アイツのためなら

紫吹 橙

冷酷にだってなるさ

 ここに一人の男がいた。

 その男は騎士である。

 男には噂があった。

 敵と見なした者には容赦がない。

 騎士団の副団長にまで上り詰め、下っ端の者に対する態度も厳しい。

 訓練の内容も休む暇がないほどのキツイものだ。

 そして、目が冷たい。

 男のあだ名は冷酷騎士。

 誰も彼の笑顔を見た者はいない。

 

 だが、男だって笑えていた時があった。

 冷酷じゃない時だってあった。

 好きな人がいた時だってあった。

 全力で遊んでいた時だってあった。

 これは、そんな男の昔の話である。


 男はとある村で産まれた。

 すくすくと元気に育っていった。

 そして、一人の女の子と出会った。


 その子は活発でよく動き回る子。

 そんな彼女と、男は仲良くなっていった。

 いわゆる幼馴染というものだ。


 彼女は人助けをすることが好きだった。

 彼女は心優しく、人懐っこい。

 彼女は、村の人たちに大層頼りにされた。

 彼女は頼りにされる度に自分のしていることに誇りを持つようになった。

 

 毎日を楽しく過ごす彼女に男は次第に惹かれていった。

 

 男は、彼女への気持ちを隠した。

 この気持ちは迷惑になってしまうからと。

 必死に隠した。


 そうして時が経ち二人が成人になったある日……

 

「私、騎士団に入って外から村を守るわ!」


 と、彼女が言ったのである。

 当然男は困惑した。

 今までそんな話は聞いていなかったのだから。


「どうして?」

「私、村のことが大好きだから!だから、守りたいの。自分にできること全部やりたい‼︎そう思ったんだ」


 彼女は拳を作りそう言った。

 男はそう言う彼女に対して、なにも反論することはできなかった。

 決意した彼女が、簡単には意見を曲げないのを知っているから。


「分かった。行ってらっしゃい」

「結構すんなりだね?止められるかと思ったんだけど…」

「止めても行くでしょ?」

「ふふっ、もっちろん!ねぇ、一つ頼み事をしてもいい?」


 彼女は、男に頼み事があると言った。

 男は自分にできることがあるのかと悩んだが


「なんでも」


 と、答えた。

 帰ってこれるかも分からない彼女の願いは叶えてあげたいと思ったから。

 その返事を聞いた彼女は、ニッコリと満足そうに笑った。


「私がいなくても、元気でいてね。それと、この村を内側からも守って。頼み事は、それだけだよ」


 彼女は自分がいなくなってからの男のことを不安に思っていた。

 何故なら、男は不器用で人に自分の感情を伝えるのを苦手としていたから。

 自分ならば、分かってあげれたけどそんな自分がいなくなっても彼は大丈夫なのか。

 彼女の不安はたったそれだけだ。

 

