ミセス・ホプキンズの再婚(6) 財産が流れた先は

 エドワードが死んでから半年、1920年の秋、またある裁判が始まった。今度は訴えたのはエドワードの甥のアルバート・シアレスで、訴えられたのは秘書のアーサー・ウォーカーだった。


  その時の法廷の記事が残っているので、それを再現してみたい。


 質問するのはアルバートの弁護士のウィップル、答えるのは元秘書のアーサー・ウォーカー自身である。


「私の依頼人もシアレス氏なので、混乱を避けるために、ここではエドワード・シアレス氏をエドワード氏と呼ばせいただきます。ウォーカーさん、あなたはエドワード氏のところで、秘書として働いておられましたね。どんな仕事をしていたのか、説明してください」

「ビジネスや法律関係の手伝いをしていました」

「エドワード氏は、ここ数年、どんな様子でしたか」

「どんな様子と言われましても」

「エドワード氏はニューヨークにいる時には、マンハッタンに邸宅があるにもかかわらず、小さなМホテルを定宿にしておられましたね」

「はい」


「そのホテルの受付の話ですが、ある夜、エドワード氏が突然やって来て、10ドルの宿代が払えないと泣き出したということですが、その話を知っていますか」

「いいえ」

「彼は億万長者ですから10ドルなんか、払えないわけがありませんよね。彼が精神的に病んでいて、妄想を抱いていたのでしょうか」

「わかりません。私は見ておりませんから」

「それでは、そのホテルの受付を証人として連れてきましょうか」

「その必要はありません。その人がそう言っているのなら、そうなのでしょう」


「その他にも、エドワード氏が錯乱したり、泣き崩れた様子を見た人が何人もいます」

「そうですか。私は見てはおりませんが、そんなことがあったのかもしれません」


「そんな精神状態の人に、遺書を書く能力があったのでしょうか」

「エドワード氏は芸術家です。普通の人とは違っていましたから、普通の基準で判断することは難しいでしょう」


「エドワード氏は偏屈な変人ということですか」

「そういう解釈もできるでしょう」

「女嫌いという噂ですが」

「人間嫌い、と言ったほうがよいでしょう。先にも言いましたが、芸術家ですから、感情的ですし、難しい人です」

 この答弁から、われわれはアーサーという秘書はただの秘書ではない。一筋縄ではいかない男だということがわかり、ぎくりとするのである。


「話は変わりまして、アンジェロ・エリソンというギリシアの少年をご存知ですか」

「はい」

「とても美しい少年とか」

「美しさというのは人の好みによりますが。はい、美しい少年だと言えます」

「彼は誰ですか」

「使用人のひとりです」

「給料を支払われていたのですよね、ここ6年間も」

「はい」

「アンジェロはどんな仕事をしていたのですか」

「さまざまな仕事です」

「では、アンジェロは庭仕事をしていましたか」

「いいえ」

「家の掃除をしましたか」

「いいえ」

「お茶をいれましたか」

「いいえ」


「使用人の誰も、彼が働いたところを見たことがないと言っています。アンジェロは使用人というより、親子、恋人、愛人、に近かったのではないですか」

「それは解釈によります」

「アンジェロがエドワード氏に送った手紙が残っています。親愛なるダディ、ダーリン・ダディ、白髪ボーイなどと呼んでいますね」

「そうですか」


「中には、あなたの筆跡と思われる手紙がありますが」

「アンジェロは学校に行っていなかったので、書き方がわからないから代筆してほしいと頼まれたことがありました」

「アンジェロは今、どこですか」

「知りません」


「そうですか、知りませんか。アンジェロが兵役で、軍隊に召集されたことがありましたよね」

「はい」

「その時、エドワード氏は非常に取り乱され、ありとあらゆるコネを使い、彼を免役させました」

「はい。コネを使ったかどうかはわかりませんが、アンジェロは兵隊には行きませんでした」

「エドワード氏はアンジェロなしでは生きてはいけない。そのくらい必死だったのではないでしょうか」

「戦争が嫌いなのは、エドワード氏だけではないでしょう」


「エドワード氏はアンジェロの写真を寝室に飾っていました。本当ですか」

「はい。でも、寝室には、他にも、いろいろな写真があります」

「アンジェロの写真は特別で、まるで崇拝していているようだったと聞きましたが」

「それも、解釈の仕方ではないでしょうか」


「昨年、つまり亡くなる前の年、エドワード氏とアンジェロは、旅行に出かけましたね」

「はい」

「エドワード氏はひと足先に帰り、アンジェロだけがギリシャの親類のところに寄り、少し遅れてエドワード氏の屋敷に戻りましたよね」

「はい」

