第92話 もう一度あなたと
ルノルノは溜息を一つついた。
『それでもどうしたらいいかわかんない……』
『うん、いきなりは分かんないよ。今ルノルノの前にはいくつもの選択肢があるの。自分で考えて行動するようにすればきっと答えは見つかるよ。例えばキルスのことでもそう。馬の世話なんかしなくていいって言われたけど、キルスが寂しがっているからルノルノは自分で考えて世話をし始めた。キルスが走りたがっているから自分で決めてキルスに乗った。ルノルノがキルスに何かしてあげたいって考えたから出来た行動。やってみたけど誰も怒らないし誰も非難しない。ユーラムさんなんか楽が出来て助かるなんて言ってるぐらいよ』
『うん……』
『剣術もそう。ウルクスに剣はいらないって言われた。でも今ルノルノは凄く強い。あたしに大半勝てるようになってるし、ジェクサー先生のことも追い詰められるようにまでなっている。それはルノルノがあんたのお父さんのようなラガシュマの誇り高き剣士に憧れて、自分が強くなればいいって考えたから出来た行動』
『うん……』
『トゥルグ語だって、最初はあたし達の勧めで始めたけど、今はみんなとある程度お喋り出来るようになって、もっとお喋りしたくなったから頑張れるようになったんでしょ? これも自分で考えて上達してきてるよね』
『うん……』
『ほら、ルノルノはもう自分で考え始めてる。ウルクスやあたしの助けなんかなくたって自分で立とうとしてる。自分の考えを持てば行動に移せるようになっている。そこに答えがあるんじゃないかなぁって思う。実はあたしも今は答えを探している途中。だからルノルノにきちんと答えられるほどのものは持っていないかも』
『そっか……』
『とりあえずそんな大きなことじゃなくていい。小さなことでいいから、自分に出来そうなことを探してやってみたらいいんじゃないかな』
『小さなこと……』
ルノルノはミチャの抱擁からそっと抜け出すと、上体を起こして座った。
『何だか、ミチャの話聞いてたら、何が正しいのかさえ分からなくなって来ちゃった。ウルクス様が言っていたことも正しいのか、ミチャが言っていることが正しいのか、それすらも分かんない』
ミチャも同じように上体を起こし、ルノルノに並んで座った。
『そうだね。あたしも分かんないや。もしかしたらそういうこともどうだって良いことなのかもしんないし』
『でも一つ分かったことがある』
『何?』
『私、やっぱり自分で考えるのは苦手。でも他の誰かと一緒に考えることが出来たら、何だか色んな困難も乗り越えれそうな気がする……ここに来る前、暗闇をさまよっていた時もそう。私一人じゃ辿り着けなかった。キルスが一緒にいてくれたからここまで歩んで来られた。だから一人じゃ何も出来ない……』
『そっか……』
ミチャはルノルノの頭を撫でた。
ルノルノは毛布をじっと見つめて、何かを考えている様子であった。そしてミチャの右肩によりかかった。長い沈黙の後、ルノルノは左手でミチャの右手を取る。手遊びするように指を一本一本組んで行き、きゅっと握り締めた。
『ミチャ……私、ミチャに酷いこと言った』
『酷いこと?』
『……あの時の気持ちが思い出せないって。口づけたのは間違いだったって……』
『あぁ、あれね……』
『本当に、ごめんなさい』
あれはミチャの心に刺さった棘だった。絶望の底に突き落とした言葉と言ってもいい。
だが、もういい。反省している言葉が聞けただけでも十分だ。
『大丈夫、その言葉を聞けただけ十分嬉しいよ……』
再び沈黙が訪れる。二人とも不思議と眠たくなかった。ミチャはいつまでもこの手の温もり、肩の温もりを感じていたかった。
『ミチャ……やりたいこと、見つけた』
ミチャはくすくすと笑った。
『そんなに早く見つける必要ないって。そんなのゆっくり見つけるもんだし』
しかしルノルノはミチャの右肩にもたれかかったまま、繋がれた手を見つめていた。
『どんなことしたいの?』
ミチャはルノルノの顔を覗き込みながら聞いた。
『この手、ずっと離さないようにしたい』
『え……?』
ルノルノは表情を変えていない。しかしその大きな目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち始めた。
『……あんな酷いこと言って、こんなこと言うのは厚かましいと思ってるよ……でも……』
ルノルノは頬を濡らしながら、握る手に力を込めた。
『もう一度……もう一度……一からやり直してみたい……』
『ルノルノ……』
ルノルノの声は震え始めていた。ルノルノの中で疑問が溢れかえっている。そしてその答えに、ミチャの助けを必要としている。
『まだ分からない。分からないんだけど……私、誰かと同じ困難を乗り越えるなら……ミチャと乗り越えたいと思うの……』
ミチャは察した。
これがルノルノの、助けてというサイン。
ミチャはルノルノを強く抱き締めた。
『ミチャ……。もう一度……もう一度自分の中の思いを確かめさせ……』
そこで声が途切れる。ルノルノの唇がミチャの唇で塞がれていた。
夜の静寂が二人を包む。舌を絡め、お互いの気持ちを確かめ合う。長い口づけを交わした後、ミチャはルノルノの頭をゆっくりと撫でた。
『一からじゃなくてもいいんだよ……続きからで……』
『もう……まだ考えてる途中なのに……』
『早とちりだった?』
『……ううん、いい……』
今度はルノルノからミチャの唇に自分の唇を重ねた。今までの空白の時間を埋めるように、何度も口づけ合い、愛を囁き合った。
その夜は二人で抱き締めあって、気づいたらそのまま眠っていた。ミチャに抱き締められ、ルノルノはもう寂しくなかった。
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