第95話 成長する剣

 昼下がり。今日は非番のジェクサーが型の手直しをしてくれる日だ。裏の馬場で毎日の修行の成果を見せるのである。



「で、今日は二人とも民族衣装での練習ですか?」



 ミチャもルノルノも嬉しくてつい着てきてしまった。



「ま、せっかくラーマさんが作ってくれたし? それに、ほら、民族の剣術なんだからこれが正装かなって思って……」



「ものは言いようですけど……。まぁ、私は構わないですが、他の奴隷の方々には……」



「わかってまーす。依怙贔屓されてるって思われるってことでしょ?」



「そういうことです」



「ちゃんと気をつけまーす」



 ジェクサーは苦笑いした。



「それを着てうろうろしてる時点で気をつけていないんですけどね」



 ルノルノは木剣を振って、ラーマが作ってくれた民族衣装との相性を確認する。


 袖がもう少し邪魔になるかと思ったがそこまででもなかった。



「では、まず演武を見せて下さい。まずはミチャから」



 ミチャの演武は勇壮だ。足の踏み込みはしっかりと大きく強く出来ていて、一撃一撃に重みがある。しかし同時に軽やかさとしなやかさも同居している。華やかとは言い難いが無駄も隙も無い剣術と言えた。



「いいですね」



 ジェクサーはその技の流れ、切れの良さを見て取った。



「以前より動きに自信が出て来ていますね。切れもいい。鋭さが増していますね」



「ありがとうございます」



 ミチャは汗を拭いながら、笑って言った。



「細かいところを見てみましょう。ここの型の時はもう少し脇を締めた方が隙は少なくなると思います。それとここの動きも若干脇が開き過ぎていますね。あと……」



 ミチャは苦笑いした。褒めてくれた割には指摘点が多い。


 でも何だろう。今までより剣に集中出来ている気がする。気力が充実している感じだ。好きな人が出来るってこんな感じになるんだと実感する。



「もうちょっと脇を畳むようにすればいいんですね」



「畳み過ぎても動きが小さくなるので、軌道が悪くなります。ほどほどに」



「はぁい」



 ジェクサーはルノルノの方を見た。



「それじゃあ、演武を見せてみて下さい」



 ミチャに木剣を借りて二刀にした。ルノルノは木剣を握って構えに入った。


 静かな迫力がある。鋭さ、素早さ、華麗さ。いずれの部分を切り取っても申し分ない動きを見せる。以前に比べて力強さが目立たず、切れの鋭さと流麗さが格段に増している。力強さがないのではなく、それだけ力を制御出来ているのだとミチャは気づいた。ルノルノの小さく細い体から流れるように紡がれる剣は美しくも妖しい舞となる。


 剣の切れが落ちることなく演武を完遂する。それでもルノルノは肩で息をしていた。この小さな体にとって、二刀は思っている以上に体力を使うことを物語っている。



「以前のような荒々しさは無くなり、優しく嫋やかになりましたね。にも関わらず、その一撃には人を打ち倒す凶暴性が隠れている。素晴らしく成長しましたね」



「ありがとう、なの、です」



「しかし二刀を使いこなすにはまだ体力的に困難でしょう。焦らず研鑽しましょう。まずここの型ですが、あなたは腕を少々畳み過ぎています。確かに隙は少なくなるかもしれませんが、一刀ではなくせっかくの二刀なので、もう少し大きく、旋回の半径を遠めに取っても良いと思います。空いた隙は左手で防御しましょう。それから……」