「でも、ふたりが会ったのはその日だけで、アンジェロはすぐに他の場所に住むように言われ、それ以来、会うことが許されませんでした。それは、あなたの指示ですよね」


「はい。エドワード氏は旅行から帰った後、身体を壊しました。医者から、誰にも会わせてはいけないと命令されていましたから」


「エドワード氏はアンジェロが自分を捨てて去ってしまったと思いこみ、それが原因で病気になったのではありませんか」

「いいえ。彼は12月にニューヨークで倒れて手術をしたのですが、うまく回復しませんでした」


「つまり、エドワード氏は、春頃には、肉体的にも、精神的にも、弱っていたということですね。それは認めますか」

「健康ではありませんでした」

「そんな人が、亡くなる2週間前に、遺書を書き直せるでしょうか」

「遺書のことは知りません。ずうっと前に、書いたものだと思っていました」


「そうでしょうか。エドワード氏は遺書を書き換えて、財産をアンジェロに残したかったのではありませんか」

「わかりません」


「ウォーカーさん、遺書を書き直させたのは、あなたの入れ知恵ではないでしょうか。あなたが遺産の受け取り人を甥からアンジェロに変えたらどうかと提案したのではないですか。遺産をあげると言ったら、アンジェロはきっと会いにくるだろうとエドワード氏に提案したのではないですか」

「何のことか、よくわかりません」


「エドワード氏に、あなたはこう言ったのではありませんか。

 遺書の受取人をアンジェロの名前に変えたら、アンジェロはあなたの愛を感じて、きっと戻ってくるでしょう。

 でも、そのことが世間にわかったら、変な噂が流れてしまう。

 だから、受取人をまず秘書のあなたにしておいて、あなたからアンジェロに渡すことにするという、そういう提案をしませんでしたか」

「していません」

「アンジェロに会いたいばかりに、エドワード氏は、その罠にまんまとひっかかった、ということではありませんか」

「言いがかりですよ」


「では、遺書が書き直された後、どうして医者が変わったのですか」

「医者が休暇に行ったためです」

「部屋に付き添っていた3人の看護婦は、どこへ行きましたか。いくら捜しても、見つかりません」

「存じません」

「あなたは遺書が書き直された後、エドワード氏の気が変わるのを恐れて、急いで毒殺したのではありませんか」

「まったくの濡れ衣です」


まるでテレビの裁判ドラマのようで、続きが見たいものだが、実際の裁判はここまで。これも、法廷外調整に持ち込まれ、甥がかなりのお金をもらって落着したのだった。


 

裁判の後、間もなく、エドワードが、実は秘書によって毒殺されたのだという噂が世間で囁かれ始めた。その噂の波紋はだんだんと大きくなり、ついには大波になり、地区検事がこの噂を抑えるために、エドワードを解剖することを発表した。

 

 エドワードの棺桶は墓場から掘り起こされ、遺体には冷たいメスがはいった。永遠の眠りを妨げられエドワードを気の毒に思わないばかりか、まあ、そのくらいは当然だろうと思った人々は少なくなかったようだ。

 しかし、遺体から毒は見つかることはなく、エドワードは再び、土の下に戻されたのだった。


 というわけで、マーク・ホプキンズの稼いだお金は妻のメリーへ、メリーからエドワードへ、エドワードからアーサー・ウォーカーへと流れていき、その先はどうなったのかは不明である。あまり感じのよい結末ではないが、世の中には、こんな話もあるのである。


 今、サンフランシスコにあるホテル「インターコンチネンタル・マーク・ホプキンズ」はかつてホプキンズ家があったところ。

 その屋敷はメリーの死後、エドワードが美術学校に寄付したが、地震の後、美術学校が移転し、今のホテルが建った。

 最上階のバー「トップ・オブ・マーク」は有名なバーで、そこに飲みにくる人々は、マーク・ホプキンズという大金持ちがこのホテルを建てたと思っているようだが、彼はこの場所に住んだこともない。


                *


マーク・ホプキンズホテルのロビーをはいると、右側に「マーク・ホプキンズ美術館」と書かれた小さなスペースがある。

その部屋の左壁にはマーク・ホプキンズの、右側にはエドワードの肖像画が飾られている。でも、肖像画の説明がないから、それが誰なのかわかる人は少ないだろう。

 そして、その部屋のどこを探しても、メリー・ホプキンズの名前も、写真もない。

もともとここに豪邸を建てたのはメリーなのだし、遺産をエドワードに残したのもメリーなのだけれど、彼女の存在は全く感じられない。

 同じ再婚をした未亡人でも、アラベラ・ハンティントンとメリー・ホプキンズではこんなにも違うのだと気の毒に思ったりする。




 







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