無害と証明するには

 聞いたところによると、太陽の果実という果物はかなりヤバいものだったらしい。なんでも、人間が下手に食べると全身のマナが焼かれて焼け死ぬとか。物騒な話である。


 父さんの咄嗟の判断で俺はミヤ姉を殺さずに済んだわけだ。いや、本当に。話を聞かされたときは生きた心地がしなかったよ。


 それで、問題は俺。なーんとガッツリ10個以上は食べてるんだよね、これが。もしかしなくても死んだか?


「……誰がシンクにこんなものを与えたんだ。くそっ!」


 本当だよ。誰だよ、俺にこんなもの食わせようとしたのは。……えっ、俺!?


 父さんは誰が俺に太陽の果実を与えたのか疑い始めたようだ。殺気走った目が爛々と燃えている。とてもではないが「犯人は俺です」なんて言える空気じゃない。なんなら「10個以上食べましたが?」なんてことは口が裂けても絶対に言えない。いや、なんで10個以上も食べて生きているんだ、俺。


 狭い屋敷の空気は、それはもう最悪だった。いつ発火してもおかしくないというのに、ピッタリと俺にくっついて離れないミヤ姉、殺気立つ父さん、冷静だけど沈痛な面持ちの母さん、そして居た堪れない雰囲気のメイドさん。時刻は3時のおやつに差し掛かろうというのに、テーブルの上にあるのは問題の太陽焼き。……これを食べたら怒られるじゃ済まないよなあ。


「ミヤ姉、危ないから離れよ?」


「やだ」


 やだ、かあ。困ったな、このままじゃ最後の晩餐どころかおやつも食えないぞ。


 しかし、不思議だ。待っても俺の身体にそれらしい異変の前兆は訪れない。全身に流れるマナだって、変調をきたす兆候さえない。だんだんと燃えるのではなく、突然燃え出すのだろうか?


 どちらかと言えば、腕にしがみつくミヤ姉の体温のほうが高いくらいだ。


「ロイド、あなたならどれくらいで発火するのか分からないの?」


「……俺に魔法学の知識がないのは君も知っているだろ。太陽の果実について分かるのは、食べた人間のマナを焼くことと治療の方法が無いことくらいだ……」


 父さんの前職は冒険者である。それもここ、バニラ辺境伯領で知らぬ者はいないほどの猛者だという。彼が冒険の中で培った知識は、彼を猛者たらしめる武器の一つだ。


 しかし、そんな父さんの冒険譚に太陽の果実についての特記事項は殆どないようだ。まあ、父さんは冒険者であって医者じゃない。冒険者にとってみれば「食っていいもの」と「食ってはいけないもの」の区別さえつけばいい。


 だいたい、太陽の果実は普通に生きていたらまず口にすることのないものだ。エルフの森のさらに奥。登ろうと思うのも億劫なほど背の高い木々の、頂上になる果実なんだ。普通に取れば大爆発を起こし、取ったところで食えない果実なんて市場に出るわけもない。


 親が子に「これは食べちゃいけません」と言う物は数こそ多いが、キノコの図鑑を持ち出して一々毒キノコを指差して説明することはないだろう。それと同じだ。


 常識で考えて5歳児の子どもが食べると予想しなかった。不幸だったのは、その5歳児は食欲旺盛で、魔法を使って親を出し抜く頭があった。誰が悪いという話じゃない。不幸な話だったのだ。強いて言えば、悪いのは俺だろう。


「ごめんね、シンク……! 私があのとき止めていれば……!」


「えーっと……ううん、ミヤ姉のせいじゃないよ」


 なにせ、収穫したその日にエルフの森でも少し食い散らかしていたし。ミヤ姉が俺を止められるタイミングなんて最初から無かっただろう。


「奥様、旦那様。その……これは本当に太陽の果実なのでしょうか。黄金の表皮があればともかく、果肉部分だけで見れば酷似した果物は山のようにあります。なにより、シンク様がこのおやつを口にしてだいぶ経ちますが、身体に異変がないというのはあり得ないことです。強靭なマナを持つハイエルフの女王でさえ、一度口にすればすぐに果実の炎で苦しむほどなのですから……とても人の子が果実の炎に耐えられるとは思いません」


 そう言って、このどうしようもない空気を破ってくれたのは、メイドのソノラさんだ。


 色素の薄い肌に整った相貌、どこか儚げな表情。なにより目を引くのは、長い耳。エルフだ。それも、ただのエルフではない。片耳についたイヤリング。それは、ハーフエルフであることを示す物らしい。


 年齢は20歳ほどに見える。が、実年齢はもっと高齢だろう。


 エルフの森に近い、ここバニラ辺境伯領では森を追い出されたハーフエルフの存在は珍しいものじゃない。


 劣等と同胞から誹られてもエルフの矜持を示す者、人間の社会に迎合する者……「ハーフエルフ」と一言で一緒くたにすることはできないが、幸いなことにソノラさんは迎合した者であった。そう、リオンハート家のメイドとして。


 ソノラさんがリオンハート家にいつからいるのかは不明だ。ただ、少なくとも俺がこの世界に生まれるよりも前にこの屋敷にいたことは確かだろう。


「それは……確かに。では、シンクは太陽の果実を食べていなかったわけか」


「ありがとう、ソノラさん。そうね、冷静に考えれば、いくらシンクが食べ盛りだからって……太陽の果実をねえ?」


 ソノラさんの冷静で的確な思考が、一時の弛緩をもたらす。


 そうそう。5歳児がエルフの森に忍び込んで? 馬鹿みたいにデカい木に登って? 間違った方法で収穫したら爆発する果物を? 焼いて美味しく食べるわけないじゃないか。


 ……食っちゃったなあ。やっぱ食っちゃったよ、俺。


「そうです。あり得ない——ですが絶対じゃありません。何事にも例外があります。もしも、その例外にシンク様が該当しているのであれば、エルフたちにとって無視できない問題になるでしょう……」


 不穏な言葉とともにソノラさんは太陽焼きを一つ、手に持ってみせた。


「確認は必要です。お二人とも、この身になにがあろうともどうか狼狽えませんように」


 

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