第70話 調教の果て
三か月が過ぎた。
フィアロムとアゴルの死は他の奴隷達にも公表されたが、その原因は女絡みの喧嘩とされた。
ミチャがルノルノと関わることは極端に減った。
と言うのも、あれからルノルノはウルクスの部屋で寝泊まりすることになったからだ。
またシュガル公認になったのもあり、堂々と調教されていた。
屋敷内では裸でいることが強要されているようだった。食事の時間にも食堂で犬のように床に這いつくばってご飯を食べている姿をよく見かけた。
通訳する必要もなくなった。ルノルノの言葉など家畜の鳴き声に等しかったからだ。
ラーマはルノルノとの接触を禁じられたので、ルノルノを見かけても悲しそうに俯くだけだった。それでもシュガルに隠れてルノルノのための民族衣装を作り続けていることをミチャは知っている。無駄なのにと思う反面、また着ているところ見たかったな、と思った。
ルノルノは奴隷達にとって新しい娯楽の対象となり、少数民族の遊牧民という事実も今更のように掘り返され、軽蔑と嘲笑の的になった。
ルノルノは日に日に瞳の光が失われ、ミチャとも目を合わせることはなかった。
ミチャもルノルノの顔をまともに見ることは出来なかった。
ただルノルノから受け取った首飾りを身につけておくことだけが、今のミチャに出来る最大の愛情表現だった。
馬の世話は彼女ともう一人、ユーラムという名の奴隷が新たについて一緒になってやっているらしい。
体の痣の数は多く、相変わらず痛々しかった。従順になっても、なお躾として殴り倒されているようだった。
ミチャ自身には通訳をしなくなったこと以外、特に変わったことはない。強いて言うならこの二月十七日で十七歳になったぐらいか。ラーマがお菓子をくれたこと以外、特に誰にも祝ってもらっていない。
その日の夕方、ミチャはシュガルの膝の上に座り、ぼんやりと夕日の沈む窓の外を眺めていた。
春の盛り、窓からは涼しい風が吹き込んでくる。
ラーマは湯浴み中。戻ってくるまでのしばしの間、シュガルの可愛い女でいる。
シュガルはそんなミチャの体を弄りながら思い出したように言った。
「あぁ、そうだ、ミチャ」
「はい?」
「色々あって延び延びになっていたが、お前の仕事がやっと決まった」
「誰ですかぁ?」
ミチャは女豹のように目を細めた。シュガルはそんなミチャの表情を見て、にやりと笑う。
「隣町のカジャの繁華街に『跳ねる種馬』亭という売春宿でケツ持ちしているラサという男だ」
カジャはメルファハンから南にある衛星都市で、メルファハンのベルセス地区ほどではないが比較的大きな繁華街がある。
「目立たないように殺れ。細かい情報はベラーノからまた来る」
「はぁい」
ミチャの仕事。それはシュガルに可愛がられることでも遊牧民の通訳することでもない。
シュガルにとって邪魔な人間を、闇から闇へ、速やかに葬り去ることだ。
それは敵組織の人間かもしれないし、掟を破ったり裏切ったりした自組織の人間かもしれない。
目標が何者であるかは大事なことではない。
大事なのはシュガルが消せと言ったら消すこと。それだけだ。
だからミチャはそのラサという男の素性は知らない。何をしでかしたのかも知らない。シュガルが邪魔者と決めた時点でミチャの攻撃目標なのだ。そこに自分の考えを挟む余地は無い。
すると扉が五回ノックされた。ラーマが帰って来た合図である。
「今日はここまでだ」
「仕方ないですねー」
ミチャは身嗜みを整えた。
ふと思い出したように聞く。言っても無駄と分かっていたが、それでも聞いてみた。
「……ルノルノは連れていかなくていいんですか?」
「誰だ、そいつは」
「ですよねー……」
ミチャは小さく溜息をついた。前はルノルノを相棒の候補としていたが、ウルクスやフィアロムらの一件が拗れたおかげでシュガルはもう興味を失っている。
それでもミチャはルノルノを想い続けていた。
奴隷になって初めて本気で「好き」になった。ミチャにとっては「初恋の人」なのだ。その「初恋の人」はウルクスのものになり、奴隷達の暇潰し道具になっている。毎日見ているだけでも苦痛だった。
ラーマが扉を開けて入って来た。それと入れ換わるようにミチャは部屋を出る。ふと護衛に立っているウルクスと目が合った。
(反吐が出る……)
その感情はルノルノを調教するウルクスに対してだけじゃない。彼女を見捨て、シュガルに尻尾を振り続けている自分に対しても、だった。
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