第5話 街に訪れて

モイラの家に転がり込んで半月が経つ。

モイラと魔導人形の生活にもだいぶ慣れ、朝昼晩のご飯の準備、作物の収穫、薬草の収拾、家の中の掃除、日々の雑用と手伝いが板についてきた気がしていた。


今日はモイラが作った薬品を街で販売するのに伴い、日用品の買い出しの為に二人で出掛けていた。カグラは荷物持ちを申し出て、自らモイラの手助けを率先して行う。木箱に薬品の入った瓶とその隙間に、ふわふわの緩衝材を詰め込んでリュックサックの様に背負う。


家の留守を魔導人形達に任せて、二人は神秘の森から西へと程なく歩いた。およそ四分の一日ぐらいの所に街はある。

外は晴れていて、出掛けるのにはとても良い気温であった。


西の街はカグラにとって初めての場所であり、久しぶりにモイラ以外の人間と交流する良き機会となった。


この街でモイラは昔から自らが精製した回復薬や魔法薬などを売り、そこで手に入れた資金で日用品や食料を買い込み家へと帰る。


『神秘の森に住む長耳魔法師が作る良薬』は街の人々に大層評判が良く、魔法使いモイラが一度街に来ると街の人々は、モイラを取り囲む様に輪を作り笑顔で出迎えた。


モイラが懇意にしてる道具屋から、部屋の一つを借りて本日だけの店を開く。


モイラの魔法薬品店が開かれると、それを知った街の人がなだれ込む様に店へと入ってきた。


カグラは最初こそ街の人々に圧倒されたものの、人当たり良く明るく話しかけてくれる街の人々とは直ぐに打ち解ける事が出来た。そして、気がついた頃には自然と笑い合って世間話をする様になっていた。


街の人から付けられたカグラの愛称は『見習い薬師』や『長耳魔法師の弟子』で、その事に特に悪い気はしなかった。村にいた時には想像も出来なかった状況である。


カグラはまだ薬こそ造らせては貰えないものの、モイラの仕事を見学する事は許されていて、複数の薬草を基に、彼女の指先から数多の薬品が生み出される光景は、カグラにとって奇跡と区別が付かなかった。


また一つ、また一つと街の人がモイラの魔法薬や回復薬を手に取る。昼飯時を過ぎた頃、全ての薬品を捌き終えた。皆が満足そうに家路へとつく姿を目に焼き付けて、カグラもまた満足そうに微笑んだ。


モイラは素っ気なく「近くの食堂でなんか食べてから、買い出しして家に帰るよ」と言うと、カグラは笑顔で首を縦に振った。


昼飯時を少し過ぎた時間帯でも、街の中心部にある食堂は賑わっていた。


仕事の相棒や家族、街の人々は談笑し様々な会話をしながら食事に舌鼓を打つ。


二人は給仕案内され、テーブルにつくとモイラは即座にメニューを開いた。


「全て私が注文していいかい?」


「はい、お願いします」


モイラの問いに笑顔で答えた。

店で食事をする事など生まれて初めての事だった。右も左もわからないが、モイラと共にしなければ、この様な機会など得られなかっただろうと思う。今では料理を待っているこのひと時の時間ですら楽しいのだ。


「なんだぁ?森の長耳が子連れで居るぞ?いつの間に産んだんだ?」


「どうにも長耳には見えねえな、どっかから攫ってきたんじゃねか?」


店の中に入ってきた男達が大声でそう言う。

なんともガラの悪い連中だろうか、ガタイの良い屈強な男達、は席に座る二人を嘲笑いながら見ていた。その姿に腹の立ったカグラは席を立って男達を睨んだ。


「お、なんだ?その小娘が俺の相手をしてくれるのか?」


「可愛い嬢ちゃんだな。」


「へへ、遊んでやるよ」


席から離れようとしたカグラをモイラは諭す。


「カグラ、食事の時は静かに座ってるもんだよ」


「でも…!」


しかし、カグラは納得が行かない。


「…アンタ、まだまだ全然弱っちいんだ。それを理解した上で闘う相手って奴を見極めなきゃダメさね。そうでなきゃ自然では生き残れないよ。」


そう言ってモイラは微笑んだ。カグラは自身の無力さを実感し、痛感しながら、沸る怒りを抑えて静かに席へと座った。


「つまらんな。」


「なんだ腰抜けか。おい店員!コイツが草臭くてかなわん!此処からさっさと追い出せ!」


男は給仕の女性の襟首を掴んで怒鳴る。

何事か、と。騒動に周囲がざわめき始めていた。


「…それは、出来かねます。」


「なんだと!!」


「お二人はこの店の大切なお客様です。」


給仕は毅然とした態度で男達に臨む。

その姿はこの仕事に対しての誇りと言うものが現れている様だった。男達はその態度が気に入らない様だった。


「俺達を舐めるなよ!こんな店、今すぐにでも潰せるんだからな!!」


「へへ、アンタがあの二人の代わりに相手してくれるのかぁ?」


男達の下品な物言いに、給仕の頬を冷や汗が伝う。モイラは深くため息を吐く。


「…いい加減にしな。お前達の相手は私だろ?給仕にイキがるなんて、大人が寄って集ってするもんじゃあ無いよ!」


モイラは立ち上がった。その瞳には怒りが宿る。一線に男達を睨み付けた。


「お前達!表へ出な!全員まとめて相手してやるよ!!」


モイラは席を立って歩き出すと、不安がるカグラを安心させる様に「すぐに終わらせるから。料理、先に食べてていいよ」とだけいいその場を後にした。


「へっ、最初からそう言えばいいんだよ!」


「この街に二度と来れ無くしてやる」


男達はモイラの背を付いて行く。

彼女の背中をただ見送る事しか出来ないカグラは、自身の無力さを恨めしく思う。


店の客は窓から外の光景を眺める観客となっていた。その中にはモイラの回復薬を購入した街の人も居ただろう。店の給仕も料理人も、彼女の勝利を望む言葉を口にする人達もその場に居た。


カグラはただモイラが酷い目に遭わない事だけを祈って、俯きプルプル両手を振るわせる。ただ悔しさを噛み締める。


モイラが男達を引き連れて店を出て行った数刻後、外から激しい轟音と真っ白な眩い閃光が店に駆け巡と観客達の驚きの声が上がる。複数人の悲鳴が響き渡ると再び轟音と閃光が駆け巡った。カグラは耳を塞ぎ強く目を瞑る。


やがて音も光もせず、静かになった。


「…カグラ…アンタなにやってんだい?」


気が抜けた表情でカグラを見つめる、モイラの姿があった。


「無事だった…良かった…ッ!」


「当たり前さね、あんな連中。私にかかれば指先一つだよ。」


目の前で立てたモイラの指先には、細く輝く雷が音を立ててほど走る。


「…カグラ、この世にはあの手の連中がまだまだ居る。アンタも護りたい何かがあるのなら、強くなる様に自分を磨く事さね。」


「はい…。」


「ま、取り敢えず今は、お昼ご飯だ。しっかり食べて力を付けなきゃね。」


「…はい!」


二人は再び席へと付くとモイラはカグラに優しく微笑んだ。


その後、給仕から運ばれてきた料理はモイラが注文していたものよりも、だいぶ豪勢だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カグラ幻想記 @kanapon301015

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