第89話 シュガルの刃

 その頃、ミチャはシュガルの元から帰って来た。


 子作りの約束を改めて貰えた。自分の望みがもうすぐ叶うことに気分は昂っていた。


 寝室の扉を開ける。


 違和感があった。部屋の中の気配がない。



『ルノルノ?』



 ベッドを見た。そこはもぬけの殻だった。



『ルノルノ……?』



 部屋を見渡す。狭い部屋だ。どこかに隠れるような空間もない。


 トイレにでも行ったのだろうかと思い、近くのトイレまで行ってみる。しかし中には誰もいなかった。


 さっきまで昂っていた気分が急に冷める。


 嫌な予感がした。


 ミチャは部屋に戻り、木剣を握りしめて探しに出た。


 廊下のどこかにいる? どこかの部屋? 誰かに拐かされた?


 ミチャは胸騒ぎを何とか抑えながらルノルノを必死に探した。



(馬鹿なことをした。こんな夜に、ルノルノを一人にするなんて……!)



 屋敷は広い。どこかに連れ込まれたら分からないかもしれない。


 ユーラムの言葉が重くのしかかる。今調教されたら、元の価値観に戻ってしまう……。そうなれば、またウルクスの呪縛に……。



「ルノルノ……どこ……?」



 その時、食堂の灯が漏れていることに気付く。



(まさか……)



 ミチャは食堂の扉を開けた。


 淫靡な光景だった。裸になったルノルノが、クロブの膝の上に乗って脚を開き、その恥部を曝け出して弄られていた。



「ル、ルノルノ……」



「ん? 誰だ⁉︎」



 クロブが叫ぶ。



「何だミチャか……」



 踏み込んできた人間がミチャだと分かると、クロブは特に大したことではないという様子でルノルノの幼く綺麗な花弁を再び弄り始めた。



「や、やめて!」



「立場を弁えろよ、ミチャ。もうこの娘は私の虜だ」



「違う!」



「よく見てろ」



 クロブは指だけでルノルノに床に跪くように指示した。するとルノルノは素直に従い、四つん這いになった。その目は虚で、無機質だった。そして抵抗もせず、自ら進んでクロブの怒張を舐め始めた。



『ルノルノ! やめて!』



『でも、これが私の勤めだから……』



 まただ……。また捉われてしまった……。せっかく徐々に戻りかけていたルノルノの心が壊されていく……。



「大袈裟な。貞操を散らすところなんか奴隷会で見てきただろうに……何をこの小娘にそんなに執着するんだ? たかが役立たずの奴隷じゃないか」



 クロブはルノルノを抱き上げ、テーブルに座らせて股を開かせた。



「見てみろ。この子はこんなに素直に私を受け入れようとしている。お前が邪魔する理由は何もない」



 クロブはゆっくりとルノルノに覆い被さっていく。



「力尽くで止めても無駄だぞ。私に暴行したという前科がお前に残るだけだ。奴隷が奴隷に暴行した場合は鞭叩き十回。体の皮は裂け、醜い傷が残る。そんな醜い女をシュガル様が愛すると思うか? そうなればお前の求めているシュガル様の愛人という地位も危うくなるぞ? 分かったらそこで指を咥えて見ていろ。生娘が犯されるところを見るのも久しぶりだろう。なんならそこでお得意の自慰でもしたらどうかね。嫌いな男に見られながらするのも乙なもんだっただろう?」



「生娘?」



「ふふん。ウルクスの置き土産ってことだ」



「そっか……ルノルノ、まだ最後までされてなかったんだ」



 奇妙な安心感がミチャを包んだ。もちろんルノルノがウルクスやクロブを始めとする男達に散々辱められてきたことに変わりはない。それでも誰のものにもなっていないという事実は、ミチャの心に重くのしかかっていた罪の意識を幾分か軽くした。


 ミチャは目を閉じた。すっと開いた時、覚悟を決めた女豹の表情になる。



「良かった」



 ミチャは木剣を構えた。



「あたしにも反省するべきことは腐るほどある。その子をウルクスという化け物の玩具にしてしまったのもあたし。その罪はこの先もずっと背負わなくちゃいけない」



 ミチャの気迫に押され、クロブは思わずルノルノから離れた。



「お、おい、頭がおかしいんじゃないのか? そんなことすればただじゃ……」



 確かに普通に考えれば立場、条件、全てにおいてミチャが不利だ。しかし彼女は気にした様子もなく、本気の殺気を発した。



「……あんたらにとってはただの貞操の奪い合いかもしれないけど……こっちにしてみりゃ人生奪われんだよっ!」



 だんっ! とミチャが踏み込み、クロブの額に木剣を叩き込む……そのわずか数ミリ手前で剣尖を止めた。


 クロブはへなへなとその場にへたり込んだ。全身冷や汗をかいている。イメージでは完全に頭を割られていた。神技的な寸止めだった。



「たかが奴隷じゃないんです。だからこの子にだけは手を出さないで下さい……お願いします」



 ミチャは丁寧にそう言って剣を引くと、ルノルノに服を着せた。



『お勤めは……』



『しなくていいんだよ。そんなことは』



 ミチャはその肩を抱いて食堂を出ようとした。その背にクロブは叫んだ。



「き、きさまっ! そんなことして! ただですむと思っているのか! わ、私に! 木剣とは言え、剣を向けたんだぞ!」



「旦那に言いたければ言って下さい」



 ミチャは振り返らず、食堂の出口の手前で止まって言った。



「クロブさんなら聞いてますよね。抗争の話」



「……今、何の関係がある……」



「この際だからはっきり言っておきます。この抗争ではあたしだけじゃなく、この子も旦那の刃になる予定なんです。あたしはこの子に人を殺すことを覚えさせるように命じられているんです」



「ばかな……っ! そりゃ多少剣術はできるのは知っているが、結局役に立たなかったからウルクスに下賜されたんだろうが!」



 やっぱりそうか、とミチャは思う。


 クロブは知らない。ウルクスがこの子に殺された時、その冷静な判断力にシュガルが驚愕したことを。そこから一転して、ルノルノを殺し屋に育てたがっていることも。



(そりゃそうだ。クロブさんの頭ん中ではウルクスは不名誉な腹上死だもんな……)



 考えてみれば無理もない。ウルクスの死も、ルノルノの狂気染みた殺意も、全て伏せられているのだ。クロブにしてみればちょっと剣が強かっただけの役立たずの性欲処理奴隷以外の何者でもない。



「嘘だと思うなら旦那に聞いて下さって結構です。この子を殺し屋に育てるように命じられている以上、例えクロブさんが相手だとしても、この子を守らなきゃいけない義務があたしにはあるんです。この子が再起不能になるということは組織の損失なんです。とにかく、この子には手を出さないで下さい」



 そう言って食堂を出ていった。

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