太陽の呪い

 ソノラさんはおもむろに太陽焼きを口に運んだ。……いやいや、なんで?


「ちょっ、ソノラさん!?」


 慌てて父さんが止めようとするが、それよりも先にソノラさんは飲み込んでしまった。


「確認は重要なことです。幸い、少量の摂取なら私は耐えられます。命まで張るようなことはしませんのでご安心ください。さて……」


 その瞬間だった。 


 熱気がソノラさんの身体から溢れ出す。彼女の肌の内側に流れるマナが燃やされているんだ。それでも致死の火が体表にあまり出ないのは、ソノラさんのマナがエルフに由来するものだからか。


 魔法の心得がなくても、一目見れば分かる異常。俺もこの目で見るまで疑っていた、太陽の果実の呪い。それが、ソノラさんの左手の甲から肘にかけて、はっきりと見て取れた。


「太陽の果実は本物だった……!?」


「……ええ、どうやらそのようですね」


 目の前で起こる異常現象に慌てふためく母さんに対し、ソノラさんは冷静に燃える自分の腕を眺めている。


 なんて精神の強さなんだ。痛みを感じていない、ということはないだろう。腕の皮膚は焼け爛れ、溢れるたびに血を焦がしている。痛々しい、なんてものじゃない。


 それなのにソノラさんの表情は平静そのもの。いや、額には大粒の汗こそ浮いているが——それだけで済むのは長命者だからか?


 耐性のない子どもに見せるものじゃないだろう。さりげなくミヤ姉の視界を手で遮っておいて正解だった。


「シンク?」


「……ミヤ姉、少し我慢して」


 ソノラさんが悲鳴をあげなくて助かった。さすがに悲鳴は誤魔化しきれないからね。


「奥様、旦那様。シンク様が太陽の果実を食べて無事だった、この事実をエルフの森に住まう者たちに知られてはなりません」


 手早く患部を治療しながら、ソノラさんは母さんと父さんを交互に見てそう言った。


「それはどういう……?」


「エルフは魔法とマナの素質と素養を重視することはご存知だと思います。あの森の中にあるのは、実力のみで測られる縦の社会です。どれだけ血統が良くても、その素質が他者より劣ればこのイヤリングと共に森の外へと追い出される——ですが、その逆。良質なマナを持つ者であれば、他種族であろうとエルフはそのマナを自らの血統に残すため、あらゆる手段を尽くして森へします」


 淡々と、しかしいつもより若干語気に強さを滲ませてソノラさんは父さんと母さんに警告した。


 そして、それは俺こそが最も注意して聞かねばならないことでもあった。ちょっと美味しそうな果実を食べただけだって言うのに、どうしてここまで事が大きくなるんだ。


「ま、待ってくれ。エルフは純血主義なんだろ? その口振りだとまるでシンクが今にも誘拐されるように聞こえるんだが……」


「エルフが純血主義など誰が仰ったのですか? 長命ゆえに閉鎖的な社会性なのは認めますが……憶測で考えては危険です、旦那様。近しい者とまぐわえば、マナの質も量も低下した子が生まれるなどエルフの間では常識でごさいます」


 近親交配のことを言っているのだろうか。科学の発展が魔法という別体系の技術に阻害されているこの世界で、近親交配の危険性を理解しているのは大したものだろう。


 「無論、男のエルフに適性があればそちらが優先されるのは確かです」そう前置きして、患部に回復魔法を掛けながらソノラさんは言葉を続けた。


「ですが、シンク様の適性を超える男のエルフなど聞いたことがありません。この稀有な素質を知れば、森のエルフたちが見逃すはずはないかと」


 ……なるほど。つまり、最悪のケースを想定すると、エルフの森では俺を狙うマンハント部隊が編成されている恐れがあると。


 たた太陽の果実を食べただけなのに物騒な話だ。別に自分を卑下するつもりはないけど、俺の素質にそこまでする価値はあるとは思えない。……それに俺の解釈が間違っていなければ、もしもエルフの森に連れて行かれた場合、待ち受ける運命はエルフの女性との婚姻。いやいや、俺、まだ5歳ですよ?


 が、それなら疑問が一つ浮かび上がる。それはハイエルフとハーフエルフという呼称。確か、それらは創作物においてエルフの純血と混血を指す言葉だったはずだ。


「ねえねえ、ソノラさん。ハイエルフとハーフエルフの違いってなに?」


「ハイエルフとハーフエルフの違い、ですか」


 ソノラさんは寡黙ではあるが、必要なことは十全に語ってくれる人だ。それが珍しく、俺の問いに対して逡巡を見せた。


「……前提として、すべてのエルフに差異はあまりありません。エルフを分けるのは、たった一つ。マナの寡多のみです。エルフの社会から爪弾きされた、マナが少ない者たちをハーフエルフと呼び、抜きん出て秀でたマナを保有する者がハイエルフと呼ばれます」


 実力によって呼ばれ方が変わる。それは、俺の前世にも通じるところがあった。


 red——番号の先についた色の区分は、肉体機能を拡張された強化人間の優秀な者に付与されるものだった。もっとも、その強化された身体機能が活躍する場面なんて無かったけど……。


 この世界でも、あの息の詰まるような日々がエルフの森にあるのか。美味しい食材が色々とありそうなのに、あんまり行きたくなくなってきたな。

 

「ソノラさん、悪いがこの子の現状を一番よく理解しているのは貴女だ。シンクを守るために俺たちはどうすればいい?」


「ひとまずシンク様の一件を悟られないこと、私以外のエルフは絶対に信用なさらないでください。……森への復帰を願うハーフエルフは多く、シンク様の情報を条件にされれば森のエルフに従う者も多いはずです」


 ハーフエルフはここバニラ辺境伯領では珍しい存在じゃない。彼ら全員を信用するな、というのはなかなか神経のすり減る生活になりそうだ。


 しかし、困ったな。理性ではあの森に近づくべきじゃないことは分かっている。だけど、同時にあの森には太陽の果実含め様々な食材が眠っていることも確信していたのだ。


 リスクを取らずしてなにが美食家か。なに、太陽の果実に手を出さなければバレやしないだろうさ。


「シンク様はくれぐれも森に近づかぬようお願いしますね」


 ……なんて、考えていませんよっと。

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