衝動的Best Ever

あばらねざん

それって必要?

「そういうところ」


「っ!はあ……はあ……はあ……夢……」


 夢ではない。苦い記憶だ。もう三年も前のことなのに、本当に情けない理由なのに、思い出すだけで震えが止まらなくなる。

 腕が、足が、唇が、まるで言うことを聞かない。脂汗が噴き出る。視界が極彩色に染まる。経験したことなどある訳がないが、世界が終わってしまう様な感覚に陥る。

 もはや自分のものではなくなってしまった体を無理やり動かす。


「っぐ」


 蠢く塊はベッドから転げ落ちた。

 そんな無理やりな方法でもって体の主権を取り戻す。あいにくこの方法しか知らない。病院に行く気にもなれなかった。欲しいのは気休めでも、忘れられる薬でもなかったから。

 では何が欲しかったのだろう。



「うーん」

「どう、ですか」

「やっぱつまんないね」


 もう何度目かも分からない。だが、その言葉に慣れることなど到底出来なかった。


「なんか生きてる感じがしないんだよね君の作品」

「また、それですか」

「ああ、そうだよまただよ。君がいつまで経っても変わんないからねえ!」


 その罵声も聞き飽きた。


「別にうちもただのサークルだけどさあ、君から言い出したことだよねえ」

「はい……すいません」

「そう思ってんならちょっとは成長しろってんだよ」



 中庭のベンチにもたれかかり、成長していない自分から目を背ける為に雲を眺める。もはやテンプレート化した流れだ。


「ここだけ曇天かな?」

「うわっ」


 晴れ渡る空を捉えていた視界に人の顔が飛び込んでくる。太陽のように底抜けの明るい笑顔で。


「そんな暗い顔をしてどうした少年」


 僕はその女性を知らない。彼女もそのはずだ。だが、そんな事はどうでもいいと言うように質問してくる。


「別に……知らない人に話すような事じゃないです」

「おいおい、冷たいな~」


 この場合、僕が冷たいと言われるべきなのだろうか。それとも彼女が暖かすぎるのか。


「時に知らない人にこそ話せる物もある。違うかい?」

「……話しても意味のない事です」

「強情だな~。少しは気が晴れるかもしれんよ?まあ、この空のようにはいかないだろうがね」


 打ち明ける事で楽になる、何でも相談してくれて良い、そういう言葉は誰の為にあるのだろうか。

 思うに、吐き出す時が一番辛く、たとえ吐き出したとしても良くなる保証は何処にも無い。

 吐くだけ吐かせて放置する者、ほんの少しだけ手を繋ぎ手放す者。結局、満足したら見捨てられる。善行をしたいという欲を満足させるためだけの道具として使い潰されるだけ。そんな惨めな思いだけはしたくない。


「じゃあ私の悩みを聞いてもらおうか」

「え?」

「おや、嫌だったかな」


 嫌、と言う訳ではない。こんな人も悩みを抱えるものなのか、そういう驚きが漏れてしまっただけだ。だから僕は首を横に振る。


「よし。では、助けを求めていない人間を助けるにはどうしたらいいと思う?」

「……」


 正直、心底がっかりした。やはり生きる世界が違う人は存在する。悩みとは無縁の人が。


「おや?私は人間と言ったのだがね」

「その言い方は確信犯でしょう」

「なら素直に話しておくれよ~」


「であれば、聞き方を変えよう。少年、苦手な事はなんだね」

「……」


 彼女はそれ以上は何も言わなかった。ただじっとこちらを見つめてくるだけ。何もかも見透かしている様な眼で。

 このままでは本当に僕が冷たいということになってしまう。

 それで何が困るのか、そう考える前に口が動き始めた。


「理屈や理論の介在しない物事」

「例えば」

「感情的な人」

「ふむ」

「子ども」

「なるほど」


 言ってしまった。どこの誰かも知らない人に。


「人間は感情で動く。全くと言っていいほど、そこには合理性の欠片もない」

「でも人類は合理無しにここまで発展は出来ません」

「人間は十人十色、千差万別というものだ」

「そんな言葉で変化を拒むなら、僕はもう人間じゃなくていい」

「変化を拒むんじゃない、できない者もいるんだ」


 なら神様はどんな歴史上の人物よりも大罪を犯している。


「少年、君は変化できる側の人間だ」

「僕が……下に合わせろって事ですか」

「上も下もない。向いている方向が違うだけさ」

「……綺麗事も苦手です」


 彼女は肩をすくめる。そうだ、何でも相談していいという人間は大抵こうなる。自分の分をわきまえるという言葉を知らない愚か者だ。

 どうせ何もできないんだ、妙な期待を持たせないでくれ。裏切られる事も苦手だ。


「なら、現実をもって教えてやろう」

「?何を言っt」


 言葉が途中で区切られる。

 に。


「っ⁉な、何やってんですか⁉」

「ふふ、良い反応だな少年」


 なぜこの人が満足気なのか理解できなかった。思考が回らない。何でこんな事をしたんだ。脈絡が髪一筋すらなかった。


「これが、衝動の味だ」

「し、衝動?」

「お口に合ったかな?」


 お口に合ったというか、お口が合ったというか。まだ熱の残る唇に触れて考える。


「良かった……です」

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衝動的Best Ever あばらねざん @abaranezan

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