第93話 乗り越える技術
「なんか、ルノルノさん、雰囲気変わったっすね」
ユーラムはルノルノの様子を見てそう言った。以前より活動的というか機敏というか……どこがどうとは言えないが以前より空気が軽いと言うのである。
あれから一週間経った朝を迎えていた。ミチャもルノルノが徐々に復調していることは実感している。以前よりもウルクスの言動や行動に対して疑問を口にするようになったし、些細なことでも悩みを口に出すようになった。
「うん、かなり改善の兆しが見えて来た感じがするかなー」
笑顔はまだ見られない。ただ以前に比べて死んだ魚のような無機質な視線は感じられなくなった。
「まぁ、ここまで来れたのもユーラムさんのお陰かな……」
するとユーラムはいやいや、と手をぱたぱたと振って否定した。
「いやぁ、僕はアドバイスしただけっす。結局は彼女を支え続けたミチャさんの功績によるところが多いっすよ」
「そうかなぁ……」
キルスの背に跨るルノルノを見て、ミチャは目を細めた。溌剌と馬を乗りこなしている彼女はとても眩しく、美しく、可愛らしかった。あんな可愛い子とキスしたのかと思うと少し照れてしまう。
「でも、一人の時はまだ暗い顔して独り言を言ってることもあるし、物思いに耽っている時は辛そうな顔してることもあるし……。だから一言で改善って言っても、今どの辺のどの段階なのかって言われると分かんないのよね」
「なるほど」
ユーラムは鋤を杖にして、どこを見ているのか分からないぼんやりとした目で何か考えていた。
「それはもう、対話で見ていくしかないでしょうねぇ」
「対話?」
彼はそのぼんやりとした視線を空へと移し、流れる雲を見上げた。
「ミチャさんが言うように、その改善ってのが今どのくらいのものかにもよりますけど……例えばルノルノさんの中にあるウルクスさんへの疑問が十分に育った状態だったとしても、やっぱりウルクスさんの方が正しいって考えに戻ってしまう可能性はもあるっす」
「そうなの?」
「だって疑問が育ったってことは自分の考え方には選択肢が沢山あるってことに気づいただけに過ぎないんで。要は一番真っ白な状態っすね。だから色々考えた結果、やっぱりウルクスさんの考えの方がしっくり来るなんて言い出す危険性は常にゼロじゃないっす」
「なるほど……」
どんなに二人でやり直そうと約束しても、それが反古になってしまうことはあるということだ。一回成就した想いが完膚無きまで叩きのめされる辛さは今回の一件で嫌というほど味わった。もう二度と御免だ。
「ただ、最初の段階と違うところは、聞く耳はもう持ってくれているってとこっすかね。だからこそ今度はきちんと対話して、その疑問を常に炙り出すようにするんすよ。慣れてくれば今度は灰色の答えを示すだけじゃなくて、ミチャさん自身の意見をある程度述べても大丈夫だと思うっす。相手にも考える力は備わって来てるんで、無闇矢鱈と突っかかってくるという状態にはなりにくいと思うんすよね。そしてその対話の中で生まれた考えを今度は行動に繋げていく……要は今までやって来たことの応用というか、繰り返しなんすけどね」
「なるほどね……。まだまだ引き続いてやっていかなくちゃいけないって訳か……。でも、それをし続けるとどうなるの? 同じことを繰り返してるだけじゃ進歩になんない気がするけど……」
ユーラムはミチャの方を見て、へらへらと笑った。
「行動を繰り返していれば、それは習慣になっていくっす。つまり自分で考え、自分で行動するっていう習慣が身につくことになるっすね。そうなって来ると、自分はこんなことが出来る、あんなことが出来るとかって思いが出て来るんで、そういうのが自信に繋がるっす。そして自信は性格改善に繋がっていくっす」
「どんどん良くなっていくって訳かー」
「まぁ、でも人生っすから。どっかで挫折も味わうっすよ。何でもかんでも上手く行くとは限らないっす」
「ですよねー……」
自分の蒔いた種が自分の予想を超えたとんでもない方向に芽を出したことを反省する。そう何でもかんでも自分の思い描いた通りにはいかないのは骨身に染みた。
「良いことと悪いことは必ず繰り返して起こるっすからね。ただ、こういう作業、経験を繰り返して積み重ねていれば、きっと乗り越える技術も付いてくると思うっす」
「へー……それって技術なの? 力でなく?」
「技術っす。何でもかんでも自分一人で解決することが出来れば、それは超人っすよ。ミチャさん自身そうだったでしょ? 今回のことを乗り越えるために、僕に頼ったじゃないっすか」
「うん……」
そう言えばそうだった。最初の頃は何をどうしたらいいのかすら分からなかった。彼に出会って、助けを求めたからこそ今がある。
「自分で乗り越える力もあるかもしれないっすけど、誰かを頼るっていうのも立派な方法の一つっす。だから技術なんすよ」
「助けてって言うのは難しいって言ってたもんね」
「そういうことっす」
そこまで話すと、おもむろに鋤を担いで厩の掃除を始めた。
「ま、ミチャさん自身ももう十分経験を積んだし、僕の助言無しでも彼女を支えることは出来るようになってるはずっす。そこんとこは自信持っていいっすよ」
「でもあたし自身もまだ迷うことあると思うし、助けて欲しい時は助けてって言うよ?」
「その時はいつでもどーぞー」
ユーラムはまたへらへらと笑った。
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