エピローグ

          ○

「あれから一年、ハルもえらい大変やったよなー」

 風璃の言う通り、散々だった。あの日の事は俺のトラウマになったし、しばらく病んでた。いまも定期的にカウンセラーのとこ通ってる。

 それも高校生が自作した拳銃で自殺した、なんて出来事は世間が大騒ぎすることになった。

「ハルも結局ダブってしもたし」

「うっせーよ先輩」

「おおお、イケメンにセンパイ呼ばれるん悪ないな」

 本当は学校なんか辞めるつもりだった。それどころじゃなかったし。

 でも親父に慰められて、ネコから叱咤されて、バンド仲間の激励もあって、留まる事にした。

「俺はまぁ、正直いまでもしんどいけどさ。お前はどうなんだよ。風璃、篠咲のこと好きだったろ」

「へぁ? ……え、なんで知ってるん」

 風璃がこっちに間抜け面を向けてきた。

「俺を勧誘してたの、それはマジなんだろうけど、いちいち篠咲挟んでたの、話す口実が欲しかったんだろ」

「バレとる……ハルのくせに……」

「俺、人と関わるの苦手だし、他人に興味もねえけど。その分、関係あるやつはちゃんと見るようにしてる」

「……ハルも悪いやっちゃなぁ。そんなん、見つめながら言うたらアカンて。特に女子には」

 俺と風璃は揃って頭を掻いた。理由は別々だけど。

「……しっかり見てるつもりだけど、篠咲が腹ん中で何考えてたのか、いまでもわかんねえ」

 わかるはずもないのか。

 好きだったものを嫌いになって、何もかもぶっ壊したくなって、人を殺しかけて、それからやり直そうと努力してみたら、大事な人間が死んで。

 気が狂いそうになったし、生きる事全部に嫌気が差した。それでも死にたいと思ったことは一度もない。

 だから教えてくれなかったのかもな。ほんのちょびっとさえも。

「ま、うちかて篠咲ん事は泣いてしもたけど。でも好きやからって何かしたとは言えへん。ただのクラスメイトやった。もっと悲しんどる人おるのに、うちが引きずってたら、いつまで泣いてたらええかわからんやろ?」

「…………ホント、ネコといいお前といい、女ってのはしっかりしてんな」

 風璃の言葉は俺に刺さる。

 俺だって何もしなかった。借りを返したいとか言いながら甘えてばっかだった。

 それに俺が好きだったやつには、好きだと伝えても良くなった頃から、本当に何もしてやれなかった。むしろ向こうが、離れ離れになった俺の生き方を繋いでくれた。

 あいつの好きだったピアノをまた弾こうと思えたのは、やめたと言ったらブチギレて、死ぬかと思うぐらい本気でぶん殴られたから。

 また聴いて欲しいと、心の底から願った。

 届いたのかどうか、もう訊けない。

 俺をがむしゃらにしてくれた、会音ノンはもういない。もう、死んだ。

「さ、そろそろ時間やし、行こか――挟倉遥空復帰コンサート」

「ん……」

 もう少し、と思って墓を見つめていると、尻を軽く蹴られる。最近になって知ったが、風璃は慣れてきた相手にかなり遠慮がない。

主人公ヒーローは遅れてくるもんやけど、主役メインの遅刻はシャレにならんで。ねこちゃんにもどやされてまう」

「……そうだな」

 立ち上がって、観客の一人になる風璃と並んで墓地を出ていく。

 去年の夏、あいつらが出会うまでは思ってもみなかった大舞台だ。ちゃんとして、見せつけてやらないと。

 どこかで見てるんだろうから。

「そいや、ハルの復帰、ねこちゃんと旦那さんがあちこち手ぇ回してくれたらしいな」

「だな。感謝はしてる」

「んで、聞いたんやけど、どっかからごつい出資あったってな。スポンサーでもついたん?」

「さあな。ブランク長ぇしダブったロクデナシに金出すとか、ただの物好きだろ」

「ハルも知らんの?」

「知らねぇよ」

「なんや……バンドの後押ししてくれたら思うたのに」

「ま、そっちも気合い入れてやってくからよ」

 正体不明のパトロンなんか、知ってるわけがない。察してはいるけど。

 存在しない金を提供した、存在しない人間。

 もう傍で聴かせてやれないけど、せめて届いて欲しい。最高の演奏をしてみせるから。

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