第三十三話
クリスマス、ステラの誕生日当日――。
「ジェイク、早くこっちこっち!」
私達はチュールトンホテルのロビーにいた。クリスマスになると、ホテルのロビーの中心に大きなクリスマスツリーが飾られると聞き、カフェに行くついでにジェイクと二人で見に来たのだ。
「凄い……。私、こんな大きなクリスマスツリーを見るのは初めてかも!」
クリスマスツリーの周りにはカップルや家族連れが写真を撮ったりで賑わっていた。天辺には大きな星が飾られ、赤と金の丸いボールのオーナメントや電飾が飾られていたので、私は間近で見ようとジェイクの手を引いて歩く。
「見て! すっごく綺麗!」
私がキラキラとした眼差しをツリーに向けると、ジェイクは「そうだな」と短く返事をする。ジェイクと合流してから、ずっと素っ気ない感じだったので、私は顔色を伺うように首を傾げた。
「ねぇ、ジェイク。さっきから素っ気なくない?」
「いや、そんな事ない」
「そんな事があるから聞いてるんだけど? 私、何か気の触る事した?」
心配そうに聞くと、ジェイクは私の肩に手を添えて、「本当になんでもないから」と小さく笑った。
「ほら、今日はステラの誕生日なんだし。ステラの大好きなマタタビケーキとマタタビティーを食べよう。今日はクリスマスだから、ケーキも特別仕様になってるみたいだぞ」
「と、特別仕様!?」
ジェイクがカフェの看板に向かって指をさすと、『年に一度のクリスマス特別仕様! 幸せになれるふわっふわのマタタビケーキ!』と大きく書かれており、いつものマタタビケーキの上から美味しそうな生クリームと金粉、シロップに浸かったベリー系のフルーツ類が添えられていた。
「凄くオシャレ……絶対に美味しいに決まってるじゃない……」
私が涎を垂らしそうになりながら小声でブツブツと呟くと、ジェイクはフフッと笑った。
「ほら、早く入ろう。今日の夜はステラの家にお邪魔するんだし、早く食べて早く帰らなきゃな」
「うんっ! 夜はママのお手製のうずらの丸焼きを出してくれるって言ってたから、今日は食べて食べて食べまくるわよ!」
拳を握って意気込むと、「ハハハッ、それでこそステラだな」と笑って、カフェの中に入った。ウェイトレスに「いらっしゃいませ」と頭を下げられ、窓側のテーブルに案内されて椅子に腰掛ける。
「マタタビケーキ二つとマタタビティーを。後、シロップ入りのカフェオレを一つ」
「かしこまりました」
注文を受けたウェイトレスはにっこりと笑って、その場を後にした。そのやり取りを見ていた私は「あれ? コーヒーじゃなくても良かったの?」と微笑みながら聞くと、ジェイクは頷いた。
「ステラといる時は自分の飲みたい物を頼む事にしたんだ」
「フフッ、いいじゃない。自分の好きな物を食べるって、本当に素敵な事よ」
それを聞いたジェイクは「ステラも随分と素直になったよな」と感慨深く言った。
「最初は意地っ張りで自分の気持ちに素直じゃなかったのに、色々と可愛くなったもんな」
ジェイクが私を見ながら微笑む。実はこの前、ミラと一緒にショッピングに行ったのだ。その時に買ったチェック柄のレトロドレスも含めて褒めてくれたのかと思ったのだが、今の口ぶりだと少し意味合いが違うらしい。
わざと「……お洋服は可愛くない?」といじけてみせると、「服装も含めて可愛いから安心してくれ」と笑ってくれた。
「ステラは何しても可愛いし、何着ても可愛いぞ」
「ちょっと、可愛いって言えば何でも許されると思ってない?」
私はプクッと頬を膨らませると、「思ってない思ってない」と言って、ジェイクはテーブルの上に小さな赤い箱を置いた。グリーンのリボンで結ばれたギフトボックスを見て、私は目を丸くする。箱はクリスマス仕様だが、明らかにアクセサリーが入っているであろう大きさだったからだ。
「俺からの誕生日プレゼント。良かったら開けてみてくれないか?」
「う、うん……」
やけに真剣な眼差しで見つめられたので、私は緊張気味にグリーンのリボンを外し、ギフトボックスの中を確認する。中には、ブルーダイヤモンドが付いたシルバーリングが鎮座していた。
