第46話 筏葛と優しい希望

 ――――情けない。


 こんなだから私は両親に無能と言われるんだ。


 これからは一人で生きていくって決めたのに…。


 親ですら離れていくんだ、血のつながりのない他人なんて猶更信用なんてできる訳ない。


 そんな大言壮語を胸に、他社に関心を向けまいとしていた私はレッスン中に倒れた後、総括マネージャーに連れられて病院へと向かい、今現在私は点滴をうっていた。


 情けない…。


 情けない、情けない!情けないッ!


 こんなだから見放されるんだ。こんなだから役立たずなんだ、気持ちだけ先走った結果がこれ。結局他人に迷惑をかける。


 そう考えていたら扉の外からノックの音、そして学園の生活で唯一私が尊敬していた人。


「理英さん?入っても大丈夫でしょうか?」


 麗明院先輩、いや今は神目、と名乗っているのだったか。彼女の声が聞こえたので私はどうぞ、と声をかけた。


 扉が開き現れた姿は想像した人物であり、最後に見た時よりもだいぶ成長していた。


「……。」


 久しぶりに会って色々話したい事があったはずなのに言葉が出てこない。情けない姿を見て失望させてしまっただろうか?


 神目先輩には学園時代お世話になっていた。あっちはそこまで親しいと思ってないかもしれないし、世話したつもりもないかもしれないけど。


「まずはお久しぶり、ですわね。」


 こちらが黙っているのを見て気をきかせて先輩から声をかけてくれた。私はうつむきながらなんとか返事を返す。


「お久し…ぶりです。」


 何とかそれだけを口にし、黙ってしまった。また、居場所を失うのが怖かったから、余計なことを言って嫌われるのが怖いから。


 そう、私は嫌われるのが怖い、特に親密になってから関係が崩れるのが一番怖い。だってそうでしょ?どうでもいい人に嫌われるよりも優しくしてくれた人に嫌われた方が苦しいのが当たり前。


「身体の調子はよろしいんですか?」


「はい、それほど…酷くはなかったみたいで。同じことの内容に適度に休むことと栄養はきちんと取ることを注意されました。」


 …せっかく予習出来てたアドバンテージもしばらく休めと言われたことでなくなるだろう、あの子達に大きい顔はもうできなくなる。


 良い子達なんだと思う、優しそうで包容力を感じる茅野さん、少々垢抜けないところがあるけど光る所を感じる明るい子の大谷さん。


「無様を、晒してしまって…申し訳…ございませんでした。」


「無様だなんてそんなことは…いえ、反省するのであればこれから同じことにならないようにしましょう。」


 どうやら私のミスについては気にしていないようだったけど、なら、ここに来た理由は何なのだろう?したい話があるんだろうけど。


「……まだ、人が怖いですか?」


「―――。」


 いきなり核心を突かれた。いや、昔、学園時代に先輩に言ったことはあったけど。それをまだ覚えていたのかな。


 下手に隠しても、いやごまかしても分かってしまうだろう、先輩相手に隠し事が出来ないのは私が良く知ってるから。


「…はい、分かってるんです。私が少し歩み寄れば仲良くなれるだろうって、でも…。」


「仲良くなってから嫌われる。所謂上げて落とされるのが嫌なんですね?」


「…はい。」


 家が裕福だったころ、私は散々甘やかされて育ってきた。しかし父の事業が上手くいかなくなり、生活に余裕がなくなると一変。家族は何もできない、良家とつながりを作ることも出来ない私に対し厳しく接するようになった。


 甘やかしたから何もできない子に育った、わがままを言う事だけが得意な無能と。


 認めて欲しければ努力をしろ、育ててきた分の金の分の成果くらいは出せと学園中等部に入ったばかりの私に厳しく当たった両親。


 人は変わる、優しくしてくれるのは自分に余裕があるときだけ。私に価値が無ければ皆離れていく。


 だから怖い、人と仲良くなることが。手の中にあったものが零れ落ちるのが私はどうしようもなく怖い。


「ですが、ウィラクルに入った以上、そして3期生になったあなた達にはそれが望まれているんです。いつまでも一人でいる訳にもいきませんよ。」


 その通りだ、ウィラクルが、そして私達の将来の視聴者が求めているのは仲良しグループ、と言ったものだろう。誰がギスギスしたバラバラのアイドルグループなんて見たがる?よほどの性格破綻者ぐらいだろうそんなものは。


「わたくし、断言できますわ。理英さんが歩み寄りさえすればあなたと彼女たちは親しくなれる。努力次第ではあなたが望んだ絶対に嫌わない親友にすらなれるかもしれません。」


 まぁちょっとしたケンカくらいは起こるでしょうけど、と口にする神目先輩。あの二人は私なんかと仲良くなってくれるだろうか。


「なんなら手伝ってあげましょうか?後輩の頼みなら切っ掛け位なら作ってあげますわよ?」


 それは、願ってもない申し出かも知れない。だけど…。


「私…。」


 先輩にそこまでさせて、自分で何もしなかったら無能のままだ。


「私…自分で二人と話し合ってみます。怖がってたら進めないですから。」


 そのことを聞いた先輩はふっと優しく笑う、一つしか違わないのにもっと年上に見える。学園時代の先輩よりももっと素敵になった。


「それがよろしいです。大丈夫ですよ、きちんと誠意をもって話せば仲良くなれます。ダメだったらその時はわたくしに泣きついてきて良いですわよ?」


 くす、と笑いながら冗談を言う先輩、その時は泣きつかせてもらいますから。


「そういえば、先輩はウィラクルでも先輩なんですか?」


 気になったことを聞いてみる、私は1期生と2期生について詳しく知らない。


「あら、知らなかったんですのね。わたくし1期生のプリムラ・モンステラをやらせてもらってますわ。」


 え?


 プリムラ・モンステラって確か、好きな人がいるって炎上したらしいと言われているあの?


 言われてみれば話し方も声も似ている。配信では若干聞き手に心地よく聞こえるよう声色を調節している感はあるけどそっくりだ。


「…え?先輩好きな人がいるんですか?誰なんですか?」


 さっきまでの私の悩みが吹っ飛んだ、それどころじゃない問題が出来たから。


「ふふふ、誰でしょうね?あなたも知っている人ですわ。」


 学園時代はそんな雰囲気は感じなかった。ならその後という事になる、そしてその中で私が知っている男性となると。


 ウィラクル関係?だけどここに来て私があったことのある男性って高天原の社長か対策室の人か従業員くらいしか思いつかない。その中にいるんだろうか。


「まぁ、その内わかると思いますわ。ですが、内密にしておいてくださいね?」


 唇に人差し指を当て秘密ですわとウインクをする先輩はかわいらしくあったけど頭の中がパンクしそうだった。


 この後、寮に戻るまでそのことで頭がいっぱいになり、知恵熱を出すことになるのをまだ今の私は知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しと私と配信モノ BuriDish @buridish

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