「もちろん。リリィも気をつけてね」

「うん、またね。見送りには来てよ?」

「はいはい」


 そうしてこの日彼らは、道を分つことになった。

 二人一緒に歩んできた日々だったが、これからはそれぞれで歩むことになる。


 数日後。

 騎士団として彼女が旅立つ日。

 男は見送りに来ていた。

 彼女は騎士団の列を少し抜け男の元に駆け寄った。


「来てくれたんだ!」

「来いって言ってたでしょ」

「ふふっ、ありがと。じゃあ、私行ってくるよ。お願い忘れないでよね。約束」

「あぁ、約束」


 男達は小指を結んだ。

 互いに想いあっていることは確かなのに、想いは伝えなかった。

 けれど……


「君が帰ってきたら、伝えたいことがあるんだ。聞いてくれる?」

「?うん!」


 そう言って彼女は列に戻っていった。

 男は彼女が帰ってきた時に伝えようと、決めた。

 彼女が無事に戻って来れるかは分からないが、それでも自分の言葉を気がかりに生きて帰ってほしい。

 そう思ったから。


 だが、それが間違いだったとのちに知ることになる。


 数年後。

 男は、リリィが言った通りに町を守るようになった。

 といっても、町の人たちが困っていたら手伝いをするとかだが。

 男にとってはそれも進歩なのだ。


 リリィ以外の人とあまり関わって来なかった男からすれば。

 自分が町の中に溶け込んでいるその状態が不思議に想いつつも、嬉しくてたまらないのだ。


「今日もありがとうねぇ。そうだ、今日は騎士団のみんなが帰ってくる日じゃあないかい?」


 男に困っていたところを助けられた老婆が言った。


「そうですね」

「あら、楽しみじゃないのかい?」

「楽しみですけど、同時に不安もあるんです」

「若いっていいねぇ。私も昔は色々あったもんだよ…けど、待っていた子がやっと帰ってくるんだろう?しっかりしな!」


 老婆は男の背中をバシッと叩いた。


「っはい!」

「その意気だ!」


 老婆に背中を押された男は走った。

 騎士団が帰ってくる場所に。

 少し待つと、行く時と同じように列をつくり騎士団は帰ってきた。


 帰ってきた、のだが——

 いくら探しても彼女の、リリィの姿は見つからなかった。


 男はその意味が分からず、騎士団の列に聞きにいった。


「あのっ、リリィっていう隊員がいたと思うんですけど、どこにいるんですか⁈」


 男は一番前にいた人に聞く。

 すると、その人は目をパチクリさせてから


「彼女は、もう…」


 男はその言葉で全てを察した。

 彼女はもう帰って来ないのだと。

 無事ではなかったのだと。


「そう、ですか…」


 膝が崩れそうになりながらもその場を離れようとした。


「待ってくれ!君に、これを…彼女が『私のことを聞いてくる人がいたら渡して』と言っていたものだ。君のことだろう?」

「ありがとうございます…」


 男はそれを受け取りその場を去った。


 その花はクローバーと、シロツメクサ。

 意味はどちらも、"約束"という意味である。

 つまり、彼女は『約束を守ってね』ということを伝えたかったのだ。


 男はその意味がわかった。

 だから、もっと強くなろうと考えるようになった。

 内側からだけでなく、外側からも町を守れるようになろうと。

 彼女が守ろうとしたこの町を自分の力で—


 そのために男は、トレーニングを始めた。

 力をつけるのなら筋肉だ!と思ったのだ。

 もちろん、剣の修行もした。


 毎日毎日、ひたすらに腕立てや腹筋をした。

 そんな男の身体はみるみる内に変わった。性格もだ。


 臆病で身体もヒョロヒョロだった男は、屈強な肉体になり、泣き虫ではなくなった。

 そうして、男は騎士団に入ろうとあの時の人に会いにいった。

 騎士団の列の一番前にいたあの人なら、自分を騎士団に入れてくれるかもしれないと。


「お願いします!僕を、騎士団に入れてください!」


 男は頭を下げ頼んだ。


「君は…リリィの友人?だったな。身体つきが随分変わったようだが」

「あれから必死にトレーニングしたんです。強くなろうって。彼女との約束を守ろうって。だから、お願いします‼︎」


 男はもう一度頭を下げた。

 誠意が伝わるようにと。


「うーむ、君の頑張りは認めよう。だがな、騎士団に入りたいと言うのならば、テストを受けてもらおう。それなりの覚悟はあるのだろう?」

「はい、もちろん」

