第45話 夢講師と焦りと慟哭
3期生の実力確認の日から1週間程が経ち、私、稀石結愛は悩みを抱えていた。
「…うーん…どうしよう…。でもなぁ…言って素直に聞いてくれる子じゃないんだよなぁ…。」
3期生の子達は皆良い子達で私が先生としての初めての生徒(のぞみちゃんは例外)になるからか、かなり張り切ってスケジュールを組んでいた。
私にあれこれ世話を焼くおねえちゃんもこんな気分だったのかなぁと思うと少しくすぐったい気もするけど、少々そんなことを言っている場合じゃない問題が浮かび上がってきたんだ。
そして、それはある意味3期生存続にもかかわる可能性があるから私一人じゃなくておねえちゃんに相談しようと思ったんだ。
私は夕食後、おねえちゃんに話かけて相談をした。
「おねえちゃん、3期生のこの事でちょっと問題が…。」
「…何かあった?」
あ、ちょっと深刻っぽくにしすぎたかな、今はまだ問題が起こったわけじゃないからそこまでの事じゃないんだけど。
「えっとね、まだ問題自体が起こったわけじゃなくって、これから起きそうっていうか、それについて相談がね。」
そう言うとおねえちゃんはホッとしたようだった、ごめんね、ただでさえ忙しいのに心労を増やすようなこと言っちゃって。
「実はね…。」
私は今後起こりうる問題をおねえちゃんに聞いてもらい、私なりの対策とその後のフォローについておねえちゃんに相談した。
「…それ、本人には言ってみたの?」
「うん、だけど聞いてくれなくて…。」
あの子も焦りからか少し暴走気味になっちゃってる、それはとてもよくない事でそれが重なっていって大変なことになりかけているんだけど、ダメだよって言っても聞いてくれない。
おねえちゃんは難しい顔をしながら口に出す。
「…結愛が言ってダメなら私から言っても同じだね。…うん、取り合えず私の方はいつでもフォローできる様に準備しておく。」
本当はそういうのマネージャーとして予防しておきたいんだけどね。と言いながらおねえちゃんは溜息を吐く。それはそうなんだけどね。
いろいろと準備をしてもらって取り合えず備えてもらうことにした。
おそらく近日中に爆発すると思う、出来れば厄介な事にならないようにと私は心の中で願った。
☆ ☆ ☆
朝、設定していたアラームがけたたましく鳴り目が覚める。
うぇぇ、朝は苦手だよぉ…。
本音を言うとあと5分所があと30分とかやりたいところなんだけどそんなことすれば遅刻決定だ、あこやちゃんや武野原さんに迷惑が掛かる。
私はうおぉぉ!と気合を入れかぶっていた布団を弾き飛ばす。布団があると未練が残るからね。
この間からレッスンが始まり、講師の結愛先輩の思った以上の鬼教官っぷりにボロボロに…ならずに、何とかやっている。翌日に疲れが残らないようおそらくセーブしてくれてるんだと思うんだけど、個人的にはかなりきついと思ってるけども。
焦りがないわけじゃない、最初に言われた要訓練、つまり私は実力的に劣っているという事だから、だから人一倍努力しないとダメなんじゃないかと思ってるんだけど。
その気持ちを読まれてたのか結愛先輩に。
「焦らなくっていいんだよ?3期生の皆にはまだ時間があるし、きちんとやるべきことをやっていれば大丈夫なように考えてるから。焦る気持ちは分からないでもないんだけど。」
と、言われてしまった。結構顔に出てたのかな、先輩に余計な心配をかけてしまった。
武野原さんは間違いなく3期生で実力トップだし、あこやちゃんも要領が良いみたいでどんどん上達してる。正直置いてかれてる気がして焦ってたのかもしれない。
まずは先輩方に恥ずかしくないレベルにならないと、と今日も気合を入れる、今の所私が二人に勝る可能性があるのはやる気だけだからね。
そう思いふとスマホを手に取ると通知アリの表示。誰だろうと思い見てみると桃やんからだった。
内容は桃やんの周りであった事と私の現状はどう?との事。あ、そういえば桃やんに地元を出た事言ってなかったや。
忙しかったとはいえ親友に雑な扱いをしてしまった。いや、あっちも慣れない生活に大変だろうしこっちからも気をかける一言位言っておくべきだったかも。
ウィラクル3期生になったことは取り合えず秘密にして学校に通う事になったことやりたいことを見つけた事を言っておく。
とりあえずはこれで良し。私は私で今日を頑張って乗り切らないと。
気合を入れなおし今日も座学である。ネット関連の勉強をしてるとライバーさんはこういう事を気にしながら配信してるんだなーとか裏事情が分かって少し面白い。
それにしても言葉って大事なんだな、って思う事がはっきりわかる。皆がよく言ってるネットスラングとかも人によっては凄い差別用語みたいだったりそう言うのもある。こういうのを知らずに使ってるのって怖いって思ったよ。一つ間違えば炎上だ。
知っていれば避けられることもある、そう思いながら私は優れているとは言えない頭をフル回転させ授業を受けていった。
☆ ☆ ☆
お昼ご飯を食べて、午後の勉強を終えた後は結愛先輩のレッスンの時間である。
最近慣れが出てきたのか最初程はきつくない為、若干余裕が出来てきて自分の成長が感じられて結構嬉しいものがあるよね。
今日もいつも通りにやってたんだけど…この日はいつも通りじゃない事が起こってしまった。
基礎練習を終えて、3期生で息を合わせる練習をしていたんだけど…事件はそこで起こっちゃった。
今日はいつもより合わないな、って思ってた。いつもは私が足を引っ張っちゃって申し訳ない気持ちになってたんだけど、今日は何というか…武野原さんの動きが鈍い。
