僕は人の『運』を換えることが出来る

がおー

第1話 プロローグ




だいたいの人間は、その努力と選択に応じた人生を送ることになるが、その中でも特に二種類の人間がいるとされる。


『持っている人』


『持ってない人』


細分化していければキリがないので『100』と『0』の極端な例に分ける。


主に前者は生まれたときから人生がイージーモード。

親はだいたい子煩悩かつ裕福で、人との良縁も約束され、努力は無条件で世間に認められる。

仮に家が裕福でなくとも、遺伝的優位性により身体能力あるいは容姿に恵まれ、その持って生まれた才能を発揮できる環境に身を置いていることが多い。

いわゆる勝ち組の人。


たとえその前提条件が悪く、日々の努力を怠っていたとしても『持っている人間』は、なんとなく買った宝くじが1等賞だったり、道ばたで倒れたお爺さんを助けたら大企業の会長だったりと、ある日とてつもない幸運――自分以外が関わる運の要素によって人生が大きく好転する機会に恵まれる。



その一方で『持ってない人』も確実に存在する。


生まれつき身体が弱かったり、他人ひとの何倍の時間を掛けて努力しても決して報われない人間のことだ。


良かれと思ってやったことが裏目に出るのは当たり前。

周囲にいる人間、近寄ってくる人間は皆揃って自分に対し悪意を持っている。


極端なことをいえば、誰か一人を犠牲にして生き残る世界があったとして、じゃんけん負け残り勝負を行えば1/2を外し続けた一人が確実に選ばれる。


――そういう類い稀な運のなさを持つ人間が、この世界には存在する。












「ふむ……この人は『72』で、この人は『84』か……」


テレビに映る人を値踏みするようにしてそう呟いた。


芸能関係の人はだいたい数値が高いのは経験上すでに分かっている。

それでも新鋭の俳優やアイドルを見ると、つい言葉にして比較してしまうのが僕の悪い癖だ。


幼い頃はいったいなんの数値か分からなくて両親にも相談したけれど、とうぜん頭の方を疑われ、本気で心配された僕は何度も病院や児童相談所に連れて行かれたのはもう過去の話。


僕は『72』と『84』の人を視界に捉えているうちに、その数値を『78』と『78』に変更した。


二人とも元々が高い数値だからこの先の人生にとてつもなく大きな影響を与えるとは思わないけど、それでもやらないよりはやった方がいいのだ。


……『84』だった人にはちょっと申し訳ないけれど。



僕は生まれつき、人の『運』を数値化したものが見える。


――その数値を変えることができる。



この異能ともいうべき能力は、憎らしいほどによく考えられている。

数値を変えるといっても何でもご自由に、という訳にはいかない。

条件がいくつかある。


①対象者が存命かつ僕の視界の中に顔がはっきりと映っている人物。

②対象者の2名が一定の距離内にいること。

③対象者が過去に数値を変更された人ではないこと。


そして一番重要なのは、変更できる数値には限りがあるということ。

たとえば、数値が『50』の人と『50』の人を同時に『100』と『100』にすることはできない。

片方を『100』にするにはもう片方を『0』にするしかないのだ。


だから、厳密には『変える』というよりも『換える』だろう。


何かを得るには、何かを失う必要がある。この異能は決して世界を救えない。



その事実を僕に知らしめるためなのか、戒めるためなのか。次にテレビに映ったのは、難民キャンプで暮らすアフリカの人たちだった。


あっちを見てもこっちを見ても、一桁の数字ばかりが僕の目に浮かぶ。


残念だけど、こういう人たちを根本から救う手段はほとんどない。

元々の『運』が極端に低い数値だから、僕の異能で均等化しても結局は焼け石に水なのだ。


彼らに寄り添って物資を配給する国連やNGOの職員、あるいはボランティアの人たちは相対的に高い数値だけれど、リスクを負い、身を削ってまで人を助けようとする人の『運』の値を下げる訳にはいかない。

運に見放された職員が一人辞めれば、おそらく百を超える難民がさらに泣くことになる。だから、難民の一人と職員の一人を同じ天秤に載せるようなことはできない。


僕にできることといえば、同じ立場の人間を同じスタートラインに立たたせることくらいだ。仮に数値が『50』の人同士なら、あとは本人の努力次第でいかようにもなるのだから……。











季節は春。天候は晴れ。朝の通学路。


古臭いメモ帳風の学生証を手の中で弄ぶ。

最近ではカード化されているところも多いというのに、我が校ではアナログ全盛だ。

色気のない裏表紙に、学園での僕の立場が記述されている。


根津ねづ学園高等学校。二年生。東雲千明しののめちあき


無味乾燥な文字の羅列。

学生証のページをめくって校則一覧を斜め読みする。


『バイトは禁止、買い食いも禁止、外出時は制服着用で、夜は19時までには自宅に戻りましょう』


どこの大正時代か。


古典的すぎて半ば有名無実化している。

今時遵守する生徒はきわめて少数派で希少価値、絶滅危惧種だ。

21世紀を生きるZ世代は意外にたくましい。建前本音を使い分け、二枚舌を三枚にして学園生活を生き延びる。


学生証を仕舞い、鞄から本を取り出した。

時折吹き抜ける突風を煩わしいと思いながら通学路を進む。

髪が乱れようと、服が乱れようと構わないが、参考書のページを乱暴にめくるのはやめてほしい。


それから、もう一つ煩わしいことがあった。


「ねえねえ、何読んでるの?」

「…………」


僕と参考書の周りを、一人の女子がぐるぐると回っている。


「ねえってばっ! ちーちゃんっ!」


その声に仕方なく僕は参考書から目を離した。


鏡花きょうか。キミも今日から二年生だ。少しは先輩としての自覚を持って行動してほしい。それからちーちゃんって言うな」

「えー……でもちーちゃんは昔からちーちゃんだしー……」


不満そうに口を尖らせるのは、僕の幼馴染みである風見かざみ鏡花。

亜麻色のセミロングの髪をいじりながら、なおも僕の手のなかにある本を覗き込もうとする。


「うーん……やっぱり英語は解らないなぁ……」

「英語じゃない。ドイツ語だ」

「え、なんでドイツ語の本なんて読んでるの? 英語じゃダメなの?」


鏡花は口に指を当てて首をかしげる。


「英語版はもう読んだから」

「じゃあなんで二回も読む必要があるの?」

「…………」


将来のためとか、第二外国語の習得のためとか、説明はいくつも思いついたけれど、どうにも鏡花を納得させられる気がしなかった。

それに、これが医学書であることは教えないほうがいいのだろう。

自分からあえて雰囲気を悪くさせることはない。


「そんなことより早く行こう。新学期初日に遅刻はよくない」

「はーい。ちーちゃんはいつも真面目真面目」

「どこかの不真面目よりよっぽどいい」

「あー! それってわたしのこと!?」

「さあね……」


そういって僕が歩度を早めると、彼女が慌てて追ってくる。


「あ、そういえば春休みにね――」


道中、鏡花は春休み中の旅先であんなことやこんなことがあったと事細かに話した。

その内容がどれも幸運だったいうことを添えて。


前を見ながらそれを嬉しそうに話す彼女の横顔を見る。


『100』


その数字はどこまでも重く、そして罪として、僕の胸に刻まれている。

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