な大学生活をね」


 私はジェイクの手の上に自分の手を重ね、彼に寄りかかって目を瞑る。色々あったけれど、どれも私にとっては大切な思い出だ。少しずつ歳を重ねてきたけれど、こうして冗談を言い合ったり、貴方への思いは何一つ変わっていない。


 指に嵌められたブルーダイヤモンドの指輪に重ねて付けられた、大きなダイヤモンドの指輪。今は傷だらけで少し曇っていたけれど、私の思い出の中で、ずっとピカピカに光り続けている。

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世界一小さな猫科獣人と世界一大きな猫科御曹司の恋愛模様〜強気で男に免疫のない女の子は初めて一途に溺愛される〜 梵ぽんず @r-mugiboshi

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