 ルノルノにも細かい指導が入る。ジェクサーも彼女の成長振りに舌を巻いたのだろう。指導に熱が籠っている。



「……しかし総じてより美しく、流麗になりました。剣の動きとしては十分です。後は基礎体力でしょう。しかし迷いがなくなったのは良いことです」



 ジェクサーは自分の木剣を手に取り、軽く振った。



「少し休憩したら二人とも、少し試合をしてみましょう」



「お互いで打ち合うんですか?」



「いえ、私と本気で対戦です」



「え、本気って……今まで手加減してくださってたんですか?」



「当たり前でしょう」



 ミチャは本気のジェクサーと対戦して勝った試しがない。今も勝てるとは思わないが、現時点で持ちうる力でどこまで通用するかやってみたい気はする。



「じゃあ、あたしからでお願いします。十分休憩したんで」



 ミチャはジェクサーと対峙した。


 今でこそ用心棒として大人しくなってはいるが、少し前までは殺し屋として第一線で活躍していた剣士である。


 本気となった彼の殺気はここまで恐ろしい。


 萎縮しそうになる気持ちを奮い立たせ、ぐっと脚に力を込める。



「はぁっ!」



 まずはミチャが仕掛けた。彼女の剣は手数が多い。その一撃一撃が力強く、切れが鋭いので見切るのが難しい。並の剣士なら数合打ち合えば血祭りに上げられるだろう。ミチャの攻撃速度が上がる。ジェクサーが危険を感じるほどの切れと速度で力強い一撃が加えられる。


 勝てるかもしれない、ミチャはそう思った瞬間、ジェクサーが攻撃に転じた。



「え、このタイミングで⁉︎」



 ミチャの攻撃を攻撃で躱す。ミチャの腕が痺れて来た。



(一撃が重い……っ!)



 そしてついにジェクサーの剣がミチャの剣を捉え、弾き飛ばされた。



「素晴らしい剣技でした」



「あー、そうですかー、うれしいですー」



 首に剣を突きつけられながら、ミチャは憮然として言った。



「勢いは良かったのですが、正面から戦い過ぎです。無論剣豪にも十分通用する強さだとは思いますが、ぎりぎりの戦いになった時、膂力で勝る方が強くなってしまいます。一般的に男の方が女性より力が強いので、ミチャが正面からぶつかるのは得策ではありません。もっと足を使い、隙を突くようにしてください」



「はーい」



「では次、ルノルノ」



 ルノルノはすっと立ち上がる。ミチャに木剣を借りて二刀の構えを見せた。



「ほう、二刀で来ますか」



 ルノルノはミチャより足技を使う。だから剣舞のように美しい。


 ルノルノから仕掛けた。変則的な動きでジェクサーと間合いを詰める。そして流麗な動きでジェクサーを簡単に追い詰めていく。



「え、マジ?」



 ミチャは目を見張った。ジェクサーが簡単に追い詰められていくなんて見たことがない。


 ジェクサーは時に攻撃を繰り出すが左手の剣でいなされる。そして右手の剣が変幻自在に動き、彼に肉薄する。



「いける! いけるよ、ルノルノ!」



 すると次の瞬間、ジェクサーの動きが変わった。二刀の流れについて来るように動き始めたのである。ルノルノの右手をいなし、左手を躱す。そうしているうちに徐々にルノルノとの間合いを詰めていった。


 ルノルノはその距離感を嫌い、僅かに後退した。その一瞬の隙をジェクサーは見逃さなかった。鋭い必殺の一撃がルノルノを襲う。ぱっとルノルノが横へステップして舞った。ジェクサーもその動きに対応して剣を薙ぎ払いルノルノへの二撃目を加えた。


 がんっという硬いものがぶつかる音がした。


 ルノルノの小さな体が弾き飛ばされ、地面に倒れた。ジェクサーは構えを解いた。



「あー、ルノルノでも駄目だったか」



 ミチャの言葉にジェクサーは首を横に振った。ルノルノは立ち上がって、土埃を払っている。



「いえ、際どいところですね。もしかしたら私の負けです。私の攻撃は左手の剣に阻まれました。でもルノルノの剣は私の頚椎に届くところでした」



 ルノルノは防御もしっかりしていたが、力負けしたのだ。



「もしこれが屈強なラガシュマの戦士が相手なら、私の首は落ちていたかもしれません。見事です。これからもお互い研鑽に励みましょう」



「先生、まだ強くなる気ですか」



「剣の道に終わりはありませんよ。今日はここまでにしましょう」



 ジェクサーの言葉に二人は頭を下げた。


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