第13話 秘密は魅力
その日、明石葵は家に帰りシャワーを浴びている。
シャンプーを手に取り髪を洗い終え、身体を洗い終える。
お肌の手入れやらなんだかんだと男性から見たら思うような作業を一通り終えて湯船に浸かる。
この作業を終えて湯船に浸かると今日も一日が終わるんだなと毎日思いながら私はこの作業をずっと繰り返してきた。
これから先も繰り返すのだろう。
その日に何が起こっても、何も起こらなくても、嬉しいことが起こっても、驚くようなことが起こっても繰り返すのだろうと思う。
たとえば恋人に人ではないと知られた日も同じだった。
もちろん、日本には湯船に浸かる文化があるからそれをやっているのだけれど、そんな文化の存在しない時代も国もある。でも似たようなものだ。
湯船がなければサウナがある。
いや、湯船がサウナに置き換わっただけ。
もっと言うと湯船を知らないからサウナと言うべきかも知れない。
あるいは湯舟よりもサウナの方が適した環境に身を置いている場合もある。水が手に入りにくい地域であるとか。
「今日も疲れた」
そう一言呟き、浴室の天井を見上げる。
見上げたままその日、一日を振り返る。
なんということのない高校生の日常生活、でも少し違う。
私が人とは違うから少し違っている。
「私を知って驚かなかった人間はいない」
私以外に誰もいない浴室でそう呟く。たしかに驚いた人間と驚かなかった人間、どちらが多いかと聞かれたら、驚かなかった人間の方が少ない。
驚いたフリをした人間はもっと少ない。でも、驚いたフリをした人間はたしかにいた。
あの当時、私が閉じ込められる少し前に、私を知って驚いたフリをした人がいた。
そして軟禁された。
和久に知られ、白瀬に出会ったからか、少しだけ思い出してしまった。最近まで誰にもバレずに上手くやってると、そう思っていたけれど、白瀬には普通に気づかれていた。
あのできごとの後、白瀬と話をした。初めて私と出会った時には薄々感づいていたと、後になって話をされた。また軟禁されるのかとも思ったが、白瀬はそうはしないらしい、閉じ込める理由もない。そう言われている。
でももしも閉じ込めなければならない理由ができたのなら閉じ込めるよう動くかも知れない。
今回はそういうスタンスだと言っていた。
事実、和久に正体を知られたあの日の後も普通に友達として接してくれた。そんなことを考えていたら少しばかり湯船に長く浸かりすぎてしまった。
のぼせたかもしれない。浴室を出て脱衣所で身体を拭く。
そんな作業を行なっている間にも私は考えてしまう。
ほんとにこのまま学生生活を送っていて良いのだろうか?
正体を知られて、知られた相手に魔女裁判にかけられなかった事例や殺されなかった事例は少ない。
だからこそ考えてしまう。そんなことを考えながら私はベットに入り、部屋の明かりを消す。
そうして迎える次の日の朝は眠たかった。もともと夜行性だというのに、考え事なんてしていたら眠れるわけもない。学校へ行くと、校門で和久と鉢合わせた。
「おはよう葵、さん」
「おはよう和久」
私と和久は二人で校門から校舎へと歩き出す。
「なあ葵、さん」
「なんでさん付けなのよ?」
純粋に疑問に思ったことを口に出す。
「いや、一応学校の中でみんなの前なので」
「あぁ、たしかに人前で恋人同士の雰囲気を出しちゃうと嫌に思われるかもしれないしね」
そう答える。当たり前といえば当たり前だ。
目の前で恋愛に感ける高校生など見ても、周りはいい気にはならないだろう。
でも本当にそれだけ?
