第81話 鍵の疑惑
馬場から帰って来たミチャにジェクサーが声を掛けて来た。どうやらさっきから探していたらしい。ジェクサーの横にはルノルノがいた。
「あれ、先生にルノルノ。どうしたんですか? こんな時間から何かあるんですか?」
すると彼は首を縦に振った。
「シュガル様がお呼びです。一緒に行きますよ」
「えー、あー、はい」
ミチャはルノルノの横に並ぶと、その手を軽く握って歩き出した。ルノルノは別に振り解くでもなく、大人しくミチャに手を握られた。しかし握り返して来ることはなかった。
「何の用なんでしょうね? こんな時間から……」
夕食も食べる直前の時間である。そんな緊急の会議があるのか、と思った。
「行けば分かりますよ」
「はぁ……」
部屋の扉を開けると、シュガルが一人、テーブルの席に着いていた。
「来たか」
部屋の中にはシュガルを筆頭にジェクサー、ミチャ、ルノルノがいるだけだ。ラーマはいない。彼女は組織の話をする時は自室に控えるようにしている。だからラーマがいないことから察するに、何か組織に関わる話をするのだろうと直感した。
「何の話合いですか?」
ミチャは単刀直入に聞く。しかしシュガルは答えず、ルノルノを指差した。
「ミチャ、通訳頼むぞ」
「はぁ……」
シュガルはルノルノを見据えた。
「ルノルノ、正直に答えろ。どうやって武器を手に入れた」
あ、その話か、とミチャは思った。ウルクスの呪いのことでばたばたして意識から完全に外れていたが、鍵の件は確かに解決していない。
『武器の部屋から持ち出しました』
「武器庫の場所を知っていたってことか?」
『はい』
「なぜ知っている」
『ミチャに以前教えてもらったので』
ミチャはその言葉を訳すのを躊躇った。
「どうした?」
「ん、そのー……あたしが以前教えたから場所を知っていたって言ってます……」
シュガルはミチャをじろっと見た。
「教えたのか」
「はい……」
「ミチャ、こっちへ来い」
ミチャは全身冷や汗が出た。シュガルの近くへおずおずと寄る。
「部屋に入れたのか?」
「……はい……」
「跪け」
ミチャは命令通りシュガルの前に跪いた。
ぱん、と派手な音がして左頬を張られた。続いて右頬も張られた。ミチャの両頬にじんじんとした痛みが残る。
「あの部屋に入っていいのは許された者だけだったはずだ。その言いつけをお前は破った」
ミチャは項垂れた。
「申し訳ございません……」
シュガルはその頭をつかむと、地面に押しつけた。
「それだけか?」
「奴隷の身でありながら、旦那……ご主人様のご命令に背いたことは鞭打たれても仕方のない愚行でございました。これからは心を入れ替えてご主人様の命令に背くような真似はいたしません。身も心もご主人様のために全て捧げますので、どうかお許しください……」
「ミチャ。お前は俺の命令一つで殺すことも、男奴隷達の慰み者にすることも出来ることを忘れるな」
「それだけはお許しを……」
ミチャを解放すると、席に戻るように促した。
「次はないぞ」
「はい……ご主人様……」
シュガルはルノルノに向き直った。
「話を続けるぞ。じゃあその時に刀を持ち出したってことか」
『いいえ、その時は何も』
「じゃあ、どうやって持ち出した?」
ルノルノは口を噤んだ。しばらく沈黙が流れる。そして抑揚の無い声で言った。
『クロブ様を騙して』
これには訳す前にミチャが驚いた。ルノルノは人を騙すとか陥れるということが出来るタイプの子ではないと思っていたからだ。
「なんて言ったんだ?」
「クロブさんを騙したって言ってます……」
「何?」
シュガルは「あの野郎」と呟いた。
「どうやって騙した? クロブはお前が刀を持ち出したことを知っていたのか?」
するとルノルノは首を横に振った。
『暗闇の中で、隠して持ち出したので、知りません』
「じゃあどうやって騙した? クロブ相手に体でも使ったのか?」
シュガルが鼻で笑いながらそう言うと、ルノルノは小さく頷いた。
ミチャは天井を仰いだ。
あのクロブにルノルノの体は弄ばれていた。このルノルノの体を汚し、心を踏み躙っていたのだ。
激しい嫉妬と憎しみの気持ちが湧き上がる。
そんなミチャの様子を気にした様子もなく、シュガルは納得したように頷いた。
「なるほどな」
「どうしますか? クロブ殿の処分は」
ジェクサーの言葉に、シュガルは唸った。
「クロブにはウルクスの死因を伝えていないからな。恐らく自分のせいだとは思っていないだろうよ」
「不問にしますか?」
ミチャは不服だった。自分はシュガルに屈辱的とも言える謝罪をした。それなのに、クロブにはお咎めなしだと言うのか……。
「そうだな。だが、今回のように悪用されるのも困る。あいつの鍵を俺が預かることにしよう」
ミチャは呆然とした。どう考えても罪はクロブの方が重いのに、鍵の没収だけで許されるのか。
「もういい、みんな下がれ」
不公平だ。ありえない。ミチャは心の中で何度も何度も叫んだ。しかしこの場で異を唱えれば、またシュガルの逆鱗に触れるかもしれない。
ミチャはぐっと我慢した。
『行こう、ルノルノ』
何もかもが嫌になって来た。何より自分のせいでこれ以上大事なルノルノを汚されたくない。ルノルノのことだけを守りたい。
廊下で途中偶然にもクロブとすれ違う。
「こんばんは、ミチャ、ルノルノ」
彼のいやらしい視線に、気分が悪くなったミチャには返事する気持ちもなかった。
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