第2話 生徒会



門付近は登校する学生たちでごった返していた。


ある者は知り合いと笑顔で挨拶を交わし、またある者は気だるげに肩をすくめながら、目立たぬように校門の端を足早に通り抜けていく。そして僕たちもその列に続こうとしたとき、黒塗りのリムジンが静かに近づいてきた。


銃弾も弾き返しそうな重厚なボディ。ミニバス並のホイールベース。エンジンはかかっていても、止まっていても分からないくらいの静音設計。学生にはおよそ似つかわしくない車がスムーズな制動で、校門前に横付けされる。


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


タキシードに身を包んだ白髪の紳士が後部座席の扉を開く。そして長い黒髪を手で押さえながら優雅に降りてきた一人の少女に向けて恭しく頭を下げる。


「ありがとう」


少女は艶のある唇をそっと動かし礼を言うと、颯爽と歩き出す。その動きは洗練されていて、淀みがない。


いつの間にか、周囲の足音やら喧噪が消え去っていた。僕と鏡花を除く誰もが彼女の一挙手一投足に意識を奪われている。


彼女の名は、葉山悠里はやまゆうり。二年生。

この学園の生徒会副会長である。


ちなみに幸運値は素の状態で『26』。


何故かは知らないけど、かなり低い。


そんな彼女の父親は、日本有数の老舗商社、葉山物産の社長だ。

『ペン先からロケットまで』を扱うといわれる総合商社・葉山物産は東京都に本拠をかまえ、社員をあらゆる事業に展開してこの国の経済の根底に根付いている。


「は、葉山副会長っ、お、おはようございますっ!」 

「ええ、おはよう。皆さん」


葉山さんが髪をかき上げながら優雅に挨拶を返すと、周囲の女子生徒から黄色い歓声が沸き上がった。


学業優秀、スポーツ万能、そして類稀な容姿に恵まれた彼女は、学生でいながら葉山グループの広告塔を務め、その名は全国に知られている。


だからこそ、彼女の『26』という幸運値が未だに理解できない。


「まるで可憐な花……朝からいいもん見た……」

「ああ……」


そして男子生徒諸君は、口を半開きにしながらその光景を遠巻きに眺めている。

娘を溺愛する葉山さんの父親も有名だ。彼女に声を掛ける悪い虫は叩かれるどころか物理的に消される恐れがある。危険すぎる綱渡りを試したいとは思わないのだろう。


そうして高嶺の花という金看板ができあがる。


「悠里ちゃんは相変わらず人気者だね!」

「そうだね。誰かさんと違って」

「ちーちゃんはいちいちわたしを貶めないと気が済まないのかなぁ!?」

「いはい(いたい)」


鏡花は僕の両頬をぐりぐりとこねくり回した。

軽い冗談なのに。


「あ…………っ!」


そんなミニコントをやっていると、葉山さんが僕たちに気づいた。

……なんか一瞬すごい形相したけど。


「ちょ、ちょっとごめんなさい、皆さん通してくださいっ」

「あ、は、はい……」


女子生徒たちは慌てて道を開ける。すると、葉山さんはこちらに向かって小走りで駆けてくる。

お嬢様にはおよそ似つかわしくないその行動に、周囲の視線がさらに集まっていく。


「か、会長っ! おはようございます!」


ぱたぱたと僕の前にやってきた葉山さんは、元気に深々とお辞儀しながら言った。


「おはようございます、葉山さん。本年度もよろしくお願いします」


同じように頭を下げて挨拶を交わす。

僕と葉山さんは、先ほど彼女が言ったようにこの学園の生徒会長と副会長の関係にある。


この学園の生徒会は特に上下関係に厳しいという伝統は無いけれど、彼女は決して朝の挨拶を欠かさない人だった。

普段なら僕の方が先に登校していて、彼女とは基本生徒会室で挨拶を交わすことが多い。

今日はたまたま校門前で鉢合わせてしまったので、周囲が面食らってしまったようだ。


「あのー悠里ちゃん? わたしもいるんだけど……?」


僕の背中から不満げな表情の鏡花が顔をのぞかせる。


「……あら、鏡花さんもいたのね。ぜんぜん気が付かなかったわ」


すっと頭を上げた葉山さんの目に光りはなかった。

ちょっと怖いです。


「どう見ても目があったし! わたしだけすっごい睨まれたし!」

「気のせいよ。……あっ、会長、せっかくなので生徒会室まで一緒に行きましょう! 鞄をお持ちしますね!」