「でも和久、あなた私のこと明石って呼んでた時、さんはつけていなかったでしょ?」
鎌をかけてみる。
「あぁ、それはやっぱり年上だし、、、さん付けの方がいいのかと思ったんです」
「昨日、あれだけタメ口でデートしておいて何言ってるのよ」
「あ、たしかに」
少し意地悪なことを言ってしまったかもしれない。
和久は少し黙り込んでしまった。
「何黙ってるの? 気まずいんだけど」
少しイラッとしてしまって口調が強くなった。たまらず能力を使ってしまう。
なぜ、和久はいきなり私に敬語を使おうとしたのか、蒼さんと呼ぼうとしたのか気になったからだ。
そして私は言う。
「和久、あなた私のことそんなに知りたいの?」
「なんでわかったんだ!?」
答えた瞬間、あ、そういうこかと言う顔をする。
「葵さん、心をよんだんですか?」
「まぁ、学校で人前に居るときはさん付けと敬語は続けましょう」
そう言って歩きながら話を続ける。
「私のことが知りたいなら、放課後、二人で話をしましょう、それに今は周りに誰もいないんだしタメ口でいいでしょ」
下駄箱の前で靴を脱ぎ、上靴に履き替える。
「教えてくれるのか? そんな簡単に?」
「そんな簡単にって言われても、何年も生きてるんだから短い話にはならないしどこからどう説明したらいいのかもわからないわ」
二人で校内を歩き、階段を登る。
「そう言えば、うちの学校に七不思議ってあるの知ってる?」
私は子供っぽい話を振ってみた。
「七不思議って昭和の学校じゃあるまいし、そんなもんあるわけがないだろ」
「本当に聞いたことないの?」
「そう言うの信じてるのは小学生くらい、遅くても中学生くらいだろ」
「じゃあ不思議な事件や怪談話は聞いたことないの?」
と、さらに問いかけられた。
「いや、なんか聞いたことある。夜な夜な学校の警備をしてくれてる警備員さんが真っ赤な目をした黒い髪の女性に襲われるって話があって、おいまさか」
「なんのことでしょう」
「勝手に七不思議作ってんじゃねえよ! てか、お前が犯人じゃねえか」
「今のはツッコミとしては赤点を免れてるわ」
「俺はお笑い芸人か!」
「そのツッコミは赤点かも」
「ねえ、和久、素人にしては見事なツッコミを披露してくれた和久に一言だけ言っておかなければならないことがあるの」
私は足を止めて真面目な顔で和久を見つめる。
「私ね、学校の怪談に出てくる天の邪鬼みたいな、悪い奴の雰囲気出てるけど実はいいやつなんじゃね? みたいな女じゃないの」
「なんでそんな今どきの三十代でも知らないマニアックなアニメ作品出してくんだよ」
「学校の七不思議つながりで出してみたよの」
「ボケとしては落第点だ」
「私にボケのセンスはあまりないのよ」
「だったらボケなくていいよ」
「いやよ」
「なんで嫌なんだよ」
「側から見たら恋人同士、ラブラブなデートをしているように見えて、会話の内容は実は夫婦漫才なんていうカップル、すごく面白くない?」
「それは面白い」
「そう言うの、少し憧れてるの」
すると和久は困ったように頭を掻く。
「あーその、話をもとに戻すんだけど、その葵の過去の話、話したくないって言うなら話さなくていいよ、今のボケとツッコミも話したくないから話を逸らしたんだろ?」
和久はそう言ってきた。変に勘違いをしているようだ。
「学校の七不思議の話は本当よ、ボケとツッコミやりながらのデートもほんと」
「えっ?」
「黒髪の赤い目をした女性が夜な夜な現れるって話し、ほんとに起こったのよ、誰が起こしたんでしょ?」
「明らかに葵じゃないか」
「他にこの学校で起こった不思議な事件や出来事、聞いたことない?」
そう聞くと、和久は考え始めた。
「たしかに、何かの事故や事件的な話は聞いたことがあるけど」
「全部が私なわけじゃないけど、もしかしたら、そう言う類のものかもね」
「そう言う類って言われても」
和久がそこまで言ったところで私は話を切り上げる。
「興味があるなら調べてみたらいいんじゃない? でもあまりに深入りはしないようにすること。専門家でもない和久が深く知ったところで危ないかもしれないでしょ?」
そう言って私は和久から離れていく。
「それじゃあ私、教室こっちだから」
手を降り和久から離れていった。
学校七不思議すごく気になる。
昼休みにでもクラスメイトに聞いてみよう。
そう思い午前中の授業を聞き流して昼休みを待つ。
午時葵の吸血鬼 うつのうつ @john_son
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