第4話 穏やかな眠りに落ちて

食事を終えると、モイラに教えてもらいながら、食器の洗い物と片付け手伝った。


二人が洗って水切りをした食器は、およそ100センチ程度の、岩と土と魔法の力で造られて丸みを帯びた人形達が、かちゃかちゃと音を立てて乾燥棚へと運んで行く。モイラの魔法により生み出された自律する魔導人形。その動く姿はまるで人間の子供の様だ。


初見こそ驚いたものの、子供が描いた落書きみたいな、少し珍妙で何処となく間抜けで無表情な顔と、きちっと隊列を組んで精密な動作で行動する姿は、慣れてくると愛嬌を感じる。


モイラは「今日ぐらいゆっくり休んでな」と言ってくれたが、カグラ自身がモイラの為に何かお返しをしてあげたい、とそう思って簡単な事から家の手伝いを始めていた。


モイラの隣で食器を洗う事がこんなにも楽しいのは何故なのだろうか?


「晩御飯はどうだった?」


「とても、美味しかったです。あんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めて…です。」


モイラの問いにカグラはにっこりと笑顔で答えた。


「そうかい、そいつは良かった。」


食器を全て洗い終えると、魔導人形達と共に乾燥棚へと運ぶ。


食器の片付けを終えると、就寝前に食休みを兼ねたティータイムが始まった。

もちろんの事、その様な時間が設けられたのは、生まれてこの方、初めての事であったし、カグラはモイラのもてなしに少々戸惑っていた。

魔導人形達は円滑にテキパキとお茶の準備を終えると、家の何処かへと向かって行った。


静かな穏やかなひと時が流れる。


ティータイムも終わり、片付けが終わると、寝泊まりする部屋へと案内された。

先程の魔導人形達が寝台や布団の準備を行なっている。

これも魔導人形達が行ったのだろうか、部屋の隅々までしっかりと掃除が行き届いており、至る所で家主のこだわりを感じる。

正直、比べるのはモイラに失礼だが、あの掃き溜めの様な汚い納屋とは大違いだ。ここはまるで天国だ。


「しばらくはこの部屋を使いな」


立派な寝台と見るからにふかふかな布団、そして、今までは全く使う機会のなかった、しっかりした木製の机と椅子。机には何冊かの本が立てられている。『魔法基礎学』『珍妙な生き物達』『魔導工学作業責任者テキスト』『魔導苑』など、雑誌から辞書から立てかけられた本の背表紙には分野が様々である事が伺えた。


「私…ここで…寝て良いの?」


「ああ。この部屋、カグラが自由に使って良いよ。何か足りないものがあればこの子達に伝えな。」


そう言って魔導人形達を指差す。相変わらずキビキビと統制された動作で動いている。


「…そういえば、この子達って名前…なんていうのですか…?」


「この子達に特に名前なんてないよ、名称としてはエーテルレメスだけど…。なんならカグラが好きにつけてあげたら?」


モイラは不思議そうな顔をしながら言う。そんな事を考えた事はない、と言った表情だ。このエーテルレメス、もとい魔導人形は彼女にとって、あくまで"道具"という認識の様だ。


「…え、うーん…寝ながら考えます…。」


「…ま。今日はゆっくり休みな。疲れが取れたら、宿代として私の仕事手伝ってもらうからね。」


そう言われて悪い気はしなかった。ここまで親切にしてくれたモイラには、何か明確な恩返しがしたいとは思っていたからだ。


「が、頑張ります…。」


「それじゃ、おやすみ。」


「おやすみなさい。」


布団に潜り込むと、そこはまるで天国の様だ。まるで雲の様に柔らかくて静かで暖かい場所で眠るのが、何時以来の事だろうか、それを思い出せないくらいは、だいぶ遠い昔の記憶だ。

あの村から逃げ出して良かった。と、目を閉じてそう思う。

愛嬌のある顔した魔導人形達の名前を一つ一つ考えながら、安らかな眠りへとゆっくり落ちていく。


眠りに落ちた先で夢を見る。幼少のカグラが見知らぬ男に抱き抱えられて何処かへと向かう。

男は真冬の吹雪の中を歩む、男は険しい山岳を進む、男は過酷な荒野を抜けた先で遂に力尽きた。


「…申し訳ございません、カグラお嬢様。…申し訳ございません旦那様、奥様。…私は、ここまでです。」


そのまま目を瞑り、男は動かなくなった。

静かに目を瞑る男の表情には無念、そう言った表情が浮かんでいた。


少女はゆっくりと立ち上がって歩き始めた。言うまでもなく、目的地など知る由もない当ても無く彷徨い続けた、そして、彷徨い続けた末に"あの村の夫婦"と出会ったのだ。


実に酷い思い出を夢見たものだ。


翌日、あまり慣れないふかふかな布団の所為か、あの嫌な夢のせいか、どうにも緊張して熟睡出来なかったのか、目覚めが早かった。日はまだ登っていない様だ。


昨晩きびきびと動いていた魔導人形達は、部屋の壁際に綺麗に並んで、頭を垂れて(体型が丸まっていて実際は垂れているのかわからないが)静かに座っている。それをあえて言うなれば、まるでスイッチの切れた動くおもちゃの様な佇まいだ。


上半身を起こしてカグラは魔導人形達に呼びかける。


「お、おはよう…。」


ブンッと静かな起動音。魔導人形達の瞳…の様なものが光る。壁際に座っていた人形全てが静かに立ち上がった。

いきなり動いたので少し驚いたが、その後の人形達は動くことも無く、その場で突っ立ったままだ。

寝台から飛び出て、身体を伸ばす。部屋の外の何処かからか音が聞こえるので、人形達をそのままにして音の方へと向かう。


向かった先ではモイラがキッチンに立っていた。


「おや?早いね。眠れなかったのかい?」


「あまりにも良い布団で、少し緊張しちゃって…。」


どうやら朝ご飯の準備をしてくれている様だ。コトコトと音を立てるコンロの鍋から湯気が上がっている。


「あの…何か手伝う事は有りませんか…?」


村では強制的に農作業や森林での作業、害獣の狩猟を強制的にやらされていて、正直な所嫌々業務に従事していたのだが。

もてなしてくれた、モイラに対して、何か出来る事は無いかと自発的に身体が動いていた。


「そうさね…。外の畑で野菜を採ってきてくれないか?野菜はカグラが好きに選んで良い。一人じゃ大変だろうから部屋の子達を連れてきな。」


「わかりました。」


一度、寝ていた部屋に戻る。部屋には頭の一部を光らせた人形達が直立不動で壁際に整列している。『今から私は彼らの指揮官だ。』そう胸を張って、部屋中に響き渡る声で言う。


「みんな、これから野菜を摂りに行くから手伝って!」


人形達は言葉を理解し、目の前で一列に整列すると、まるで次の指示を待っている様に見えた。


「私の後ろについてきて。」


歩き出す、すると魔導人形達も歩幅を合わせ隊列を崩さずにしっかりとついてくる。まるで息を合わせた行進だ。


途中キッチンの横を通り過ぎると、少女と魔導人形達の勇ましく、ずんずんと突き進む光景を見ていたモイラは、穏やかに微笑んでいた。

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