「これ……もしかして、あの時見てた結婚指輪?」
私は目を丸くした。この指輪は
「ステラ、大学を卒業したら結婚しよう」
ジェイクが私の手を取る。まさか、この歳でプロポーズされるとは思わず、ポカンと口を開けたまま固まってしまったけれど、ジェイクの頬がほんのりとピンク色に染まっているのを見て、私はフフッと吹き出してしまった。
「もしかして、これを渡す為に緊張してたの?」
私が指摘すると、ジェイクは「そうだよ」と観念したかのように口の形を歪ませた。
「今すぐにでも言いたかったんだけど、父さんを言いくるめるのに時間かかっちゃってさ。できればステラの誕生日までには言いたかったんだ」
ジェイクが照れ臭そうに視線を逸らし、頬を掻く姿を見て、私はフフッと幸せそうに笑う。
「そ、それで返事は……?」
珍しく丸い耳をピクピクと忙しなく動かしていたので、「うーん、どうしよっかなぁ〜?」とニヤニヤと笑うと、「あぁ、揶揄わないでくれよ」とジェイクは唇を尖らせた。
「俺、ステラが側にいればなんだって頑張れる気がするんだ。あんなクソみたいな法律や周りの目だって気になんないし、俺だったらステラを守ってやれる。だから、俺と婚約して欲しい」
私の手を取って真剣な眼差しで言われると、嬉しくて頬が綻んできた。「……はい」と小さな声で返事をすると、ジェイクは嬉しそうに目を大きく見開いた。
「ほ……本当か?」
「うん。あぁ……もう、今からケーキが来るのに泣かないでよ」
感極まって目をうるうるとさせているジェイクを見て、私は胸がジーンとしてしまった。私まで貰い泣きしてしまい、二人でフフッと笑い合う。
「ステラに何かあったら、ジエン・マッカートニーの時みたいにすぐに駆けつけるから」
「ジエン? あぁ、そっか。もう二ヶ月前の話になるのね……」
それを聞いた私はそんな事もあったなぁ……という顔になる。
ジエンはあれから一週間の停学処分となった。ジエンの両親に連れられて私の家まで謝ってきた時、ジエンの両頬は真っ赤に腫れ上がっていたので、恐らく、お父さんに殴られたのだろう。泣いて私に謝り、学校に復学した後はすれ違っても一切喋らなくなった。
壊した指輪については、ジェイクがジエンに対して弁償を求めた。当初はジエンの両親が弁償すると申し出たが、今回の騒動はジエン自身が引き起こしたものだ。本人に弁償させたいという意向を伝えたうえで、返済はいつでも良いと伝えると、ジエンの両親は頭を下げ、ジェイクの申し出を受け入れたらしい。
騒動を起こした本人は終始、意気消沈していたらしいが、これから社会に羽ばたいていくのだ。これも良い勉強だという事で丸く収まったようだ。
「ジエンが弁償する事が決まったとはいえ、指輪は直らないままなの?」
「いいや、先に直すつもりさ。ただ年代物のアンティークリングだから、職人に渡さなきゃいけないらしくて、もう少し時間がかかるらしい」
ジェイクが少し渋い顔をする。もしかしたら、思っていた以上に状態が悪いのかもしれない。
「素敵な指輪だったもんね。修理代も高そう……」
やっぱり、ネックレスとして身に着けなきゃ良かったなぁ……と後悔しつつ、私がポツリと呟くと、ウェイトレスがマタタビケーキとマタタビティーを持って、こちらのテーブルに向かってくるのが見えた。
「お待たせいたしました。クリスマス仕様のマタタビケーキになります」
テーブルに置かれた出来立てのマタタビケーキを見て、感動で尻尾がピンと伸び、ブルブルと震える。ふわふわのシフォンケーキにかけられた生クリームに金粉が振られ、小さなクリスマスツリーの飾りの側に、ベリー系のフルーツが乗せられている。看板で見た通りの仕上がりに私は目をキラキラと輝かせた。
「ふわぁぁ……相変わらず、良い香りだわぁ♡」
「さぁ、温かいうちに食べよう。食べ終わったら、ステラが見たがってた映画を見に行くぞ」
「うん♡」
私はジェイクと談笑しながら、マタタビケーキを頬張り、見に行く映画の話をしたり、これから受けるシャム国立大学の話で盛り上がった。
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