Prologue 2nd Life
†
二人の背中が遠ざかっていくのを見届けてから、お墓に近付いていく。
何歩かごとに体勢が崩れそうになるのを、まだ慣れない杖で支えながら。
時間をかけて墓前までたどりついて、サングラスを外すと、一瞬視界がホワイトアウトする。
……あ、お花でも買ってくればよかった。でもどんな花がいいんだろう。どんなお供えが欲しいかなんて話はしなかったし。ま、過ぎた事を考えても仕方ない。
苦労しながらしゃがんで、手を合わせる。
「約束、守ってくれないと困りますよ、シノさん」
篠咲家のお墓だからシノさんはいっぱいいるけれど、私にとっては、たった一人の名前。
「私が死んだら自分も、って言ったのはあなたですよ。ロミオ気取りで勝手に死なないでください」
ジュリエットになれなかった私が悪いんだけど。
……一年前、欲を出して遥空さんを呼ぶんじゃなかった。
万一に備えて町から離れた場所を選んで、人払いまでしたのに、蘇生が間に合ってしまった。
半年も眠り続けて、半年もリハビリしてようやく動けるようになっても、奇跡的に死に損なった代償は大きい。
満足に動かせない身体、手袋に包まれた左手で、懐から煙草の箱を取り出す。
左手で掴む動きは、三本の指で摘む形になる。薬指と小指はまっすぐ伸びたまま動かない。感覚もない。自前のは失くしてしまった。
あの日、血を失いすぎて生命維持に必要な血圧を保てなかったから、心臓が壊れてもおかしくない量の
おかげで指切りもできないし、せっかくシノさんがサプライズでくれた指輪も嵌められない。約束のための二本とも、もう焼却済みの灰。
なんとか取り出した一本をくわえて、火をつける。
ライターの火も、煙草の火も、雲一つない晴れた空も白くて、影だけがただ黒い。
半年前に目覚めた時、あの世は存在するのか、なんて思った。だって、目に映るなにもかも、粒子状のノイズもちらついていて、色がないんだから。
それだけじゃなく耳もおかしくなった。単純に聴力が落ちただけでなく、全ての音がこもって聞こえるようになった。遥空さんのピアノももう、好きだった頃のようには聴こえない。
生きていて感じる全てが、まるで黒澤映画でも
他に変わった事といえば……髪を伸ばし始めたぐらい、かな。
入院中にずいぶん長くなってしまったし、やっぱり長い方が似合うと思う。初めて一緒に出掛けた時に買った、白いキャスケットには。
「シノさん、遅くなっちゃいましたけど」
本当は、もっと早く言いたかったんだけど。
「私ね、あなたのことが好きです。大好きですよ」
そこにいない事は知っているけれど。
「……愛してますよー?」
付け足してみる。
「…………ここまで言ったんですから、約束守りに来てくれてもいいじゃないですか。化けて出ても歓迎しますよ」
そんな気は起きないか。苦しみ続けて、やっと平穏に休めるのだし。
私は傍にいられないから、苦しまないでね、シノさん。
思い付きで、吸いかけの
「
なんちゃって。さすがに悪ふざけが過ぎるかな。ごめんなさい。
「……そろそろ行きますね。寒いと、いまの身体には障るので」
本当なら私だって死んでしまいたい。あなたがくれたピースメーカーで。
でも、私がカイネになった時、決めたから。一番幸せな時に死ぬ、って。
あなたのおかげで滅茶苦茶ハードル上がっちゃいました。どうしてくれるんですか。
いつか、あなたみたいなひどい人のことなんか忘れちゃう日が来るのを願いながら。
あなたの遺灰で塗り潰された世界で、生きていきます。
……あなたの事を考えてると、色々思い出しちゃうな。
『カイネって禁煙とか考えてる?』
『ま、目に見えて黄ばんじゃうほど生きる気はないので、吸い続けますよ』
そんな些細な会話まで、憶えてる。
そっと、お花の代わりにピースの箱を置く。
「煙草、やめますね」
灰になる 春雨らじお @Snow_Radio
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