「よろしい…では団長である私の部下と戦ってもらおう」


 団長は指をパチンっと鳴らした。


「お呼びでしょうか!」


 男が出てきて団長の横に立った。


「ああ。早速だが、そこの彼と模擬戦をしてくれ。君も退屈をしていただろう?」

「よろしいのですか?僕、久々なので加減を間違えるかもしれませんが」


 その男は目をギラギラさせている。


「よい。彼の覚悟を確かめるためだ」

「そういうことならお任せください!」


 男が口を挟む。


「あの、僕は了承していませんが」

「この条件をのめないのであれば、君を騎士団に入れることはできないが?私は団長だからねぇ。それぐらいの権限はあるのだよ」


 男は悩んだ。いくら自分が鍛えたからと言っても負けてしまうのではないかと。

 だが、戦わなければいけない。

 そうしなければ、彼女との約束が遠のいてしまう。

 ならば、答えはただ一つ。


「分かりました」


 男は真っ直ぐ団長の目を見た。


「うむ。では修練場に行こうか」


 皆は移動した。

 そして修練場にやってきた。


「さて、始めてもらおう。時間は指定しない。どちらかが倒れるまでだ。始め!」


 手を叩いた。

 それが始まりの合図。

 それを聞いた瞬間に好戦的な男が、向かってきた。

 戦いを受けた男は模擬刀で素早く防いだ。

 が、ある程度対戦経験を積んでいる者にはそんなのは関係ない。


 すぐ次の手にかかった。

 隙があると、足を狙った。

 人は足を狙われると、すぐには反応ができない。

 ましてや、それが自分よりも背が低い相手からの攻撃であるなら。


 男は体制を崩した。

 

「もう終わり?弱っちいな〜」


 好戦的な男はケラケラと男を見て笑う。

 自分が戦ってきた奴のどれよりも弱いとでも言うかのように。


 男にとってそれは屈辱であった。

 自分はあれから鍛えてきた。

 体力だってつき力だって強くなった。

 そう思っていた。なのに、今負けかけている。

 ここで負けてしまえば、リリィとの約束をは守れないかもしれない。

 それは、それだけは


「絶対に嫌だ!」


 そうして男は体制を持ち直した。

 男のこの宣言に、団長は不敵に笑った。

 「君はそんな顔もできるのか」と言うかのように。


 男は人が変わったかのように、模擬刀を振った。

 対戦相手に隙を見せないように。

 自分に有利に進むように。


 男は振り続けた。

 そして相手が体制を崩しかけたのを見逃さなかった。

 そこを狙い足をはらった。


「ぐえっ」


 男の対戦相手は倒れた。

 正確に言えば尻餅をついた程度だが。

 だが、それが男の勝利を示していた。

 団長が出した条件は、どちらかが倒れたら終わり。


「か、勝った…」


 男がそう言うと、拍手の音が聞こえてきた。


「おめでとう。君の勝ちだ。今日から君を騎士団に迎え入れよう」

「ほ、本当に?」

「ああ。テストに合格したのだからな」


 団長は頷いた。

 男はガッツポーズをする。よっぽど嬉しかったのだろう。


「あーあ、負けちった。僕が負けるなんてねぇ。油断しすぎたかな。ま、これからよろしく」


 対戦相手の男は、握手をしようと手を差し出した。

 男はその手をとった。


「よろしくお願いします!」

「ん、僕の名前はギーツ。困ったことがあったら頼ってな」


 戦っていた時は好戦的な態度だったギーツ。

 今は少し穏やかな雰囲気になっている。


「さぁ、これから忙しくなる。君にもしてもらうことが山積みだ。ついてこれるかい?」


 団長が男に向かって言う。

 男はもう一度決意した。

 必ず約束を守ると。


「もちろんです」


 男は頷く。


「その顔なら大丈夫そうだな。そうだ、君の名前は?」

「僕は、僕の名前は、トールです」

「そうか。トール、これからよろしく」


 さて、ここで男の昔話は終わり。

 ここからは、約束を守るために自分と部下に厳しくなっていく。

 それでも、部下にはそのストイックさを慕われている。

 だからこそ、トールは副団長にまで上り詰めたのだ。

 彼がリリィとの守れたのかは、またどこかで……

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アイツのためなら 紫吹 橙 @HLnAu

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