世紀の裁判(2) 赤いベルベット・ブランコの少女

 

1906年の6月25日、その日のニューヨークは暑かった。

 ハリー・ソーと妻のイヴリンは24番ストリートのブリステル・ホテルに泊まっていた。夕方になってイヴリンは美しく身支度を整えて、すでにホテルのバーで飲んでいた夫と落ち合った。


 ふたりはシェリーズというレストランで食事をした後、近くのカフェ・マーチンに移り、そこでは友人ふたりが加わった。

 

 カフェでイヴリンが急に寒さを感じて震えた。ハリーがその態度の変化に気づいてどうしたのかと尋ねたから、彼女は友達に紙をもらって、そこに「The Bが店にはいってきた。でも、もう出ていった」と書いて渡した。


 ハリーは「大丈夫か」と訊き、イヴリンは「イエス」と答えた。

 そのBとはビースト(獣)という意味で、それはスタンフォード・ホワイトのことである。


 ハリーと友達は近くのマディソンスクエア・ガーデンの屋上で上演されているミュージカルを見に行った。

 ガーデン屋上にはすでに何百という人がテーブルを囲んでいた。ミュージカルが始まった11時頃、イヴリンは舞台近くのテーブルにBがいるのに気がついた。これは帰ったほうがよさそうだと友達に言い、みんなでエレベーターのところまで行って振り向いたら、夫の姿が消えていたのだった。


 その時、銃弾が3発聞こえた。

 イヴリンは友達に向かって、夫がホワイトを殺したのかもしれないと言った。

 

 ハリーはホワイトを射殺した後、銃口を掴んだ腕を上にあげ、「妻の人生をめちゃくちゃにしたから殺した」と叫んだという。

 ハリーが警官に誘導されて連れて行かれる時、

「ハリー、あなたは何をしたのかわかっているの」

 とイヴリンが言った。

「大丈夫。ぼくはきみの命を救ったんだよ」

 とハリーが答えた。


           ーーーーーーー


 では時間を巻き戻して、イヴリン・ネスビットがニューヨークに出てきた時から話を始めてみよう。


 1900年の12月末、イヴリンの母親レベッカはペンシルバニアから、娘をモデルとして売り込もうとニューヨークにやってきたのだ。夫が急死し、生活に困っていたので、娘で儲けようと思ったのである。クリスマスの日がイヴリンの誕生日で、16歳になったばかりだった。


 イヴリンは特別に美しかったから、レベッカの見込み通り、ニューヨークについて数日で、仕事が見つかった。

 まず、肖像画家として人気画家ジェームズ・キャロル・ベックウイズ(1852-1917)のモデルに採用されたのだった。

 ベックウィズの名前は聞いたことがないかもしれないが、成功した画家といっても2種類あって、美術館に飾られるような絵を描くタイプと、商業的に成功しているタイプがあり、ペックウェズは後者で、彼は57ストリートにアトリエを持っていた。

 

 ベックウィズは妖精のように美しいイヴリンをとても気にいり、彼女はアトリエに週に2回、モデルとして通うことになった。(その時に、ペックウィズが描いた絵を近況ノートにアップしました)


イヴリンは他の画家からも声がかかったが、それだけではなく、「コスモポリタン」などの有名雑誌の表紙を飾ることになった。そして、ブロードウェイの「フロロドラ」という人気ミュージカルのコーラスガールにも採用されたのだ。母親のレベッカはなかなかのステージママなのだった。


 そのミュージカルを見にきた客の中に、建築家のスタンフォード・ホワイトがいて、イヴリンをとても気にいった。

 時にホワイトは46歳。すでに結婚もしていたし、息子もいた。


 イヴリンの最初の印象は「なんておじいさんなの」だったが、ホワイトはイヴリンとレベッカに対していつも紳士的態度で接してくれた。

 イヴリンを寄宿舎の学校にいれたり、歯科医に連れていって前歯を矯正してくれたから、レベッカは彼に厚い信頼を寄せた。

 

 レベッカが一度、ペンシルベニアに戻りたい意向があるのを知り、ホワイトは旅行の手続きをし、その費用を全額払ってくれた。ちょうどその時期、イヴリンの学校が休みになるので、その保護者として、彼女を見守る役目も引き受けた。


 ホワイトはニューヨークにはいくつかの住まいを持っていたが、イヴリンは友達と彼の五番街のアパートに行ったことがあった。

 それは今まで見たことがない豪華な部屋で、その広間には天井から赤いベルベットのブランコがぶら下がっていた。

 それに乗りたいかと言われたので乗ってみると、彼が背中を押した。天井の梁に傘のハンドル部分が差し込んであって、ブランコが高くなったところで、足先で傘を蹴飛ばすのである。

 その遊びは楽しくて、帰りたくないほどだったが、ホワイトは紳士で、時刻になると帰るように言うのだった。シャンパンも1杯しか飲ませてくれない。だから、イヴリンは彼を信用していた。


 その日、イヴリンはまた夕食に招待されていた。他の客も来ると聞かされていたのだが、アパートに着いてみると、イヴリンひとりだった。他の客が来られなくなったということで、その夜はシャンパンは1杯だけでなく、何杯でも飲むことができた。


 食事の後で、3階の寝室に初めて招かれた。その部屋は壁中がミラーでできていて、そこには、ベッドと緑のソファがふたつ、それだけだった。

 そこにもシャンパンが置かれていて、さらに飲んだところで気を失い、翌朝、気がついたら裸で寝ていて、彼女はレイプされたことを知ったのだった。

 

 これは大変なことが起きた。もう結婚できない身体になってしまったと思ったけれど、混乱していて、どうすればよいのかわからなかった。ただ母親には、死んでも言えないことだと思った。


 翌日、ホワイトがイヴリンの宿泊先にやって来て、これは誰でもやっている普通のことなのだから気にするな。誰にも言ってはいけないと口止めをした。 


 数日後、イヴリンはふたたびホワイトのアパートを訪ね、次の6ヶ月は、毎日のように通ったのだった。

 でも、彼のアパートにいたのは自分だけではなく、他の少女たちが何人も出入りしていて、あのベルベットのブランコに、裸で乗っている少女もいた。


 17歳の夏には、イヴリンはホワイトから真珠やダイヤモンドのはいったネックレスをプレゼントをされた。

 

 

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