「いえ、貴女がそんなことをする必要は――」

「さあ、行きましょう! 皆さん、お退きになって!」


僕が言い切る前に鞄を奪い取られた。目にも留まらぬ早さで。

そして周囲を手で払い恫喝しながらズンズンと門をくぐる。


正直、どの角度から見ても危ない人だ。周囲の生徒たちも目が点になってるし。

できればいまからでも他人のフリさせてくれないかな……


「悠里ちゃんって相変わらず変わってるよねー……主にちーちゃんに対して」

「去年はあんな人じゃなかったんだけどね……」

「そうそう、最初はちーちゃんにめっちゃ敵愾心出してたよね。なんかあったの?」

「うーん……」


たしかに出会った頃の葉山さんは、僕に対しもっと刺々しい感じだった。

学力テストや体力測定など、事あることに対抗心を剥きだしにして突っかかってきたくらいだし。

それがある日を境にして対応が180度――いや、540度くらいの勢いで一変した。


出会ってからちょうど1年くらい経つけれど、僕は未だに彼女のことがよくわからない。

幸運値がわずか『26』しかないことも含めて。


先天的な面で十全に恵まれている葉山さんがこれまで大きな失敗をしたという話は聞いたことがないし、この先もあるとは思えない。

日本人として生まれてくるだけでも幸運で、たとえ路上生活を送る人でも平均して『30』前後あるなかで、なんで彼女だけが……。


考えられるとしたら、努力しても決して何かが報われない系か……。


「いまのところ覚えはないかな」

「ふぅん、まあいいや。せっかく悠里ちゃんが露払いしてくれてるんだから、わたし達も行こっか」

「露払いって……」


そもそも僕は神霊でも貴人でもないし。

って反論する前に、鏡花も行ってしまった。

……僕の周りは今日もカオスだ。


「あ、東雲会長だ! おはようございます!」

「おはようございます」

「東雲くんおはよー!」

「おはようございます」

「オザァーッス!」

「おはようございます」


同級生に先輩、そしてクラスメイトたちと挨拶を交わしていると、前を歩く鏡花がくるりと振り返った。


「ちーちゃんも人気者だねっ!」

「…………」


ニカっと太陽みたいな笑顔で言った。

直視したら目が潰れそう。











朝の生徒会室。


部屋を縦断する二列の長机。僕は窓際に設置された専用のデスクへ向かうと、役員たちが一斉に立ち上がった。


「「「おはようございます」」」


斜め45度のお辞儀と発声のタイミング。その所作は一切の乱れもなく洗練されており、さながら軍事会議の様相に僕はドン引き。

下手人はすぐ解った。下を向いて満足げな表情を浮かべておられる副会長だろう。


「………おはようございます」


これが悪しき慣習とならないように今後是正していくとして、僕は挨拶を返して手で座るように促した。


この学園は役員選挙などは無く、毎年10月に現職の生徒会長が次代の新会長を指名するという形で引き継がれる。

僕は当時三年生だった優月ゆづき会長から強引に指名され、一年生にしてこの役職に就いた。


本年度も引き続きよろしくお願いします、と前置きして今日の活動内容について再確認をする。


「本日は体育館で始業式、記念講堂で入学式が行われます。私たち生徒会役員は主に入学式を補助する役目を担っていますので、私と葉山さんは来賓のご案内を、それ以外の方々は新入生と保護者のご案内をそれぞれ担当することになります。何か質問はありますか?」


前期の終わりに各自に合わせた予定表を配布していたので、質問や意見は出ることはないと思っていたのだけど、書記を務める先輩の手が上がった。


「はい、なんでしょうか?」

「え、えぇっと……」


先輩の顔は明らかに引き攣っている。言いたくても言えないような。


様子を伺うようにして、ちらちらと葉山さんの顔を見る仕草で僕はようやく得心がいった。


朱里あかりさんのことでしたら放っておいても問題はありません。あの人は初めからこの計画表には含まれておりませんので」

「~~~~~~っ!」


そう吐き捨てるように淡々と言うと、葉山さんが頭を抱えだした。


葉山朱里。

副会長――葉山悠里さんの双子のきょうだい。


僕と朱里は不倶戴天の敵同士なのだ。


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