気付けば顔色もよくないしもしかしたら体調が悪いのかもしれない、そう思ってたら結愛先輩が口を開いた。
「ストップ、休憩しようか。…ううん、今日はもう終わりにしよう。皆今日はゆっくり休んで。」
そう、私達に言った。そうだね無理にやっても身にならないし、と思っていたんだけど…。
「まだ、やれます。ごめんなさい、今日は私のミスが多かった。修正してもう一度やり直しますから、もう一度。」
武野原さんが、普段より息を乱しながらもう一度。と結愛先輩に願い出る。
「ダメ、無理は禁物だし、今やったところで普段通りにも出来ないし無理がたたって体を壊すよ?武野原さんが頑張り屋さんなのは分かってるけど、これ以上は…。」
「お願いします、大丈夫ですから。」
結愛先輩はその言葉を聞いて溜息を吐く。そしてポケットからスマホを出して弄りながら口を開いた。
「…今日これが最後だよ?これが終わったらいろいろお話があるから。」
そういいながら、もう一度合わせ練習を始める。
そして。
「あ…ぐっ!」
突然だった。
武野原さんが膝をつき胸を押さえながら苦しそうに蹲る。
それを見た結愛先輩はすかさず武野原さんに近付き身体を支えた。
「うっ…ぐ…ゲホッ…ふ…ゲホッ。」
「武野原ちゃん落ち着いて、聞こえる?ゆっくり、ゆっくり息を吐いて。二人とも、あそこにある椅子を持ってきてくれないかな?」
突然のことに呆然としていた私達に結愛先輩は顔を向けると私達に椅子を持ってくるように言った。
それを聞いたハッとした私は私が椅子を持ってきます!と言って急いで取りに行く。
あらかじめ準備してあったパイプ椅子を急いで持っていくと、結愛先輩は私達にちょっと手伝って。と言われたので武野原さんを椅子に座らせる手伝いをする。
それと同時にトレーニングルームの部屋の扉が開く、そこにいたのはあの面接の日以来会わなかった神目先輩としるべさんだ。
結愛先輩は神目先輩がいることに疑問を持ったみたいだったけど、すぐに二人に手伝ってもらい武野原さんに簡単に処置をしていた。もしかして、さっきスマホを弄ってたのはしるべさんに連絡していたのかな?
「…大丈夫、落ち着いて?大丈夫だから。」
そう言いながらしるべさんは苦しそうにしていた武野原さんの手を握りながら語り掛ける、しばらくすると荒かった武野原さんの呼吸が落ち着いてきた。
それを見ると全員ホッとした表情を浮かべた。私達は何が何だかわからなかったけど、取り合えずは大丈夫らしい。
心配そうな表情を浮かべたあこやちゃんが結愛先輩に声をかける。
「あの…武野原さんは…。」
「うん…ここの所かなり無理をしてたみたいでね。私の練習以外にも自主練をしてたみたいでかなり疲れが溜まってたみたいなんだ。」
どうやら結愛先輩は武野原さんに起こったことが分かっているらしい。続けて口を開いた。
「私も昔同じようなことがあって、だからこうなるかもって予想は出来てたんだ、何度かやめるよう言ったんだけど聞き入れてもらえなくって。」
結愛先輩は困ったような表情を浮かべながら、しるべさんと神目先輩に付き添われている武野原さんを見て言った。
「こう、ならないようにしたかったんだけど。でも誰もいないところで倒れられたらもっと大変だから、一応準備はしてたんだよ。」
「そう…だったんですか…。」
あこやちゃんもいつも通りの表情ではなく辛そうな顔で武野原さんを見る。
どうやら武野原さんはもうだいぶ落ち着いたようで、身体に負担はありそうだけど落ち着いていた。
「結愛、それと皆、取り合えず落ち着いたから武野原さんは病院に連れてくから。この後の事は任せ…。」
「まって…」
しるべさんが武野原さんを病院に連れていくと言うと、武野原さんが被せる様にか細い声を出した。
「…大丈夫…だから…少し休めば…だから。」
武野原さんは弱弱しく縋り付くように言った。しるべさんはだめです、と返す。
「病院には連れていく、これは決定事項です。何か問題があったら大変ですし、無理をさせていいことなんて何もありませんから。」
そう言ってしるべさんが連れて行こうとするけど子供が我儘を言うように武野原さんが抵抗する。
私はどうしてそこまでするのか気になり、武野原さんに聞いてみることにした。
「ねぇ、武野原さん。どうしてそこまでしてやろうとするの?」
「私は…無能なんかじゃない、だから…早く成果を上げないといけないの…誰も文句言えないほどの成果を。」
武野原さんの考えは分からないけど彼女には何か事情があるんだろうと思った。私達とは違う切羽詰まった事情が。
しんとする空気の中、ここに来てから黙っていた神目さんが武野原さんに近付いて声をかける。
「…理英さん、まずは病院に行きなさい。身体を万全にしてから、まずはそれからですわ。」
「…え…?その声…麗明院先輩…?」
れいめいいん?どうやら今まで神目さんの声を聞いてうつむいた顔を上げるとその顔は驚きに満ちていた。えっと、二人は知り合いだったのかな?
「さっき総括マネージャーが言った通りです。あなたが無理をすれば3期生全体に迷惑が掛かるのですわ。そうなれば成果も何もありません。だから言うとおりにしなさい。」
それに今は神目ですわ。と静かに、だけど逆らい難い威厳なようなものを感じさせる声で神目さんは武野原さんに言った。
抵抗を辞め連れられて行く武野原さんはこちらに振り返り一言だけ言った。
「ごめんなさい…もうこんな失敗はしないようにするから…だから…。」
捨てないで…と小さな声ではあったけどその声は私達には泣き叫んでいるように聞こえた。
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