世紀の裁判(3) MeToo運動のヒロイン?

 18歳の時、イヴリンは「ワイルド・ローズ」というブロードウェイの主役を演じることになった。その舞台を見て、彼女の大ファンになったのがビッツバークのハリー・ソーだった。


 ハリーは毎晩のように、花や手紙をもって訪れた。

 最初の頃、イヴリンはハリーのことが好きではなかった。彼には精神不安定なところがあった。

 でも、18歳の時に腹痛で苦しんだ時、ハリーが駆け付けて入院させてくれて、いろいろと面倒を見てくれた。手術後、医者が静養したほうがよいと勧めたので、ハリーはヨーロッパ旅行を計画したのだった。


 旅の途中でプロポーズされたが、イヴリンは断った。理由をしつこく聞かれて、16歳の夜の出来事を話した。レイプされたから、結婚できない身体だと思ったのである。イヴリンはこの話を、これまで、誰にも話したことがなかった。

 その話を聞いたハリーは「かわいそうな子」と言って泣いた。


 その後、オーストリアの古城で夜を過ごすことになった時、イヴリンはあの時のことを突然思い出して、取り乱した。そして、あのことが自分の中で、トラウマになっていることを初めて知ったのだった。


 アメリカに戻ったイヴリンとハリーは交際を続け、1905年に結婚した。翌年の1906年に英国旅行をすることになり、ニューヨーク港から発つために、マンハッタンに滞在していた。そこで、偶然にホワイトを見かけ、ハリーが射殺してしまったのだった。

 

 ハリーは血の気の多い性格で、短気で喧嘩っ早く、ニューヨークのいくつかのクラブから出禁になっていたし、数日前にも、騒ぎを起こしていることが検察側の調べで判明していた。

 はたして彼を救えるのか。

 

 そんな中、弁護側の質問に対して、2日にわたり、イヴリンが証言台で、ホワイトにレイプされたことを語ったのだった。


 これは「世紀の裁判」として世界中から注目された。

 これは事件が三角関係であること、また寝室の中のことをこれほどあからさまに語られたことがなかったこと、殺したほうも、殺されたほうもセレブであること。女性が若くて美しいスターであることなどが、その理由だった。


 新聞社はイヴリンの証言を一字一句報道し、その売れ行きはすさまじかった。世の中があまりに熱中するので、政府はこれ以後、証言をそのまま載せることを禁止した。


 最初の裁判では陪審員は決定することができず判決が出なかったが、1年後の裁判では、ハリーの母親は、息子が子供の頃から精神状態に問題があったことを詳しく述べたので、彼は「心神喪失」では無罪になり、精神病院に入れられた。(5年後に、彼は病院を脱出するのだが、それはここでは触れない)


 さて、この事件により、ホワイトが建てた多くの建物が壊された。

 

 ホワイトが紳士クラブを結成し、酒に女に男に、好き放題の生活をしていたのは事実なのだが、イヴリンが語ったことが、どこまでが真実だったのか、ホワイトはもう死んでいるので、それはわからない。

 とにかく、48歳が未成年と関係を持ったのだから、どんな状況でも、彼のほうが悪いのだ。


 しかし、検察側の調べにより、イヴリンはソー家から、ハリーが裁判に負けたら1銭もでないが、勝ったら相当額がもらえると言われていたという事実がわかっている。

 また後に、彼女が書いた本には、「証言のかなりの部分を弁護士にコーチされた」とか「自分が一番愛していたのはホワイトだ」とか仰天するようなことが書かれているが、世間はそういうことにはもう関心がないようだ。

 人々の脳裏に深く刻まれたのは、イヴリンの最初の証言にあったベルベットのブランコの部分である。

 


               *



 イヴリンの事件は過去のものではなく、似たような事件は現在にもあります。

 

 アメリカでは、2006年に実業家ジェフリー・エプスタインが児童性的暴行事件で起訴された事件がありましたが、ご存知でしょうか。彼は獄中死をしましたが、この事件についてはまだ真相を調査中です。


 トランプ元大統領も、レイプ事件で民事告訴された裁判が昨年ありました。デポジション(裁判の前に、法廷外で行われる口頭尋問)で、「そういうこと(レイプ)はスターには許される。幸運にも、不運にも、そういうものなのだ」とアホなことを言って、5ミリオンドルの支払いを命じられました。けれど、その直後、相手の女性を嘘つき呼ばわりするSNSを連発したので、女性が「名誉棄損」で訴え、先週、トランプに85ミリオン(日本円だと123億円)の判決が出たばかりです。


 この人が共和党の大統領候補だというのですから情けないですが、彼が相手なら、バイデンさんは勝つでしょう。

 でも、もっと若くて、善良で、頭の切れる政治家はいないのでしょうかね、と多くの人も言っています。


 さて、イヴリンの話に戻りますが、裁判後の後の人生は波乱万丈で、再婚してダンサーの夫と舞台に立ちましたが、注目は集めたものの、結局捨てられたり、映画に出たり、「イヴリン」というクラブを経営したり、また自殺未遂もし、自伝も2冊書きました。

 また晩年はハリウッドに住んで、「赤いベルベット・ブランコの少女」と映画が制作された時には、そのアドバイサーとして参加しました。


 イヴリンのことを強い女性と言えばよいのか、哀しい女性と言えばよいのかわからないのですが、あの夜、彼女がニューヨークで泊まったホテルは、2014年に「イヴリン・ホテル」と改名され、イヴリンはMeToo運動のヒロイン先駆者のような扱いになっています。


この「世紀の裁判」の話は、女性建築家のジュリア・モーガンが、1906年の大地震の後で、スタンフォード・ホワイトが突然死んだことにより仕事を得た、というエピソードの余談として書いたのですが、だいぶ長くなってしまいました。


 次回でおしまいですが、さいごは。カリフォルニアの輝く星のような人の話です。

 

 

 

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